運命に従う
やがて全ての部屋を回り終えた二人は、居間に腰を落ち着かせていた。
居間といっても一般的なそれとはかけ離れた広さで、様々なアンティークやピアノまで置いてある。
「お待たせしました」
やがて現れた彼女は、淹れてきた紅茶をテーブルの上に置き、側のソファーに腰掛ける。
そして一口紅茶をすする彼女は、その仕草だけで優雅な雰囲気が際立つ。
三嶋もその紅茶を口に付けると、予想以上の美味さに思わず嘆息する。
「……ところで、カラスさん?
この仕事は始められて何年ぐらいなんですか?」
……何の当て付けだろうか、遠慮なく三嶋のことを渾名で呼んでくる彼女。
「さて、覚えてないがな…… 少なくとも数年はやっている」
「そうでしたか、ではベテランのSPなのですね。
これで私の護身は完璧ということでしょうか」
その彼女の言葉に、先ほどの光景が蘇る。
もう死が視えてしまった者は、その運命に逆らうことはできない。
つまり、彼女はもう――
「経験豊富だからこそ、護れない命も沢山見てきた」
三嶋はただ淡々とそう言葉を返した。
それにしばし沈黙する彼女は、その言葉に恐れを抱くことも驚くわけでもない。端正な顔に凛々しさを思わせる表情で三嶋を真っ直ぐ見る。
「貴方の言いたいことは分かります。
私も例外ではないということでしょう?」
「話が早いな」
冷徹とも取れる三嶋の言葉だが、それでも彼女は動揺した様子を一切見せない。それどころか三嶋を迎え入れてくれた時と同じような安らかな顔で紅茶を楽しんでいる。
その態度に少し疑問を感じた三嶋は、
「……死が恐くないのか?」
ふと、思ったことをそのまま口にする。
彼が今まで見てきた護衛対象はそれこそ生きることに必死だった。
『なんとかしてくれ』『私には家族がいるんだ』――みな言う事は様々だが、
誰にしろ”生きる”ことに執着していた。
だが、目の前の女性はそんな者達とはどこか違うものを感じる――
「ご冗談を、死を恐れぬ人間なんていないですよ」
そういいながらも彼女は笑う。
「しかし、死ぬ時は死ぬ……
私がここで命を落とすのならば、そこまでの人生だったということでしょう」
綺麗事といえばそれまでかもしれない。
それに口ではこういうことを言ってる人間でも、いざ自分に命の危険が迫った時には、今までの護衛対象と同じく生きたいという醜くも必死な執着心を見せるかもしれない。
それでも、三嶋は彼女が言ってることに嘘偽りはないように聞こえた。
三嶋が内心思っていたことを感じ取ったのか、彼女は三嶋の目を見ると、
「それに、いざというときは貴方が護ってくれるんでしょう?」
安らかな笑顔を見せる。
その眩しいとも形容できる笑顔に目を背けたくなる気持ちを必死に抑えて、
「……そのために私はここにいる」
そう言って、三嶋は彼女に課せられた死の運命を呪うように勢いよく紅茶を飲み干した。