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死亡フラグが立ってます  作者: 水上かなみ
ちょっとした昔話
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 命の恩人


 漫画や小説ではよく使われる言葉だけど、本当の意味で命の恩人になった事がある人はどれくらい居るだろうか。

 レスキュー隊員や人助けが趣味の変身ヒーローならともかく、普通の人にとってそんな経験はほとんど無いのではないかと思う。ましてやそれが女の子で、しかも中学生だったらそれはもう、ハレー彗星が頭に直撃するくらいの低確率だろう。そういえば雷が直撃する確率と宝くじの一等に当選する確率は同じくらいだと聞いたことがあるけれど本当だろうか。

 どちらにせよ、ほとんどありえないことだということは間違いない。

 だけど、ほとんどっていう事は、ごくごく稀にはそういう事もあるというわけで。

 ……何が言いたいかというと、つまり、いわゆる普通の女の子である私──川澄咲(かわすみ さき )は、その昔、「命の恩人」になった事がある。


 三年前。高校受験も目前に迫った冬の雨の日。

 受験本番を翌日に控えた私は、息抜きに近所の大きな川沿いの道を散歩しているとき、川で溺れている小学生くらいの女の子を見つけた。

 昨晩からの雨で増水していた川に飲まれたのか、女の子はジタバタもがきながら、必死で流木にしがみついていた。

 川や海で溺れるというのは、フィクションの世界ではよく聞くシチュエーションなのだけれど、現実にそんな場面に遭遇するのは相当珍しいと思う。もちろん私にとっても初めての経験だった。

 無我夢中で川に飛び込んだ私だったけれど、私はレスキュー隊員でも正義のヒーローでも無く、やっぱりただの中学三年生の女の子で、元々の運動神経の悪さと受験勉強で体が鈍っていた事と、そんな状態のくせに服を着たまま飛び込んでしまったせいで、彼女と一緒になって、見事に溺れてしまった。


 そもそも彼女はそんなところで何をしていたのか。

 川で泳ぐような季節では無いし、雨も降っている。

 今になって考えるとちょっと頭がアレな人なのかと思わないでもないのだけれど、その時はそんなこと考える余裕も無かった。それに、助けを求められている以上放っておく事もできなかったし。


 気を失った私が次に目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。

 窓の外はいつの間にかもうすっかり朝になっていて、病院からの連絡で駆けつけていたお母さんと妹に「心配させやがってこのやろう!」とこっぴどく叱られた。

「全然大丈夫だぜ!」と言って体を起こそうとしたら全身がだるくて、まったく力が入らなかった。所々擦り傷や打撲なんかもあるみたいで、ずきずきと痛んだ。

 私は顔に傷が無くて良かったなぁ、くらいのことしか思っていなかったのだけれど、あの時の二人の、泣いているような怒っているような、よく分からない顔だけは今でも忘れられない。


 ベッドに寝たままお母さんの話を聞いた。

 私と女の子は、気を失ったまま運良く川岸に引っかかっていたところを、本物のレスキュー隊員さんに救助されたらしい。奇跡的に私も彼女も命に別状はなく、私より先に目を覚ました女の子は一足先に家に帰ってしまったという。

「助かったのは良かったけど、私が目を覚ますまでくらい待ってて欲しかった」

 と言ったら、

「お姉ちゃんのはただの自爆じゃん」

 と妹に呆れられた。

「その子も目を覚ますまで待つって言ったのよ。でも、体に障ってはいけないからって、私が断ったの。彼女も彼女の家族も、命の恩人だって凄く感謝してたのよ。あんたなんて、ただ溺れに行っただけなのに。あんなに感謝されちゃって、恥ずかしいったら無いわよ」

 そう言って、お母さんは妹と目を見合わせて笑った。


 確かに考えてみると、私が飛び込まなくても彼女は助かっていたんじゃないかとは思う。

 実際のところ私は何もしてないわけだし。余計なお節介で単にレスキュー隊員さんの手間を増やしただけだったのかもしれない。

 でも、ただの無駄足って言うんじゃ、あまりに報われなさ過ぎるから。

 もしかしたら私がしがみついた事で水の抵抗が変わって云々……とかそんなことがあったのかもしれないし。

 私はそう思うことにして、その功績をありがたく受け取る事にしたのだった。


 かくして私は彼女の命の恩人になり、そして、


 めでたく、高校受験に失敗した。



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