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9 愛弟子は国王に困惑する


 サウレンツ公爵邸の別邸の一室を借りて、2日後の凱旋パレードまで集中してネイサンの教養とマナーの特訓をすることになった。


 幸いサンドラの変装をする必要もなく数時間のうちに男装の道具を用意してもらえたので、アレクとしてネイサンにスパルタで教育を施しているところだ。


 銀髪の長い髪の毛は漆黒の少し長めの短髪に。

 淡いピンク色の瞳は吸い込まれそうな黒い瞳に。

 トレードマークの左目下の二つ横並びの黒子は膜のような道具で綺麗になくなったように見える。

 念押しで瓶底眼鏡を装着して、インナープロテクターと侍従用の服を纏えば完全に地味な侍従のできあがりである。



 「――アレクサンドラ様の美しいお顔が・・・」



 悲壮感漂うネイサンは衝撃が強かったようだが、それだけ驚いてくれるなら他の者は皆アレクサンドラだとは気づかないだろう。



 「ネイサン様、私はアレクです。呼び方には気を付けて下さい」



 慣れっこのアレクサンドラは、変装完了時点からアレクモードに切り替わり、すでに仕草や振る舞いも侍従らしくなっている。



 「――アレクは・・すでに侍従・・にしか見えないな」



 「当然でございます。これまで4年程男装で毎夜動き回っておりましたので」



 誇らしげに言うアレクサンドラを微妙な眼差しでネイサンは見つめた。


 それからたった2日で教養とマナーの最低限度必要な詰込みは何とか黙ってさえいれば何となく様になる様にはなっていた。



 「――驚いたよ。黙って立っていればネイサンとは思えない紳士ぶりだな!」



 最初は無理だと否定しかしなかったキリアンも目を瞠る程の成長ぶりだ。



 「アレクの指導は凄いからな。とても助かった・・」



 ぎりぎりのラインで、言葉は時折怪しい部分もあるが何とかなりそうでアレクサンドラもホッとした。

 ネイサンの言葉には救われる思いだ。



 「――それじゃ今から明日の凱旋パレードと謁見に向けての口裏合わせなどをしておこうか」



 キリアンはすでにネイサンの見目の部分は合格を出し、次の打ち合わせに入っていた。


 それから夕刻まで、凱旋パレードの懸念内容やの打ち合わせをキリアン主導の下行ったのだった。





 ***





 大きなファンファーレが響き渡り、王都の街中には花びらが舞う。

 その音楽の流れと共に馬に跨り先頭を行く王太子カリアス。騎乗した英雄騎士たちが彼に続いた。後ろには歩兵が歩みを進めた。

 喜びが溢れる街の喧騒の中、ひと際目立ったのはネイサンだった。


 詳しくキリアンからネイサンの功績を聞いたアレクサンドラは驚愕した。


 キリアンは確かに特攻部隊に加わり隊長クラスの制圧をものの見事に成していったのは間違いないらしい。――しかし、一番の功績は他にある。


 勝利を確信し、気が緩んでいたジスべニア王国の兵士の隙を縫い、全軍指揮をとっていた王太子に一矢報いようとフェルセクトの精鋭が捨て身の攻撃を仕掛けたのだ。

 背後を取られた瞬間、機転を利かせたネイサンがそのフェルセクト兵すらも制圧したのである。

 


 王太子カリアスは、後継者唯一の王子。王女もいるが、次期国王に指名されているカリアスは王国の宝だ。――そんなカリアスを助けたネイサンが功績を認められないわけがないし、爵位を与えられるのも至極当然のこと。


 キリアンの話を聞いて誇らしく思ったのは言うまでもないが、だからこそ余計にこれから彼のエスコートを受ける婚約者として大勢の前に立つのが、『なぜ落ち目のアレクサンドラなのか』と思わずにはいられなかった。


 戦争に参加していないアレクサンドラはアレクとしてであってもパレードに参加することはありえない。

 通り過ぎる英雄たちを一目見ようと集まった衆人環視の中で、眩しいネイサンの姿を仰ぎ見た。



 ――本当に素晴らしいわ・・



 英雄たちを見送ったアレクサンドラは、物憂げな笑みをうっすら浮かべてその場を後にしたのだった。





 ***





 王宮の中を案内されて入室した謁見室には最奥の数段上の玉座に奥王夫妻が腰かけ、扉から国王の御前まで続く赤い絨毯その両脇には国を代表する大臣たちや高位貴族が揃ってこちらを見つめていた。


 王太子カリアスに続いて国王の御前まで歩みを進めてから跪いたのは、ネイサン含む功績を認められた騎士や兵士たちだった。

 ネイサンは本来であれば最後尾で跪くような身分であったが、功績が最も評価された為カリアスの後ろに騎士団長と並び跪いた。



 ――・・まさか俺がこんな場所で国王に謁見できるようになるなんてな・・



 ネイサンは生まれて間もないうちに孤児院に入れられたらしい。

 幸い孤児院の環境は悪くなく、最低限度の生活は維持できていたと思う。食べるものに困ることはなかったし、院長先生や他の先生も優しかった。同じ孤児院の子供たちとも仲は良かった記憶はある。


 ――しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。


 8歳を越えたあたりから怪しい男たちに後をつけ狙われることが増えた。

 幾度となく追い回され、酷い時には殴られたりもしたことがある。


 危ない目には何度も遭ったが、幼い頃から間の鋭かったネイサンは連れ去られる寸前で何とか逃げることに成功した。――しかし、孤児院を特定されてからは孤児院にまで怪しい男たちが現れ、ネイサンは孤児院からも逃げ出したのだ。


 全てを信じられなくなりながらも、路地裏で残飯を漁りなんとか生き抜いた。


 10歳を過ぎたある日、再び怪しい者たちに追われ、けがを負いながらも必死に逃げた。――だが男達は10人近くいていつ捕まってもおかしくない。


 判断を誤りうっかり馬車の前に飛び出してしまったネイサンは、惹かれる寸前ぎりぎりのところで何とか命拾いした。そして、その馬車から降りてきた当時14歳のアレクサンドラに必死で命乞いし、共に連れて行ってもらったのだ。



 侯爵邸に連れて行ってもらってからの日々はこれまでで最高に幸せな日々だった。

 アンドレアはネイサンを弟のように溺愛し、使用人としてだけでなく弟子としても迎えてくれたのだ。

 勉強だけは頭を悩ませたが、それ以外は感覚で覚え5年で剣術を会得した。


 15歳になるころにはアレクサンドラへの恋慕を隠しきれなくなり、彼女に劣情を抱き毎夜己を慰める日々。

 自責の念に苛まれても、彼女を諦めることなど到底できない。

 どうにもならない感情に苦しめられ、悩んでいたところに相談に乗ってくれたのがアレクサンドラの兄・メイナードだった。


 身分が釣り合わない相手と添い遂げられないものは、どうしたら良いのか。


 察したメイナードは爵位を得る方法を教えてくれたのだ。――しかし、その手段は戦争で大きな功績を上げるという無謀ともいえる事だった。


 教えてくれたメイナードも、「アレクサンドラが悲しむから無茶はやめなさい」と止めた。――だが、もしこのまま何もしなければ、アレクサンドラはラウレシアの勧める貴族と結婚してしまうかもしれない。

 アレクサンドラが自分以外の男のものになるなど、死の宣告を受けるも同義だ。



  ――無謀だろうが、一か八かでも挑戦した方がマシだ!

 


 自分の進む先に、アレクサンドラを失い死ぬ運命しかないのなら、戦争で功績を上げ、爵位を賜る可能性を狙いに行く方がずっと誇らしいと思えた。

 生き残り功績を上げ爵位を貰えるなら堂々とアレクサンドラに求婚できる。――もし戦死しても、国の為に戦っての死なら本望だ。


 光明が差したと思えたネイサンは、即座に行動に移した。


 戦争に赴く準備を進め、メイナードにフェルセクトとの戦争に参加したい意向を示し、メイナードの幼馴染のキリアンの紹介で戦争へ参加することが出来るように取り計らってもらったのだ。

 

 キリアンに取り計らって貰えたことで、傭兵ではなく王国の兵士として参加できることになった。

 この事で、功績を上げれば褒賞を与えられる機会が少しだけ上がったのだ。


 少しでも早く戦地へ赴きチャンスを得る為、アレクサンドラに約束を半ば強引に押し付けるようにして旅立ち今に至る。



 今は教養もマナーもそこそこ見れる程度には身に付けたし、功績も十分上げた。

 貴族になっても恥じることなどないし、きっと周りにも認められるはずだ。


 跪き俯きながらも、自分が呼ばれるのを胸を高鳴らせ叫びたくなるような高揚感に包まれながら待った。


 「――ネイサン卿、面を上げよ」


 「――はっ!」


 宰相の呼びかけに応え見上げると、目の前の国王と目が合った。


 自分と同じアッシュブロンドに目を奪われたが、威風堂々とした風格には畏怖を覚える程だった。


 ネイサンは思わずゴクリと喉を鳴らす。――しかし意外だったのは、国王も目を見開き驚いていたからだ。


 「――・・其方はネイサンというのか。貴族ではないのか?」


 「私は平民ですので貴族ではありません・・」


 先ほどまで淡々と褒賞を与え簡単な言葉を投げかけていた国王が、なぜか異様なほど慎重に言葉を紡ぐ。


 「両親の名はなんという?」


 「・・両親の名は・・わかりません」


 ――話が違う!「あり難き幸せでございます」と、言うだけで済むのではなかったのか?


 何故意味のないことを聞いてくるのか分からないし、どう返事をしたら良いのかもわからない。――もう言っている言葉も合っているのかすら自信がない。



 「・・・・其方は多くの名高い敵を屠るだけでなく、王太子の身まで護った。その功績はしっかり讃えねばならぬ。・・・・そうであろう?」


 「――あり難き幸せでございます」


 やっと褒賞を授ける気になったのかと安堵し、待ち構えていた言葉を紡ぐネイサンに、国王はとんでもないことを言い始める。


 「褒賞を決めねばならんな。――・・爵位は・・公爵がよいだろう!――・・土地は・・そうだな!アステイトがよかろう!」


 「――!!!?」


 謁見の間に集う貴族たちに動揺が走る。


 「――へ」・陛下!――恐れながら・・平民への褒賞に公爵位はいままで前例がございません・・」


 流石に黙ってはいられなかったのか、宰相はネイサンが礼を告げる前にすかさず進言した。


 「前例がなければ此度からそのようにすればよい」


 「それはあまりにも爵位が高すぎます・・どうか・・どうおかご再考を!!」


 「・・・ならば伯爵位をひとまず授けよう。領地はアステイトだ!これ以上の苦言は受け入れぬぞ!

 ネイサン卿は、ネイサン・アステイトと名を改めよ!」


 「も・申し訳ございません。陛下の御心に感謝いたします」


 「・・謹んで・・受け賜わります」


 国王も流石に無理があると察したのか、爵位だけは妥協をしたが、アステイト領は譲らなかった。


 アステイト領は、王族の所有領の中でも3本の指に入る程の恵まれた肥沃の地だ。更に王都にも隣接していることから非常に立地も良い。貴族たちの羨む土地であった。


 意味の理解できていないネイサンであったが、礼を言う事だけは忘れずなんとか恥をかかずに済んだ。――はずだ。



 それから順に他の功績を上げた者たちの褒賞がさずけられたが、国王が関心を示したのはネイサンのみだった。


 緊張していたネイサンは深く考えることを放棄して、一秒でも早くアレクサンドラの下へ戻ることだけに想いを馳せた。


 謁見の間を後にして、国王から用意された部屋へ入るとそこにはアレクに扮したアレクサンドラの姿があった。



 「――ただいま戻りました・・」



 「おかえり、ネイサン」



 微笑み出迎えるアレクサンドラに、先ほどの精神的な疲労感が消えていくようだ。



 抱き着きたくなる感情を押し殺し、アレクサンドラの下へ歩み寄るのだった。




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