8 愛弟子は青褪める
キリアンは散々ごねたが、アレクサンドラの押しの強さで根負けして、ネイサンが裏ギルド・アークの一因にもなることが決まった。
アークとの連絡はキリアンとネイサンが取り合うことになったが、ずっとネイサンと行動を共にするアレクサンドラにとっては、自分の代わりにネイサンが連絡を取り合おうと問題はなかった。――キリアンは不服そうではあったが。
――いつからネイサンの部下として自分が動こうかしら・・
働き始めるタイミングも、王宮や貴族の動向に詳しいキリアンに相談した。
「男装して従者もこなすというなら、――今日からでも動いた方がよいとは思うよ。
今の状況はネイサンにとって貴族に取って食われかねないだろうから」
すでに協力関係に入った3人はたった数十分の間に家族のように呼び合う関係へと変化を遂げていた。
アレクサンドラの予想に反してキリアンは、冷静に状況を鑑みて言葉を返してくれる。
「――そうよね・・今のネイサンは礼儀もマナーも皆無だもの。貴族たちに好き放題言われかねないでしょうね」
「あぁ、可能な限り横についてサポートした方が良いだろう。――だが、本当にアレクとして動くのか?」
「そのつもりよ、ただ、仮面を被るわけにもいかないから、髪色と目の色を変えて、目元と黒子を隠せるものが必要なの。フェザー商会で用意できない?」
「用意は出来るけれど、リットルン侯爵にバレたらまずいのでは?――・・大丈夫なのかい?」
「バレるのは・・困るわ。――可能なら、瓶底眼鏡も・・用意できる?」
「できるよ。――それで誤魔化せればよいけれど、正直危ういと私は思うよ?」
「・・・バレたらその時はその時よ・・なるべく鉢合わせしないよう気を付けるしかないわ。――お母さまのスケジュール把握も頼める?」
「――・・仕方ないね。それなら、私の部下もネイサン卿の護衛騎士として同行させるようにしよう」
「助かるわ!」
「・・・・俺に護衛が2人も必要ないんじゃ――」
これまで護衛が自分につくという経験など一度もないネイサンにとって、2人も自分を守る護衛がつくことに違和感しか覚えない。
「いいえ、伯爵位を賜るなら2人は少ない位よ。慣れてちょうだい」
「――・・・わかった」
「一番の問題は――・・ネイサン、君だよ!
アレクサンドラは正体がバレさえしなければ何とかなるだろうけれど、君は行動全てが問題になりかねないんだから」
「~~だからって・・俺にどうしろと?」
「これはアレクサンドラが一番わかっていると思うけれど、貴族然な振る舞いが求められるようになる。
マナー、礼儀、最低限必要な王侯貴族の名前や情報は、祝賀夜会までには付け焼刃であろうとどうにかしなければならない」
「・・・勉強か・・」
キリアンの言葉にネイサンの顔は青ざめていく。
「そうだよ。――あ、あとダンスも踊れないとね」
「――!!」
思わず泣きそうな表情でアレクサンドラに視線を向けた。
元々字も習った事もなかった孤児だったネイサンは、戦争に行く前に幾度となく練習を繰り返しやっと字の読み書きができるようになったのだ。
当時かなり泣きそうになりながら努力していたことを思い出したのだろう。
「――私が何とか教えるわ。・・・・あと7日あるもの、――・・今日からやれば間に合うわ・・多分」
流石のアレクサンドラであっても7日で平民を貴族に変えるのは流石に厳しい。けれど、夜会中はアレクサンドラがパートナーとして寄り添う予定なのだ。
貴族の名前や情報は自分が横でサポートすればなんとかなるだろう。――問題ははマナー教養だ。
少しでも見映えが良くなるようにするしかない。
「ネイサンはとにかくやるべきことを合間の時間で頑張るしかないわね。ネイサンの侍従として仕える件は、変装用の道具が集まり次第にしましょう。
キリアンーーネイサンの泊っているサウレンツ公爵家別邸に空き部屋は残っている?」
「残っているけれど・・・何故そのようなことを?――まさか・・」
「私もこれから別邸でネイサンと行動を共にするわ」
「な!――そんなこと駄目だ!」
「いいや、俺とアレクサンドラ様は恋人同士なんだ。何も問題はない」
「問題ないわけないだろう!もしラウレシア様の耳に入ればとんでもないことに・・」
「大丈夫よ。お兄様に協力してもらうわ。数日おきに家に戻ればなんとかなるわよ」
リットルン侯爵家は特殊だ。
ラウレシアは近衛騎士団長の為、殆ど家にいないのだ。早朝に邸を出て夜中に戻ってくる。家族と顔を合わせるのは10日のうち2~3日あるかどうか。
邸にいる父ケインズは殆ど病で床に臥せっているので会うことはないし、兄のメイナードも領地運営に忙しく一日に数十分顔を合わせれば良い方なのだ。
兄のメイナードの協力さえ得られれば、邸にいないということを誤魔化すことくらいは造作もない。
「――それに、王宮へ移動するまでの間だけでも、サウレンツ公爵家の別邸で過ごせれば、キリアンだって任務も会議も連絡しやすいでしょう?」
「・・・・私は自分の為に言っているんじゃないんだよ。――君の為に言っているというのに・・」
「私はばれない様に男装の道具が届くまでは『サンドラ』として冒険者のときの変装をするわ。――メイドにでも扮していれば問題ないでしょう」
「――はぁぁ・・アレクサンドラがそれでいいならもういいよ・・」
幾度となく項垂れるキリアンは、まだ一刻も経っていないというのにすでに疲れ切った表情をしていた。
「構わないわ!――それじゃ、早速午後から勉強を始めるわよ!ネイサン!」
「――え・・あ・はい・・」
先程から小さくなっていたネイサンは『勉強』という言葉にびくりと身を震わせてから不安げに頷くのだった。




