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7 師匠は協力を仰ぐ


 「お・・落ち着いて・・久しぶりに再会したのよ?ゆっくりと恋人になっていけばいいじゃない・・お願い・・・少し・離れて」



 目が回りそうなほど視線を彷徨わせても、恋人となったネイサンを拒みはしない。



 「アレクサンドラ様は優しいですね・・」



 「――と・突然何?」



 恍惚な表情をネイサンに向けられても、言いたいことが理解できず懸念の眼差しを向けてしまう。



 「――俺が受け入れて欲しいって言ったから、突き飛ばさないでくれたんですよね?」



 「――?」



 恋人も婚約者もアレクサンドラはできれば遠慮したかった。けれど、結局折れて求婚を受け入れたのだ。


 流石に反故にしようとは思っていない。――それに、折角帰ってきたばかりのネイサンに優しくしてあげたいという師匠としての想いもあった。



 ――恋人なら拒まないのが当然でしょう?



 ネイサンの言葉はアレクサンドラにとって『何故そんな当然なことを聞くの?』という思いでしかなかった。



 「強引に迫ったので・・嫌がられると思いました。――これから毎日一緒ですから拒まれても困りますけど」



 「そ・そうそう!それよ!――私は今日から貴方の側で働くの?」



 ハッと思いついたアレクサンドラはここぞとばかりに話を切り替える。



 「・・・・。――そうですね。今日から・と言いたいところですが、明後日凱旋パレードをしてから国王陛下に謁見するそうです。そこで国王陛下の話と褒賞を賜ってから、祝賀会とかいう夜会もあるみたいです。

 逆にアレクサンドラ様はいつから俺にやとわれてくれますか?――俺としては今からでも行動を共にして国王の謁見にも同行して欲しい所ですけど・・」



 ――従者でも国王の謁見に同行は無理ね・・ならいつからがいいかしら・・



 「国王陛下への謁見への動向は無理よ。別室で控える事は出来るけれど・・ネイサンの話している感じならちゃんと把握できていないようね。・・誰か詳しい者に話を聞く必要があるわ」





 ――コンコンコン・・


 「お嬢様、サウレンツ公爵家のキリアン卿がいらっしゃいました。――いかがいたしましょうか」



 老執事のジェイムズが少しだけ開いた扉越しに問う。



 「キリアン様が?!――今日訪問の先ぶれは受けていないけれど?」



 「そのようでございますが、火急のご用件とのことで・・いかがいたしましょう?」



 「もしかしたら・・その火急な用件とやらはネイサンにも関係しているかもしれないわね・・」



 チラリとネイサンに視線を向けると、ふいっと視線を逸らす振る舞いに確信を得てアレクサンドラは立ち上がる。



 「丁度よいわね、お会いするわ。――ネイサン、貴方も一緒に行くわよ」



 ジェイムスへ告げると、アレクサンドラはネイサンを半ば強引にキリアンの下へと連れていくのであった。





 ***





 「キリアン卿、―――お待たせいたしました。」



 淑女の仮面を被り、扉を開けてすぐに声をかけるとネイサンを引き連れキリアンの下へ歩み寄る。



 「やぁ、やはりネイサン卿もここにいたのだね。まったく、人騒がせな人だ・・」



 半分呆れた眼差しを向けながらも和やかに微笑んだあと挨拶の礼をとった。



 「――どうぞ、おかけになって下さいませ」



 「ありがとう」



 アレクサンドラがソファに腰かけるよう促し、給仕に茶菓子の用意をさせるとキリアンは表情を切り替えた。



 「――ネイサン卿、君はなぜ突然いなくなるんだ。探したんだぞ」



 「ちゃんと書き置きはしたが?」



 「――こんなメモ書きでは意味がないだろう」



 アレクサンドラとネイサンの前に勢いよくバッと差し出されたメモ書きの羊皮紙には、『ちょっと出てくる』とだけ記載されていた。



 「・・・・」



 あまりの雑さ具合にアレクサンドラは擁護する気も起きなかった。



 ――これじゃキリアンが怒っても当然だわ・・



 普段殆ど表情を崩すことのないキリアンが怒っている態度を示すということは、恐らくこれが初めてではないのだろう。



 「――ネイサン卿、どこかへでかけるならば、行先と、いつ戻るかを伝えなければなりません」



 「そうなんですか?――・・すまない・・キリアン卿・・」



 アレクサンドラの叱責にしゅんと落ち込む姿を見せつつも、素直にネイサンは謝った。



 「――まぁ、ネイサン卿がいる場所は想定内だったから大事にはならなかったが、他の者が真似をしては困るんだ。今後はこのようなことがないようにしてほしい」



 「――わかった・・・」



 「今後は私がそのようなことはさせないから安心して。――でもね?キリアン卿?」



 ネイサンが素直に頷くのを確認して、アレクサンドラはキリアンをじっと見つめ話始める。

 急激に周りの空気はひりつくような緊張感が走り、キリアンは表情をこわばらせる。



 「――なんだい?・・アレクサンドラ嬢」




 「ネイサン卿の事はすでに昨日の時点でとっくにご存じだったのでしょう?何故私には戦争が終わったことしか言わなかったのかしら?

 昨夜の時点で私に教えてくれていれば、このようなトラブルは起こらなかったかもしれないわ――なあ?どう思う?――キリアン?」



 「おやおや・・・アレクサンドラ嬢、――口調がアレクになってしまっているよ?」



 「――あら、失礼いたしましたわ。――丁度キリアン卿の所に今から伺おうと思っていましたの」



 「私に?・・はて、何かご用がおありで?」



 白々しくもキリアンは話を知らぬ体で挑発するかのような言葉を返してくる。――だが、アレクサンドラは挑発に乗る気は一切ない。



 「私、ネイサン卿に雇われることになりましたの。――ですから、アークでの活動は10日に3日程度の請負とさせていただきますわ」



 「?!――・・おい、いきなり何を言い出すんだ」



 アレクサンドラの言葉に余裕綽々としていたキリアンの顔色が変わる。



 「――元々ネイサン卿が戻ってきましたら、彼の為に出来る事はサポートしたいと思っておりましたの。――ですから丁度よい機会ですのよ。

 アークとのやり取りは、今後ネイサン卿が主にキリアン卿と取り合って下さいますわ」



 「待て待て!――アレクサンドラ!君は優秀なギルド員なんだ。ネイサン卿がアレクの代行など務まらない」



 「そう仰られても困りますわ。――もう決めたことですもの」



 「私と君の仲だろう?なぜ勝手に決めてしまうんだ!」



 「――そっくりそのまま同じ言葉をお返しするわ」



 「――なっ!アレクサンドラっ!」



 不敵に笑うアレクサンドラに、キリアンは自分に分が悪いことを察した。



 「――・・アレクサンドラ嬢には叶わないな・・すまなかった・・昨夜の件はちょっと揶揄ってしまった。――君なら簡単に状況を把握できてしまうだろうと思ったんだ。――・・まさかネイサン卿がすぐに君の下にいてしまうとは思わなかったが・・」



 「こちらはとっても気分が良くなかったわ。――・・仲間だと信じていたのに、隠し事をされたんですもの」



 「悪かったよ・・ただ、アークの活動が君にとっても重要なことだということはわかっているだろう?」



 キリアンから「活動」の話が出たことで、雰囲気は再び張りつめたものに変わる。



 「それは承知の上よ。フェザー商会での私がすべきことは今後も私が動くわ。

 情報収集も連絡があれば行う。――ただ、今後貴族の一員となるネイサン卿が、いち早く慣れるように師匠として力を貸したいのよ。

 愛弟子の事なのだもの、当然の事でしょう?」



 「・・・・」



 キリアンはどう見ても不服そうだ。しかし、アレクサンドラは譲るつもりはない。

 しばらく見つめ合った末に気持ちを切り替えたのはキリアンであった。ネイサンへ視線を向ける。

 


 「――ネイサン卿、君は本当にアレクサンドラを君の部下にでもしようというのかい?」



 「部下になってもらう。――だが、婚約して結婚する前提の話だ」



 「――結婚??・・・・おいおい・・待ってくれ・・展開が早すぎるだろう。――アレクサンドラ!君はネイサン卿と結婚するつもりなのかい?」

 


 「――キリアン卿!俺の恋人を呼び捨てするのは止めてくれ!」



 「な?!・・・恋人って・・君は昨日帰還したばかりだろう!――冗談は止めてくれ」



 「冗談なんか言ってない。――昨日戻って求婚して、恋人になった」

 


 普段表情を滅多に変えることのないキリアン、愕然とし表情をころころ変えながらアレクサンドラへ視線を向けた。――しかし、なんの否定もしない彼女に真実なのだとキリアンは悟り、こめかみを押さえ項垂れた。



 ――よほど私たちの婚約が納得できないのね・・・・



 キリアンとネイサンの応酬を、アレクサンドラは他人事のように眺めた。



 「どうやら昨夜、私がアレクサンドラにきちんと状況を話しておかなかったせいでとんでもないことになっていたようだね・・・・それは私が悪かったよ。――だが、私たちアークの活動は、あの事件の真相究明と、船を探すことだ。

 頼むから色恋で支障をきたすのは止めてくれないか?」



 「すぐにネイサン卿の事を話してもらえなかったことは不服でしたわ。ですが、そこまで怒ってはおりませんわ。勿論謝罪も受け入れます。――でも、婚約の話は事実よ。

 今は恋人だけれど、3か月以降には日取りを決めて婚約式を行う予定だもの」



 「~~・・それで本当によいのか?今一番大切な時なんだよ?――やっと念願だったロトス公爵とのオウリ鉱石の取引も調うんだ。――・・ネイサン卿と婚約している場合ではないのでは?」



 「問題ございません。――・・私にとってリットルン侯爵家の再興は悲願ですもの。上手くやってみせますわ」



 「~~~だが・・しかし――」



 ギルド員であるアレクサンドラが仕事量を減らすことで、キリアンが不服を感じることは納得できる。――だが、何故ネイサンをキリアンがそこまで煙たがるのかは理解できなかった。


 婚約など大したことでもないというのに。



 「ネイサンは私の弟子よ。約束は違えないわ。――無事に戻ってこれたら結婚するって話していたの。――でも、リットルン侯爵家の再興も諦めるつもりはない――だから、お願い。

 今後もキリアンには協力してほしいのよ」



 「――ネイサン卿には無理だよ・・私たちだけで充分事足りる・・」



 諦め悪く口を尖らせてキリアンは否定する。



 「いいえ、ネイサン卿の協力も必要よ。彼のギルド員としての教育は私が責任を持つわ。――だからお願い。貴方とはこれからも協力してやっていきたいの」



 アレクサンドラは切実な表情を惜しげもなくキリアンに向け、じっと静かに見つめた。



 「~~~・・はぁぁ・・アレクサンドラには敵わないね・・」



 苦笑して項垂れるキリアンに、アレクサンドラは自信満々に告げる。



 「安心してちょうだい。私はやると言ったらやり遂げるわ」



 「~~~知ってるよ!――・・仕方ない・・、今後私とも手を組んで、三人で協力して動きたい。――そういうことだね?」



 「――その通りよ」



 呆れ顔になりつつも、キリアンはアレクサンドラへの協力を拒む意思はないらしい。



 なぜか男二人は渋い表情のままであったが、きっとネイサンならば情報収集の仕事もすぐにこなしてくれるだろう。


 アレクサンドラはネイサンの実力に疑問を抱いてなどいなかった。




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