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2 愛弟子との再会1


 真っ暗に静まり返った邸の中、足音を立てることなく目的地まで辿り着いたのはアシエンス伯爵の執務室。

 情報の通りに執務机の一番下の引き出しを開け、引き出しの中へ手を差し込み上部を探れば、そこには小さな小箱の引き出しが取り付けられていた。小さな引き出しをそっと引き出せば、中には小さな鍵。


 執務机後ろの大きな窓からは月明かりが黒の装束を纏い、目元だけを隠す仮面をかけた男のニヤリと笑う顔をうっすらと照らしだした。


 

 「み~つけた」


  

 短く喜びを口にすると、すぐに男は立ち上がり沢山の本が並べられている棚へと移動して、ある一か所の本を数冊取り出すと取り出された本棚の奥の壁には小さな鍵穴がついていた。



 「ふふふ・・」



 目当てを見つけた男は喜びで小さく笑みを零し、鍵穴に鍵を差し込んだ。



 ―――カチっ


 小さな音が静まり返った執務室に小気味よく響く。更に数秒待つと、カタンっ・・と物が外れるような音を立てて、本棚のすぐ横に掛けられていた大きな絵画が下に少しだけずれた。


 鍵を外して本を戻し絵画に手で触れると、キィィ――っとあっさりと絵画は扉のように開き、そこには小さな金庫のような扉が現れた。


 再び先ほどの鍵を鍵穴に差し込み回すと壁に設置された金庫扉は簡単に開き、中にはいくつかの書類がまとめられた冊子の束が現れる。



 「おぉ~全部あるじゃん」



 嬉しそうに顔を綻ばせ必要な書類の纏められた冊子をいくつか抜き取ると、さっさと絵画を元に戻し嗅ぎも小箱の引き出しに何事もなかったように入れて戻す。

 その後誰にも見つかることなく屋根を飛び移りながら、男は王都の端にある古びた建物の中へ消えていった。



 「――はい。ご希望の帳簿をお持ちしましたよ~リックギルドマスタ~」

 

 

 先程とは違い、無邪気な子供のように笑みを浮かべた男は少年のようだが、仮面越しであっても美しい整った輪郭が美少年であることを示していた。



 「僕の正体を知る君がわざわざリックなどと呼ぶなんてどうしたんだい?まさか揶揄っているんじゃないだろうね?」



 「ちょっとキリアン!ノリわるいな~折角ギルドマスター様に礼を尽くしたっていうのにさ~」



 「どこが?」



 クスクス笑う男を、キリアンは張り付いた笑みを浮かべて返した。



 「~~も~そんなに怒んないでよ!ちゃんと仕事はしたんだからいいでしょ?」



 「勿論だよ、アレク。今夜はもうすぐに帰るのかい?」



 「そりゃ帰るよ!もう日もまたいじゃってるからさ。今夜は大分早く任務も終わったことだしさっさと帰って寝る事にするよ!」



 砕けたもの言いで会話する二人は幼馴染だ。


 アレクに扮するアレクサンドラの家リットルン侯爵家と、キリアンの家サウレンツ公爵家は親同士も幼馴染である。

 まさか誘われた裏ギルド・アークのギルドマスターリックに扮していたのがキリアンだとは思いもしなかった。


 最初は気づかなかったが、自分が働く主の事はしっかり調べなければとこっそり調べると、あっさり正体がわかってしまった。それ以来このように砕けた物言いでやり取りをする仲となったのだ。



 「それじゃ情報だけ渡しておいてあげようか?」



 「情報?何の?」



 もったいぶって話すキリアンを訝し気に見つめるアレクサンドラへ微笑すると、彼は一言爆弾を投下した。



 「隣国フェルセクトとの戦争が終わったようだよ」




 ***




 颯爽と愛馬リンゼルに跨り岐路へつく途中、アレクサンドラは気がつけば公爵邸の裏の空き地のような公園に足を向けていた。


 リンゼルをいつもの場所へ繋ぐと、懐かしい鍛錬をした場所で足を止めていた。



 「―――ネイサン・・」



 あれから何年経っただろうか。


 戦争へ向かうと自分の下を去ってから、恐らく五年近くはもう経っているだろう。この場所で別れを告げられ、それ以降なぜかここへ足を運ぶことはなくなった。


 ネイサンがいなくなってから、家が傾き没落寸前にまで追い込まれてそれどころではなかったというのもあるが、それだけではない。


 アレクサンドラにとってネイサンは弟のように可愛がった愛弟子だった。

 自分の唯一の弟子だ。

 そんな彼は、たった5年で剣術を体得し、自分から離れていってしまった。あっという間な日々ではあったが、アレクサンドラにとってネイサンとの日々は青春の1ページでありかけがえのない思い出だ。



 ネイサンが戻ってくるのは嬉しいに決まっているし、すぐにでも迎えに行きたい。―――しかし、自分はどうだろうか。


 立派に役目を果たし戻ってくるネイサンを笑顔で出迎えるだけの対面を、今のアレクサンドラは維持できていない。没落寸前な侯爵令嬢が、何を偉そうに愛弟子を笑顔で迎えられるというのだろう。


 言い表し難い感情が自分の心の中をぐちゃぐちゃにかき回す。


 大人とは厄介な物。

 すでに24歳を迎え、とうに嫁き遅れた自分は兄の稼業を助ける傍ら男装をして裏でギルド員として活動している。

 言葉使いなど傭兵の男のようにガサツで、とても令嬢とは思えない振る舞いだ。


 昔のアレクサンドラならば、誰にも有無を言わせないだけの力強さと貴族令嬢としての美しさを兼ね揃えていたと自負できる。しかし、今のアレクサンドラは―――。


 考えるだけで気持ちが沈んでしまう。



 ―――はぁぁぁ・・・


 深い溜息を吐きだし、アレクサンドラはその場に力なくしゃがみ込んだ。


 

 「・・・どうやって会えっていうんだよ・・・ネイサン」



 押しつぶされそうな想いは、小さな声音で吐き出された。



 「どうもこうも・・普通に会ってくれたらよいのですが?」



 「―――!!」



 いつの間に近くにいたのだろうか。


 男の声にアレクサンドラは瞬時に臨戦態勢に入り相手との距離を取る。

 気配など一切感じなかったというのに、普段なら警戒心の強い自分が不意を突かれたことに衝撃を隠せない。



 「誰だ」



 目の前の男は平均男性ほどの背丈の自分より、頭一個分近くは背が高いのではないだろうか。

 剣を剣帯で腰につるしているあたり傭兵か騎士なのかもしれない。

 髪は随分乱れているので傭兵と見て間違いなそうだ。


 暗闇の中、月明かりしかない場所で見据える男の姿は何となくのシルエットのようにしか見えない。男は明らかに馴染みであるかのように話しかけてきた。


 アレクサンドラの疑心と逡巡する思考を止めさせたのは、男のとんでもない言葉だった。


 

 「誰だなんて・・ひどいじゃないですか?―――俺ですよ、師匠。貴女の弟子、ネイサンです」



  月明かりの下、未だよく見えないネイサンと名乗る男の顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。



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