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1 愛弟子との約束

 「必ず!・・必ず貴女に釣り合う男になって戻ってきます!その時は・・どうか僕をアレクサンドラ様の夫にしてください!!」



 真剣な眼差しの少年が、まっすぐこちらに視線を向けて強い意思の籠った声音で告げてくる。

 普段の訓練着でも使用人服でもなく、軽装備ではあるが明らかに戦闘に赴く歩兵の装備を身に纏う彼は、いつもよりほんの少し大人びて見えた。


 出会った頃は自分の胸のあたり位までしかなかった背丈が、今は少し目線を上げないと目が合わない程背が伸びている。

 愛弟子にときめくよりも、立派に成長した姿に感慨深い喜びが込み上げてきた。



 それもこれも愛弟子であるネイサンを十歳の頃からずっと弟のように可愛がってきたせいだろう。

 五年の付き合いともなれば喜びが勝るのは致し方ないはずだ。



 「そんなこと言うなら必ず帰ってきなさい!怪我しないで!無事に帰ってくるのよ!!」



 「はい!!」



 思わず目を細めてしまう程、眩しい笑みを浮かべて力強く返事をした十五歳の少年は、宣言後すぐにその足で隣国フェルセクトとの戦争へと旅立っていった。



 なぜ戦争に行ってしまったのか―――。


 まだ幼い少年が、どうして戦わなければならなかったのか―――。



 自分だけじゃなく、父も母も皆止めていたのにネイサンの意思だけは頑なだった。


 今も記憶に残る可愛らしい幼い微笑み、自分にだけみせる無邪気な姿。

 こちらが教えていた側だったのに、気づけば彼の笑顔に随分救われた気がする。



 ―――なんで私の下から離れてしまったの・・・ネイサン・・





 *** 




 

 柔らかい日差しが差し込み、気づけばいつの間にか意識が現実に浮上していた。


 毎夜見る愛弟子の夢は寂しさが込み上げ胸を締め付けた。それでも、同時に愛おしさで心が温かくもなるのだ。

 現実を生きていても、夢は幸せだった頃の記憶が自分を包み込んでくれる。



 リットルン侯爵家の長女アレクサンドラは、成人を迎えてからすでに六年も歳を重ねていた。


 すでに婚期を逃していると言っても過言ではない。


 陽の光に触れると柔らかく輝く銀糸のような髪は背中まで伸び、動きやすいように後頭部の高い位置で括っている。大き目なアーモンドアイは淡いピンク色のなかなか珍しい瞳の色だ。更に左目の下に二つ横に並ぶ黒子は、より一層美しい目元を引き立たせた。更に主張の少ない薄い唇も相まって、いつも見つめられるのはこの大きな瞳ばかり。


 背丈は令嬢としては随分高く、成人男性の平均に近いだろう。見目は可愛いより美人系な為、パンツスタイルで歩き回ると美丈夫と勘違いされることもしばしば。

 淑女らしからぬ文武両道で何事も全力で学びに勤しんだ割に、意外と凹凸のある体のラインを保持している。隠れてこっそりと鍛錬も身体づくりもしたにも拘わらず、筋肉に恵まれないことはアレクサンドラの唯一の悩みと言ってもいい。


 母であるリットルン侯爵家のラウレシアは、『淑女として良家へ嫁いで幸せな人生を歩むのよ!』と口酸っぱくアレクサンドラに言い続けたが、言っている本人は屈強な身体つきの男性すら怯えさせる程の、凄腕の近衛騎士団長様である。

 ラウレシアからしてみれば、娘には自分とは違う道を歩むことこそが女の幸せなのだと信じて疑わないのだろう。



 はっきり言って余計なお世話である。



 ―――しかし、家族が大好きなアレクサンドラは不平不満を言うことはない。


 言い返して反抗するのではなく、抜け道を探りながらちゃっかり剣術をラウレシアから教わることに成功した。―――そしてアレクサンドラの身体能力はずば抜けていたらしく、気づけば十五歳で武術は体得していた。


 父、ケインズの領地経営もこっそり見て学び、三歳年上の兄の勉強をチラ見しながら知識も積み重ね、自由時間には沢山の本を読み漁った。

 我が道を行く生活をしつつも、しっかりとラウレシアの望む『淑女教育』もこなし、十七歳にはデビュタントも問題を起こすことなく終わらせている。



 何も問題がなかった良い子なアレクサンドラではあったが、どんな困難な状態に陥っても『何とかなる!努力は裏切らない!』という精神で様々な困難を乗り越えていた。その為、大義名分さえあればいくらでも自分のやりたいことを優先できるだけの能力を持っていたのだ。



 ラウレシアは早く淑女として良家に嫁いで欲しいと願っていたが、とある事情でアレクサンドラが連れ帰った十歳の少年ネイサンを、自分の専属の使用人にしたいと言い出した時はラウレシアも怒りを露にした。―――しかし、「ノブレスオブリージュ」を唱え「一人の貴族令嬢として見過ごすわけにはいきません!」と、強い意思の籠った眼差しでアレクサンドラがきっぱりと断言した時には、ラウレシアは反対することができなかった。



 間もなく二十歳を迎えるであろう歳には、セレク商会の購入したばかりの大型キャラック船が突如消えてしまった事件で、ケインズは責任を感じすぎて精神を病んでしまい臥せりがちになってしまった。嫡男であるメイナードの方に突如ずっしりと重い公爵家の重責がのしかかっただけでなく、リットルン家の財政と名声も大きく傾き、没落寸前にまで失墜してしまった為、どう立て直したらよいかメイナードは迷走したのだ。


 ―――アレクサンドラは、「社交に出ている場合ではございません!お家の為にもお父様とお兄様のお手伝いを微力ながら務めさせていただきます!!」と止む負えない状況であると断言し、社交界から姿を消して領地運営に携わる様になってしまったのである。


 納得のいかないラウレシアであったが、有言実行し続ける娘の意志の強さと行動力は買っており、ラウレシア自身も家の立て直しの為近衛騎士団の仕事を以前より力を入れなければならなかった。その為、娘の行動に口を出す余裕もなくなってしまったのだ。



 ラウレシアのお小言がなくなったこともあり、結局四年経った今もケインズの代わりに商会長代理を務める兄、メイナードの補佐として領地運営にもちゃっかり携わり続けている。それだけでなく、別方面からも家計を助けるために家族にも内緒である活動を始めたのだった。



 その活動というのが『冒険者』である。



 十五歳で武術を体得してしまったアレクサンドラは、すでに近衛騎士団長であるラウレシアと並ぶほどの剣術を体得していた。



 折角身に付けた能力を活かさないのは勿体ない。



 ずっと燻っていた想いに火をつけたのは、商会の事件がキッカケだった。

 少しでもお金を稼ぎたくても、貴族令嬢は働くことなどあり得ない。

 

 アレクサンドラの棲むジスべニア王国は実力主義も評価されるお国柄で、他国と比べても女性が活躍している仕事は多い。



 その代表例がほかならぬラウレシアだ。



 女性にも拘わらず、国の騎士の誉れと言われる近衛騎士団の団長を務めるなど、他国では考えられないことだ。更にラウレシアは候爵位まで継いでいた。



 ジスべニア王国では女性の授爵も何十年も前から認められている。



 アレクサンドラに関しては、一貫してラウレシアの教育方針で淑女らしさを求められているだけに過ぎない。―――とはいえ、当主の命は絶対。いずれは淑女として嫁ぐことも致し方なしとは覚悟している。

 

 その期限があるからだろうか。『冒険者になる』というハードルは、大きな事件によって簡単に飛び越えてしまえたのである。

 流石に本名で堂々と活動することは憚られた為、『サンドラ』と名を偽り、わざわざ黒縁眼鏡と鬘まで被ってギルド登録を行ったが、想像していたほどの母への罪悪感は感じずに済んだ。



 二十歳手前で登録した際はFランクスタートだったのだが、十カ月経つ頃にはBランクにまで上がっていた。

 目立ちたくないアレクサンドラであったが、自身の思惑とは真逆で注目を浴びてしまったらしく、『強者サンドラ』などという通り名までできていた。


 ―――そしてギルド登録して一年が経とうとしていた頃、『裏ギルド・アーク』からスカウトされたのである。


 当時は知らずに契約したが、後々旧知の仲である人物がギルドマスターであったことを知り、随分驚いたものだ。

 裏ギルドであるにも拘らず様々な事に好待遇で受け入れられ、気づけばアレクサンドラは男になっていた。


 身バレを防ぐため、男装の裏ギルド・アークの特別隊員『アレク』となったのである。



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