表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

第28話:砂糖菓子の教室と諦めの悪い親友

 夏休みが明けて二学期が始まっていた。

 暦の上では秋だというのに太陽はまだ真夏のような日差しをアスファルトに叩きつけている。


 けれど校門をくぐる生徒たちが感じている「暑さ」の原因は、気温のせいだけではなかった。


 キキーッ。


 朝のホームルーム直前、威圧感たっぷりの漆黒のリムジンが、いつものように校門前に滑り込んできた。

 ドアが開き、中から二人の女子生徒が降りてくる。


 一人は艶やかな黒髪ロングにサファイア色の瞳を持つ、絶対的なカリスマ――生徒会長・氷室玲奈。


 もう一人は、少し困ったような笑顔を浮かべる小柄なボブカットの少女――小鳥遊陽菜。


「さあ、行こうか陽菜」


「あ、はい⋯⋯玲奈さん」


 以前と決定的に違うのは二人の距離感だった。

 かつては玲奈が先を歩き、陽菜が後ろをついていく関係性が見て取られた。


 しかし今では二人の手は、指と指をしっかりと絡ませ合う「恋人繋ぎ」で結ばれている。


 玲奈は堂々と、まるで宝石を見せびらかすかのように陽菜の手を握りしめ、陽菜もまた、恥ずかしそうに頬を染めながらもしっかりと握り返している。


 その光景から放たれる甘いオーラは、物理的な熱量を持つかのように周囲へ拡散していた。


「⋯⋯あー、はいはい。今日も熱いねー」


「見てるこっちが照れるわ⋯⋯」


「夏休み前は、ぎこちなさあったけど、ありゃもう完全にガチだな」


「いっそ早く結婚してくれれば、俺たちも諦めがつくのになー」


 周囲の生徒たちは以前のようなやっかみや嫉妬の視線ではなく、どこか悟りを開いたような、生温かい目で見守っている。

 夏合宿を経て「本物の恋人」となった二人の絆は、もはや他人が入り込む隙間などイチミクロンも存在しなかったからだ。


「⋯⋯み、みんな見てますよ玲奈さん」


「構わん。むしろ見せつけてやるのが慈悲というものだ。君という素晴らしい恋人が、私のものだという事実をな」


 玲奈は涼しい顔で言い放ち、さらに陽菜を引き寄せて校舎へと入っていった。


 朝から砂糖を吐きそうな光景に、生徒たちは胃薬を求めて保健室へ走りたくなるのを必死に堪えるのだった。


 ◇


 昼休み。


 四限終了のチャイムが鳴ると同時に私の教室のドアが開いた。


「迎えに来たぞ、陽菜」


 玲奈さんだ。

 彼女は教室の入り口に優雅に立ち、私に向かって手を差し伸べた。

 まるで舞踏会に誘う王子様のようで、クラスメイトたちが「うわぁ⋯⋯」と慣れた手つきでサングラス(心の目用)をかける。


「あ、はい。ありがとうございます、玲奈さん」


 私も最初の頃は慌てふためいていたけれど、最近はこの「お迎え」にも少し慣れてきてしまった。

 私は教科書を片付けて、玲奈さんの手を取った。


 廊下を歩く間も手は繋いだままで、すれ違う生徒たちが道を譲る。モーゼの十戒状態だ。


 生徒会室に到着して扉を閉めた瞬間だった。


「⋯⋯んッ」


 玲奈さんが鍵をカチャリとかけたかと思うと、振り返りざまに私を強く抱きしめた。


「れ、玲奈さん!?」


「⋯⋯ふぅ。⋯⋯危なかった」


 玲奈さんは私の首筋に顔を埋め、スゥーッと深く息を吸い込んだ。


「午前中の『陽菜成分』が枯渇するところだった。⋯⋯あと五分遅れていたら、禁断症状で全校集会を開いて君を呼び出していたかもしれない」


「しょ、職権乱用すぎます⋯⋯!」


 玲奈さんの甘えたような声が、鼓膜をくすぐる。

 普段はあんなに凛々しい生徒会長なのに、二人きりになると途端にこれだ。甘えん坊の大型犬みたいになってしまう。


 玲奈さんは顔を上げ、潤んだ瞳で私を見つめた。


「⋯⋯充電が足りない」


「えっ? もう十分くっついてますよ?」


「足りない。⋯⋯陽菜」


 玲奈さんの顔が近づいてくる。

 熱い吐息――夏合宿のあの夜以来、玲奈さんのスキンシップは留まることを知らない。


「⋯⋯キスしても、いいか?」


「えっ、こ、ここでですか? 学校ですよ?」


「誰も見ていない。鍵もかけた。ここは密室だ」


「で、でも⋯⋯」


 私が迷っている間に玲奈さんの美しい顔が目の前まで迫る。

 ああ、もう。この瞳で見つめられると私はどうしても断れない。

 私は観念して、そっと目を閉じた。


 その時だった。


 ガタガタッ!! バンッ!!


 生徒会室の窓(三階)が外から勢いよく開け放たれた。


「はーーーいストーーーップ!!!」


 そこから転がり込んできたのは、ジャージ姿の愛川美羽だった。


「公序良俗に反しまーす! 学校は勉強する場所! 神聖なる生徒会室を発情した空気で汚さないでくださーい!」


「⋯⋯チッ」


 玲奈さんが盛大に舌打ちをして私から離れると冷ややかな視線を美羽に向ける。


「まったくいつまでもしつこい女だ。愛川美羽、また壁を登ってきたのか? いい加減にしろ、このストーカー猿」


「誰が猿よ! 私は愛の防波堤! 陽菜の操を守る最後の砦!」


 美羽は埃を払いながら立ち上がり、当然のように私の隣の椅子に座り込んだ。


「ふー、疲れた。さ、お昼にしよーね陽菜」


 美羽は手提げ袋から自分のお弁当箱を取り出した。

 以前のような購買のパンではない。少し不格好だけど手作りのタッパーだ。


「⋯⋯ん? 美羽、それ自分で作ったの?」


「そ、そうだよ! 悪い!?」


 美羽が少し顔を赤くして蓋を開ける。

 中身は卵焼きとウインナー、そしてふりかけご飯。

 かつての「ダークマター・クッキー」からすれば劇的な進化だ。ちゃんと食べられる色をしている。


「私もここで食べるからね。監視役として!」


 美羽は箸を割り、ドヤ顔で宣言した。

 玲奈さんは「やれやれ」とため息をついたが、本気で追い出すつもりはないようだった。


 なんだかんだ言いつつ、この三人の奇妙な関係は安定してきているのだ。


 ◇


 こうして始まった、三人でのランチタイム。

 玲奈さんが広げたのは専属シェフ特製の豪華なお重だ。


「さあ陽菜、口を開けろ。今日は君の好きなエビチリだぞ」


「あ、ありがとうございます。でも自分で⋯⋯」


「ダメだ。私の箸から食べるのが一番美味しいはずだ」


 玲奈さんは譲らないから私は諦めて口を開けた。


「あーん」


 プリプリのエビチリが口の中に運ばれる。美味しい。


「ん、美味しいです!」


「そうか、よかった。⋯⋯おや、口元にソースがついているぞ」


 玲奈さんはハンカチを取り出す⋯⋯かと思いきや、自分の指ですっと私の唇を拭った。

 

 ――ペロリ。


 私のソースがついた指を、自分の口に含んで舐め取った。


「!!??」


 私はゆでダコのように真っ赤になった。

 一方、隣で卵焼きを食べていた美羽は、あからさまに顔をしかめる。


「うっわぁ⋯⋯」


 美羽が心底引いている。


「よくやるよ⋯⋯見てるこっちが恥ずかしいわ。衛生観念どうなってんの?」


「黙れ。愛する者同士の菌の交換は免疫力を高めるのだ」


「聞いたことない医学説唱えないでよ⋯⋯」


 美羽は呆れつつも自分のお弁当をモグモグと食べている。

 以前なら「私も!」と割り込んでくるところだが、今は少し引いた位置から見ていることが多い。


「⋯⋯ま、陽菜が幸せそうだからいいけどさ」


 美羽がボソッと本当に小さな声で呟いた。

 お弁当の卵焼きを見つめながら少しだけ寂しそうに、でも穏やかな横顔で。


 その言葉を聞き逃さなかった私は胸が温かくなった。

 美羽も変わろうとしているんだ。

 私に依存するのをやめて、自分の足で立とうとしている。


「⋯⋯ありがとう、美羽」


 私が声をかけると美羽はビクッとして顔を上げた。


「な、なによ! べ、別に認めたわけじゃないし! 泥棒猫が浮気しないか見張ってるだけだし!」


「はいはい、わかってるよ」


「⋯⋯陽菜!」


 美羽は箸を置き、ニッと意地悪く笑った。


「いつでも返ってきていいからね~。もしその女に泣かされたら、私の胸で慰めてあげるから!」


「ふん。その心配は無用だ」


 玲奈さんが私の肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように微笑む。


「私は一生、陽菜を泣かせない。⋯⋯嬉し泣き以外はな」


「はいはいご馳走様! もう胸焼けするわ!」


 美羽が耳を塞ぐのを見ながら私は幸せを噛み締めていた。

 大好きな恋人と手のかかるけど大切な幼馴染。

 砂糖菓子のように甘く、騒がしく、平和な時間。


 ずっとこんな日々が続けばいいのに。

 本気でそう思っていた。


 ◇


 放課後、生徒会室で帰りの支度をしている時だった。


 ブーッ、ブーッ。


 机の上に置いてあった玲奈さんのスマートフォンが短く震えた。

 

「⋯⋯誰だ、陽菜との下校時間に」


 玲奈さんは不機嫌そうにスマホを手に取った。

 しかしその画面を見た瞬間、彼女の表情が凍りついた。


 さっきまでの甘くとろけるような笑顔が消え、能面のように感情が抜け落ちる。

 部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。


「⋯⋯玲奈さん?」


 私が恐る恐る声をかけると玲奈さんはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には隠しきれない緊張と微かな恐怖が宿っていた。


「⋯⋯陽菜」


 玲奈さんはスマホの画面を握りしめ、絞り出すように言った。


「父さんが⋯⋯帰国したようだ」


 『秘書室』と表示された画面の明かりが、薄暗くなり始めた部屋の中で不気味に点滅していた。


 お父様――氷室財閥の当主であり、かつて玲奈さんの絵を否定し彼女の心を殺そうとした絶対的な支配者。


 甘い砂糖菓子の時間は終わりを告げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ