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第20話:決戦は更衣室(水着選び)

 中間テストという名の地獄を這いずり回った私に女神からの福音――もとい、生徒会長からの勅命が下ったのはテスト最終日の放課後のことだった。


「――合宿?」


「そうだ。生徒会役員、およびその関係者の慰労を兼ねた夏合宿を行う」


 夕日が差し込む生徒会室で氷室玲奈会長は優雅に紅茶を飲みながら宣言した。

 机の上には『夏合宿のしおり』と書かれた分厚いファイルが置かれている。


「場所は氷室家が所有するプライベートビーチ付きの別荘だ。一般人は立ち入り禁止の区画だから、誰に気兼ねすることなく羽を伸ばせるぞ」


「プ、プライベートビーチ⋯⋯!」


 その響きだけで眩暈がしそうだ。

 私が知っている海といえば芋洗い状態の市民プールか、人の多さで砂浜が見えない海水浴場くらいだ。自分専用の海なんてアラブの石油王の話だと思っていた。


「あ、あの⋯⋯でも私、正式な役員じゃないですし、そんな豪華な場所に連れて行ってもらうなんて申し訳ないです」


 私が恐縮して辞退しようとすると会長は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。


「何を言う。陽菜は私の『恋人』だぞ? トップのパートナーが参加するのは義務であり、権利だ」


「は、はあ⋯⋯」


「それに、これはあくまで建前だ。実質は⋯⋯その、なんだ」


 会長がほんのりと頬を染め、視線を泳がせる。


「⋯⋯き、君とのバカンスだ。二人きりで⋯⋯海で戯れたい」


 素直な誘い文句に私の胸がきゅんと鳴る。

 テスト勉強のご褒美ということだろうか。


「わかりました。⋯⋯行きます、合宿」


「うむ! そう来なくてはな!」


 会長はパァッと顔を輝かせた。可愛い。

 しかし、彼女はすぐに真剣な表情に戻り、重要な確認事項を口にした。


「そこでだ、陽菜。⋯⋯水着は持っているか?」


「え? 水着ですか?」


 私は記憶の引き出しを探った。

 最後にプールに入ったのはいつだろう。高校の授業以来だ。


「あ、ありますよ。学校指定のスクール水着が」


「却下だ」


 食い気味に否定された。


「えっ」


「スクール水着⋯⋯それはそれで日本の伝統文化として尊重すべきフェティシズムだが、今回の舞台はリゾートだ。紺色の布面積の広い業務用スーツでは、夏の太陽に失礼だ」


「ぎょ、業務用⋯⋯」


「買いに行くぞ、陽菜。今度の休日だ。君の魅力を最大限に引き出す戦闘服(水着)を、私が選んでやる」


 会長の鼻息が荒い。

 その瞳の奥には「陽菜の水着姿を拝める」という隠しきれない欲望と期待が渦巻いていた。


 ◇


 そして迎えた休日。

 駅前の大型ショッピングモールの広場で、私は玲奈会長と待ち合わせをしていた。


 今日の会長は涼しげなオフショルダーのワンピースに、女優帽を合わせた避暑地のお嬢様スタイル。

 ただ立っているだけで絵になりすぎて、周囲の人が振り返っていく。


「待たせたな、陽菜」


「ううん、私も今来たところです」


「今日の君も可愛いな。そのTシャツ、私が先週プレゼントしたものか?」


「はい! 着心地よくて気に入ってます」


 和やかに会話を交わし、さあ行こうかと歩き出した時だった。


「おやー? 奇遇だねー! 二人ともこんなところで何してるのー?」


 あまりにもわざとらしい声が、広場の植え込みの陰から聞こえてきた。

 電柱と植え込みのわずかな隙間から、にゅっと亜麻色の頭が現れる。


「⋯⋯出たな、妖怪」


 玲奈会長が即座に嫌悪感を露わにする。

 そこにいたのはサングラスをかけ(似合っていない)探偵のようなトレンチコートを羽織った(季節感がおかしい)愛川美羽だった。


「み、美羽? どうしたのその格好⋯⋯」


「え? あ、これ? これは日焼け対策! いやー、偶然だね! 私もたまたま今日、水着を買いに来ようと思ってたんだー!」


 美羽がコートを脱ぎ捨て、いつもの私服姿になる。


「チッ⋯⋯愛川美羽。我々はこれから重要な任務デートがある。君の相手をしている暇はない」


「ひっど! 公共の施設に立ち入る権利は誰にでもあるもーん! それに陽菜が水着選ぶんでしょ? 幼馴染の私のアドバイスが必要不可欠じゃん!」


 美羽が私の腕に抱きつく。


「ねっ、陽菜! 一緒に行こ? 私、陽菜に似合う水着知ってるよ!」


「えっと⋯⋯まあ玲奈会長、買い物くらいなら⋯⋯」


「⋯⋯まったく陽菜は甘いな。半径一メートル以上離れて歩け。菌が移る」


 こうして会長の舌打ちをBGMに三人での買い物が始まった。


 ◇


 訪れたのはモール内にある女性向けの水着専門店。

 色とりどりのビキニやワンピースが並ぶ店内に、私は圧倒されてしまった。


「うわぁ⋯⋯布が少ない⋯⋯」


「ふふ、最近のトレンドはこうらしいぞ。陽菜、これはどうだ?」


 その手にあったのは白を基調とした上品なホルターネックのビキニだった。

 パレオもついていて露出は控えめだが、洗練された大人の色気がある。


「陽菜の肌は雪のように白い。この純白の水着なら、その透明感をより引き立てるはずだ。⋯⋯浜辺に舞い降りた天使と見紛うだろうな」


 会長がうっとりと想像の世界に浸っている。


「ちょっと待ったぁぁ!!」


 そこに横槍を入れたのは美羽だ。

 彼女の手にはピンク色のフリルがふんだんにあしらわれた、可愛らしい(というか子供っぽい)水着が握られていた。


「会長はわかってないなー! 陽菜の良さは、この『守ってあげたくなる小動物感』でしょ!? だからこれ! イチゴ柄のフリフリ!」


「⋯⋯は?」


 玲奈会長の目が据わる。


「正気か? 陽菜は高校生だぞ。そんな幼児退行したような布切れを着せてどうする」


「なによ! 陽菜は童顔だから似合うの! ねー陽菜、昔こういうの着てたよね? 私が選んであげたやつ!」


「え、えっと⋯⋯それは小学生の時の話じゃ⋯⋯」


「ほら見ろ、過去の遺物だ。陽菜は日々成長し、美しくなっている。私の隣に立つのに相応しいのは、こちらの気品あるデザインだ」


 二人がそれぞれの水着を掲げ、私を挟んで睨み合う。


「だーかーらー! 陽菜は『妹キャラ』なの! 私が世話を焼いて、着替えさせてあげて、よしよしってするのが一番可愛いの! 美羽お姉ちゃん大好きって抱きつくの!」


 美羽が熱弁を振るう。それはただの美羽の願望だ。


「笑止千万。陽菜の本質は『母性』と『献身』そして芯の強さだ。か弱く見えて、誰よりも深い愛で包み込んでくれる⋯⋯その聖女のような尊さを表現するには、この清楚かつセクシーな白しかない!」


 玲奈会長も負けじと熱弁する。

 なんだか話の方向性がおかしくなってきた。

 水着のデザイン論争だったはずが、いつの間にか「私のどこが好きかプレゼン大会」になっている。


「陽菜は意外とおっちょこちょいで放っておけないとこが可愛いの!」


「陽菜は何もしなくてもそこにいるだけで尊いのだ!」


「陽菜の二の腕のぷにぷに感は至高!」


「陽菜の鎖骨のラインの美しさは国宝級だ!」


「あ、あの⋯⋯二人とも⋯⋯?」


 店員さんも他のお客さんも、何事かとこちらを見ている。

 恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 自分のチャームポイントを大声で連呼されるこの状況、何の罰ゲームだろうか。


「も、もういいです! 私が決めます!」


 私は耐えきれずに叫んだ。


「か、会長が選んでくれた方にします! ⋯⋯だ、だって、その⋯⋯可愛いって思われたいから⋯⋯」


 最後の方は蚊の鳴くような声になったけれど、私の意思表示に会長は固まり、そして爆発したように顔を赤くした。


「~~~っ!! よ、よし! 即決だ! 試着室へ行こう! 今すぐ行こう!」


「ちぇーっ。会長ばっかりズルいー」


 美羽が頬を膨らませるが、私は逃げるように試着室へと飛び込んだ。


 ◇


 試着室の中で玲奈会長が選んでくれた水着に着替える。


 鏡に映った自分の姿を見て、私は少し驚いた。

 普段の地味な私とは違う、少し大人びた雰囲気があったからだ。

 白が肌に馴染んで、パレオが体型をうまくカバーしてくれている。


「⋯⋯うん。これなら、恥ずかしくないかも」


 私は深呼吸をして、カーテンを開けた。


「⋯⋯お待たせしました。ど、どうですか?」


 シャラッ、とカーテンが開く。

 目の前で待機していた二人の視線が、私に集中した。


 一瞬の静寂。


「⋯⋯っ」


 会長が無言で口元を手で覆い、よろりと後ずさった。

 その耳まで真っ赤に染まっている。


「⋯⋯玲奈会長?」


「⋯⋯刺激が、強すぎる」


 指の隙間から私を見つめ、苦しそうに呻いた。


「想像以上だ⋯⋯。白い肌に白い水着⋯⋯清楚なのに破壊力が⋯⋯。こ、これは直視できない⋯⋯いや、したいが⋯⋯心臓が持たん⋯⋯」


「なによ! 会長、鼻血出そうになってるじゃん!」


 美羽が呆れたように言うが、彼女もまた私の体をじろじろと眺めていた。


「むぅ⋯⋯悔しいけど、似合ってる。陽菜、なんか急に大人っぽくなっちゃって⋯⋯寂しいなぁ」


「美羽⋯⋯」


「でも! 胸元! ちょっと開きすぎじゃない!? 会長、そこばっか見てるでしょ変態!」


「黙れ! これは芸術鑑賞だ!」


 会長はハッとして、慌てて私の前に立ち塞がった。

 そして自分の着ていたカーディガンを脱ぐと、バサッと私に被せた。


「隠せ! 隠すんだ陽菜!」


「えっ? ど、どうしたんですか?」


「ダメだ。こんな姿、私以外の人間⋯⋯いや、太陽にすら見せたくない」


 玲奈会長の瞳に暗い独占欲の炎が宿る。


「ビーチには他の人間もいるかもしれないだろう? 使用人とか、監視員とか⋯⋯。そんな奴らに、この『私の陽菜』の肌を晒すなど言語道断だ」


「ええ⋯⋯じゃあどうするんですか?」


「ラッシュガードを着ろ。いや、いっそウェットスーツにしよう。全身を覆う黒のゴムスーツだ。それなら安心だ」


「それじゃ水着の意味ないですよね!?」


 私は思わずツッコミを入れた。

 さっきまでの「天使のようだ」という感動はどこへ行ったのか。


「いっそ別荘のビーチごとドームで覆って、完全な密室にするか⋯⋯?」


「予算規模がおかしいですよ!?」


 ブツブツと不穏な計画を立て始める会長に美羽が「めんどくさい彼女だなー」と茶々を入れる。


 結局、私が「会長と一緒の時以外はパーカーを羽織る」という妥協案を提示して、ようやく落ち着きを取り戻した。


 ◇


 レジにて。


「お会計、一万五千円になります」


「カードで」


 玲奈会長が漆黒のブラックカードをスッと出す。

 あまりにスマートな支払いに、後ろで自分の水着(セール品)を買おうとしていた美羽が「ぐぬぬ⋯⋯」と唸り声を上げた。


「⋯⋯財力⋯⋯。愛だけじゃ勝てない壁がここにある⋯⋯」


 美羽が小銭入れをジャラジャラと探っている横で、会長は勝ち誇ったように微笑み、私の手を取った。


「さあ行こうか、陽菜。⋯⋯合宿が楽しみだな」


「は、はい!」


 美羽の怨嗟の声と会長の重すぎる愛。

 この夏合宿が、ただの海水浴で終わるはずがないことを予感しながら、私たちは夏の日差しの下へと歩き出した。

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