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第13話:アクセサリーの反乱(佐藤の離反)

 ホームルームが終わり教室には解放感に満ちた喧騒に包まれる。部活へ急ぐ者、友人と遊びの相談をする者、恋人同士で寄り添う者。


 そんな青春の光景の中で私は自分の席でスマートフォンの画面を凝視していた。


「おい、美羽ー。聞いてる?」


 頭上から降ってきた声に私は眉をひそめた。

 彼氏の佐藤くんだ。カバンを肩にかけ、退屈そうに私の机に寄りかかっている。


「⋯⋯なに?」


「なに? じゃねーよ。さっきから話しかけてんだろ。今日カラオケ行こうぜって」


「あー、ごめん。今ちょっと忙しいから」


 私は彼の方を見向きもせず指先で画面をスワイプした。

 佐藤くんがムッとした気配を感じるが、そんなことはどうでもいい。


 今、私には確認しなければならない「重要事項」があるのだ。


 画面に映し出されているのは生徒会公式インスタグラムのストーリー。最近、生徒会副会長が広報活動のために始めたアカウントだ。


 私が血眼になって見つめていたのは、数分前にアップされたばかりの新しい投稿だった。


『今日の生徒会室。新メンバーの小鳥遊さん、大活躍です! 会長も嬉しそう♪ #生徒会 #放課後 #ティータイム』


 そのキャプションと共にアップされた写真を見て、私は息を呑んだ。


 そこには生徒会室のアンティークなテーブルで、ティーポットを傾けている陽菜の姿があった。


 夕日が差し込む窓辺、湯気が立つ紅茶――そして陽菜の表情。

 少しはにかみながら、でも穏やかに柔らかく微笑んでいる。

 その視線の先には写真には写っていないけれど、間違いなく氷室玲奈がいるのだろう。


「⋯⋯なによこれ」


 ドス黒い感情が、胃の底から湧き上がってくる。


 ラインには『忙しいから返信できない』って言ってたじゃない。『生徒会の仕事で手一杯だから』って。


 それなのに、なにこれ。全然忙しそうじゃない。むしろ楽しそうじゃない。


 それに、この顔⋯⋯こんな風に心から安心しきったような、花が咲くような顔。


(なんで? なんであの会長にはそんな顔するの?)


(私には? 私には見せないくせに!)


 別の写真には会長と陽菜のツーショット写真がアップされていて、あろうことか陽菜の肩を会長が抱きながら、陽菜が会長の腰に手を回していた。


 コメント欄には『会長と小鳥遊さん、お似合い!』『絵になるふたり』なんていう、吐き気のするような賛辞が並んでいた。


「ふざけんな⋯⋯」


 ギリッ、とスマホを握る手に力が入る。


 陽菜は私のものだ。私の隣で、私のために尽くして、私だけを見ているのが正しい姿なんだ。


 それを、よりによってあんな冷血女に奪われるなんて。


「おい、いい加減にしろよ美羽」


 低い声が私の思考を遮った。

 顔を上げると佐藤くんが冷めた目で私を見下ろしていた。


「あ?」


「『あ?』じゃねーよ。俺が誘ってんのに、なんでずっとスマホいじってんだよ。何見てんだ?」


 佐藤くんが強引に私の手からスマホを覗き込もうとする。

 私は反射的に画面を隠した。


「うるさいなぁ! 今、大事なこと調べてるの! 陽菜がどこにいるか確認してんの!」


「⋯⋯は?」


 佐藤くんの表情が呆れから軽蔑に近いものへと変わった。


「また小鳥遊かよ。お前さ⋯⋯いい加減にしろよ?」


「何が?」


「昨日もデート中に『陽菜から連絡ない』ってキレて帰ったよな? その前も『陽菜が会長といるの見た』って騒いでたし。⋯⋯お前、小鳥遊のストーカーかよ?」


 ストーカー、その単語が私のプライドの導火線に火をつけた。


「は? 何言ってんの? 友達心配するのは当たり前でしょ」


「心配? 違げーよ。お前のは『執着』だろ」


 佐藤くんは吐き捨てるように言った。


「見ててキモいんだよ。彼氏の俺ほっといて、ずっと元親友? のインスタ監視してイライラして。⋯⋯正直、引くわ」


 キモい。

 引く。


 カッ、と頭に血が上った。学園のアイドル的存在である私が。誰からも「可愛い」とチヤホヤされてきた私が。


 キモいって言われた?


 しかも私のおかげで「カースト上位女子の彼氏」というステータスを得ている、この無神経な男に?


「⋯⋯キモいって何よ!」


 私は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。


 ガタガタッという大きな音が響き、残っていたクラスメイトたちが一斉にこちらを見る。


 でも、もう止まらなかった。


「あんたこそ、私が付き合ってあげてる分際で調子乗らないでよ!」


「はあ!?」


「私はね、忙しいの! 陽菜があの悪い虫に変なことされないように見張ってなきゃいけないの! あの子はバカだから私が守ってあげなきゃダメなのよ!」


 私はスマホを振りかざして叫んだ。

 周囲がざわつき始める。


「え、美羽ちゃん何言ってんの?」


「付き合ってあげてるって⋯⋯」


 佐藤くんの顔がみるみる赤黒くなっていくが、私は構わずにまくし立てた。


 私の正当性を、私の愛の深さを、この凡人たちに理解させてやらなきゃいけない。


「陽菜は私のモノなんだから! 私の所有物なの!」


「⋯⋯お前、マジで何様なんだよ」


「あんたなんかとは重要度が違うのよ! 陽菜は私の人生に必要なパーツだけど、あんたはただの⋯⋯ただの暇つぶしでしょうが!」


 ――シーン。


 教室の空気が、完全に凍りついた。

 あっ⋯⋯言ってしまった。


 自分の口から飛び出した言葉が、教室の壁に反響して戻ってくる。


 『ただの暇つぶし』――それは私の本音だったけれど、決して口にしてはいけない言葉だった。


 佐藤くんは怒るでもなく悲しむでもなく。

 ただ心の底から冷めきった瞳で私を見ていた。

 それは汚いものを見る目だった。


「⋯⋯うわ、ついに本音が出たな」


「え、あ、いや、今のは⋯⋯言葉の綾っていうか⋯⋯」


「もういいわ。わかった」


 佐藤くんは短く息を吐くと、カバンを持ち直した。


「別れようぜ」


「え⋯⋯?」


「俺、性格ブスな女とか無理だし。顔だけ良くても中身がそれじゃあな」


 性格ブス――その言葉は、どんな罵倒よりも鋭く私の胸を抉った。

 私が一番言われたくない、認めたくない言葉。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私が誰だかわかってんの!? 私と別れたら、あんたなんてただのモブに戻るのよ!?」


「ああ、それでいいよ。お前の彼氏っていう『罰ゲーム』よりマシだわ」


 佐藤くんはそう言い捨てると私に背を向けた。

 そして教室の出口へと歩いていくと一度も振り返らなかった。


「⋯⋯っ」


 取り残された私が教室内を見渡すと目が合ったクラスメイトたちが、サッと視線を逸らす。


 そして、すぐにヒソヒソと話し始める。


「うわ、美羽のやつフラれた⋯⋯」


「今の聞いた? 『陽菜は私の所有物』って。ヤバくない?」


「今まで陽菜ちゃんが尽くしてくれてたの、当たり前だと思ってたんだね」


「性格ブスって言われてたけど、正直わかるわー」


 嘲笑。憐れみ。軽蔑。


 今まで私に向けられていた「憧れ」の視線は、もうどこにもなかった。

 私のメッキが剥がれ落ち、醜い中身が露呈してしまったのだ。


「⋯⋯なによ」


 私は震える手でスマホを握りしめた。

 顔が熱い。恥ずかしい。悔しい。


 これも全部、陽菜のせいだ。陽菜が私の言うことを聞かずに会長なんかに媚びを売るから。


 私がイライラして、こんな失言をしてしまったんだ。


「なによ⋯⋯! どうせ佐藤くんなんて、陽菜を嫉妬させるための道具だったんだから!」


 私は誰にともなく叫んだ。

 強がりだった。

 誰も聞いていないし、誰も信じていない虚勢。


「いらないわよ、あんな男! 私には陽菜がいればいいんだから!」


 私はカバンをひったくり、逃げるように教室を飛び出した。

 背中で聞こえるクラスメイトたちの笑い声が、耳鳴りのようにこびりついて離れない。


 廊下を早歩きで進みながら涙が滲んでくる。

 彼氏を失った悲しみではない。


 「彼氏持ちのリア充で、みんなに愛される可愛い美羽ちゃん」というブランドが崩壊したことへの絶望。


 そして、その原因となった陽菜への憎しみが黒い炎となって燃え上がっていく。


「許さない⋯⋯陽菜、絶対に許さない⋯⋯」


「あんたは私のモノよ。早く私の道具に戻りなさいよ⋯⋯!」


 誰もいない階段の踊り場で私はスマホの画面――幸せそうに笑う陽菜の写真を親指で強く、強く押し潰した。


 画面の中の陽菜は、それでも残酷なほど綺麗に微笑んだままだった。

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