ブチブチ
「おっ、出てきたな」
スフィアンの側近の一人が、貴賓室に備え付けられたパネルを使い、眼前のガラスがモニターに変わり、そこにフェイルーラが映し出される。
モニターにはその上部両端に対戦者の名前と魔力量を表すマジックバー。そして上部中央には600と言う数字が映し出されている。この600が対戦時間だ。つまり決闘者に与えられた対戦時間は600秒、10分である。もし10分以内に決着が付かなかった場合、どれ程怪我の度合いに差があろうとも、あと一撃で決着が付く瞬間であろうとも、その対戦は引き分けとなる。
モニターに映し出されたフェイルーラは、スフィアンと対面した時同様、ジャージにカンフージュースである。動き易くはあるが、防御力を考えると、とても貧弱と言わざるを得ない。
「あれで、闘えるのか?」
スフィアンはフェイルーラの対戦相手の格好を観る。剣は一般流通物、そして革のジャケットにズボンだ。これも一般流通物で、こちらも貧弱に見えるが、恐らくあれが魔物から剥ぎ取られた皮を鞣して作られたものだと、スフィアンでも分かる。
理由は革に魔力が流れているからだ。魔属精霊により魔物化された動植物は、元々の生態よりも魔力がより通り易く、より多く流れ易くなり、それだけで防御力が上がる。
対してフェイルーラのジャージは、本当にただのジャージだ。魔力を通す事は可能だが、魔物の革と比べるのも馬鹿らしい程、防御力は上がりはしない。
スフィアンは更に両者の魔力量を比較する。フェイルーラの1.5倍と言ったところか。騎士貴族であるなら並と言える魔力量だ。
「確か、フェイルーラは十二倍あるニドゥーク皇国の侍に勝ったとか聞いたが、本当か? 勝てるのか?」
1.5倍と言うのは、普通に剣や槍などの武器で対戦するとなると、これが結構な差となり、魔力量が少ない者が勝つには、相応の戦闘技術が求められる差である。
「あれくらいならすぐに終わりますから、目を離さず……、いえ、もう少しフェイルーラの位階が上がるまで、適当にザッピングでもしていた方が宜しいかと……」
スフィアンは、先程からジェンタールに落ち着きがない事に、疑問を抱いていた。ジェンタールは実直な性格で、いつも何があっても動じず、魔属精霊の討伐などではスフィアンの盾役となって、とても頼りがいがあると言うのがスフィアンの評価だ。
それが弟、特にフェイルーラの事となると、口籠る事が少なくない。まるでフェイルーラの事を語る事は、ヴァストドラゴン家の恥、いや、禁忌に触れるかのように。
「呼んだのは私だ。ならばこの目で確かめる義務があるだろう」
これに眉尻を下げるジェンタール。
「先程も申しましたが、陰惨な光景を目にする事になりますよ?」
「闘いとは、時に陰惨となるものだろう。これに興奮を抱く者が、この場に集まっているのだ」
スフィアンの言葉に、ジェンタールは嘆息を漏らす。
「殿下は、本当の陰惨と言うものをまだ見た事がないのです」
「何を馬鹿な。私だって、魔属精霊や魔物との戦闘で、部下が私を守る為に殺される場面や、力なき民草が蹂躙される様を見てきている。驚きなどせん」
これ以上言葉を交わしても、スフィアンの意思を変える事は無理だと判断したジェンタールは、頭を垂れて一歩引き下がる。願わくば、フェイルーラが真っ当に闘ってくれる事を望みながら。
ジェンタールが引いた事で、自然とスフィアンの視線はモニターへと戻る。するとフェイルーラの対戦相手はフェイルーラを見て嘲笑していた。それもそうだろう。とスフィアンでも理解出来る。これはフェイルーラの魔力量が少ないからではなく、ジャージを着ているからだ。
ここは闘技場だ。確かにジャージは動き易いが、闘技場に相応しい格好であるかと言えば、答えはノーだ。闘技場の決闘者たちは皆、一戦一戦に文字通り命懸け(仮)で臨んでいるのだ。フェイルーラのジャージ姿はそんな相手への侮辱と捉えられても不思議ではない。いや、侮辱と捉えられるのが常識なのだ。
『もう、闘い始めて良い?』
そんな嘲笑などまるで気にする様子もなく、フェイルーラは対戦相手に戦闘の有無を尋ねる。それはスフィアンには、夕餐のメニューを聞きに来た使用人に、あれが良い。と応える自身と被る、何とも気の抜けた様子であった。
『は、いつでも来いよ!』
対戦相手がそう発すると同時に、対戦相手が身に纏う革服に更に魔力が通り、硬度を上げる。
「は?」
それは自分の声だったのか、それともフェイルーラの対戦相手の声だったのか。信じられないものを突き付けられた。それがスフィアンの受けた衝撃だった。
『な、え……?』
自身に起きた事に驚く対戦相手。まるで街をブラつくようにこちらへ歩いてきたかと思ったら、魔力を通し硬くなった革のジャケットを、柔らかい草でも切り裂くかのように、更には身体強化した自身の胸を、肋骨の隙間を縫うように、フェイルーラのその右手刀が貫き、己の心臓を握り締めているのが分かったからだ。
ぐしゃり。心臓が握られれば、あとはそれが潰されるのは必定。心臓を握り潰された事で、対戦相手の全身から力が抜けていき、まるで糸の切れた操り人形の如く、カクンと崩折れ、フェイルーラが手を引き抜くと、ブチブチと言う音とともに、握り潰された心臓が、対戦相手の身体からもぎ取られ、対戦相手は何もする事叶わず、仰向けに倒れていきながら、既に息絶えたその身体は、倒れ伏す前にバトルフィールドから消滅するのだった。
「はあ……」
これに嘆息するジェンタール。これだから観たくなかったのだ。とジェンタールは眉間を揉みながら首を左右に振る。
(この調子だと、他の試合も同様に陰惨になるだろうなあ)
ジェンタールは、自身の前で豪奢な椅子に座りながら、一言も発する事が出来なくなったスフィアンを憐れむのだった。




