珍客現る
城壁からバスに戻り、街の散策をしつつシネマ館へ。シネマはここ数年で流行しだした活動写真の事で、シネマ館はそれを鑑賞する為に建てられた、または改築された施設だ。現代では劇場と人気を二分しているが、シネマの勢いは凄い。
理由は簡単だ。演劇を観せる劇場では、役者を揃えなければならないし、有名な劇団ともなると各地で引っ張りだこで、数年先までスケジュールが埋まっていて、次にいつ観られるか分からない。二番手三番手の劇団や地元の劇団で満足しなければならないが、それも……となるのは人情。
逆にシネマは建物だけ造れば、量産された映写機で、いつでも極上のシネマを鑑賞出来る。興行主からしたら、高いお金を払って人気の劇団を呼ぶよりも万倍稼げるのだ。アダマンティアでは、小さな村でも一日歩いて町まで行けば、シネマが観れるのは強い。有名な役者たちが、演劇役者からシネマ役者へ転向しているのも、この現象に拍車をかけていた。
王都のシネマ館なら、最新のシネマが観られるので面白かった。元々はド派手な戦闘ものを観る予定だったが、インシグニア嬢たちが加わったので、ロマンスものへと変更となった。
シネマの内容は、勇敢な王子が、悪さをしていると噂の魔属精霊の調査の為に森に入ると、泉の精霊と出逢い恋仲となる話で、魔属精霊に体を乗っ取られて魔物となった動物や植物たちとの戦闘場面もあり、最後は泉の精霊が王子の剣に自身の魔力の全てを注ぎ、王子がその剣で魔属精霊を倒したのだが、全ての魔力を注いだ泉の精霊は、儚くも物言わぬ精霊石となってしまう、そんな悲恋のお話だった。俺的には役者たちの中々な戦闘場面に興奮したが、隣りのインシグニア嬢は、最後の別れの場面にハンカチで涙を拭いていた。
その後、少し遅めの昼食をレストランで食べ、観光は続いた。市民の憩いの場である公園でまったりしたり、バスの窓越しにウインドウショッピングをしたりと、あちこち回ったのだが、
「大丈夫ですか?」
現在はチョコレートの専門店の二階のカフェテリアで休憩中である。平日の午後と微妙な時間と言う事で、貸し切りにして貰ったが、同席のインシグニア嬢は少し顔色が優れない。
「済みません、余り街中を移動する事がなかったもので、こんなに右に行ったり左に行ったりして、ちょっと目が回ってしまって」
「ああ、王都は元々城塞都市でしたからね」
敵軍に攻められた時の事を考えて、真っ直ぐな道が少なく、道幅も狭いところが多い。地図がなければ大人でも迷子になるとは、王都に行った事のある地方出身者たちの体験談として有名だ。
「それもありますし、この王都自体が巨大な魔法陣となっていますから」
インシグニア嬢が口にした通り、王都アダマンタイタンは、それ自体が巨大な魔法陣を成している。正確には魔法円かな? 真っ直ぐな道が少ない理由の一端もそれだ。城塞都市の結界を発動させる為に、城壁で円を描き、その内側には魔法陣が描かれるように道が敷かれている。まあ、今は殆ど常春の魔法の為に機動しているんだけど。
『お待たせしました』
店の給仕が何人か現れ、チョコ菓子やお茶をそれぞれのテーブルに並べていく。
「食べられます?」
「はい。ここのチョコ菓子大好きなので」
ちょっと前までぐったりしていたのに、もう元気になっている。余程好きなのだろう。この店は王室御用達なので、王城で食す機会も少なくなかった事が知れる。
✕✕✕✕✕
「あの、この後、少しお時間を頂けませんか?」
「?」
インシグニア嬢から、そんな提案が出された。出会って二日目にして、「珍しい」と思ってしまった。いや、構わないのだけど。この後の予定は王都南西の闘技場で試合の観戦。その後はインシグニア嬢をグリフォンデン領の分館に送って、ヴァストドラゴン領の分館に戻って解散の手筈だったので、闘技場での観戦の前に何か予定を挟んでも問題ない。
「行きたいところがあったのですか? そんな遠慮なさらずに言ってくだされば、優先しましたよ?」
「あ、いえ、今日でなければいけなかった訳ではないのですが、皆様と一緒なら心強いかと」
うん? 俺たちとじゃないと行けない場所? 危ない場所なのだろうか? でもインシグニア嬢が危ない場所に行きたがるとは思えない。
「どこへ行きたいのか、先にお聞きしても?」
「はい。楽器店です」
…………?
「え? 楽器店?」
「はい」
「我々がいると心強いと言うのは?」
「普段であれば、楽器店の方に来て頂くので、楽器店自体に行くのは初めてなもので」
成程。初めてのお店って緊張するよね。うん。人数いると安心するのは分かる。
「分かりました。店の名前は……」
などとインシグニア嬢と会話している間に、アーネスシスがインシグニア嬢の侍女から聞き出したらしく、席を立ってバスの運転手にそれを伝えに行った。
「まあ、もう少しのんびりしてから向かいますか」
「はい」
楽器店も闘技場も逃げないからね。と甘いチョコ菓子に合わせて、無糖のお茶を飲みながら、皆でまったりしていると、下が何やら騒がしい。何だろう? と思っているうちに、その騒がしさが段々上へ、ここへと近付いてくる。
「お客様、困ります。二階は現在貸し切りとなっておりまして……」
店長さんの声だ。迷惑客でも紛れ込んだらしい。
「俺様を差し置いて、貸し切りなどと無礼な輩の事など知るか!」
随分と強気な客のようだ。店長の制止を振り切って、ズカズカと数名の足音が近付いてくる。それに合わせて、俺の派閥の面々とインシグニア嬢の侍女二人が席を立ち上がり、俺たちを護衛するような位置に移動する。
「お前らか! 俺様の気分をぶち壊したのは!」
ぶち壊したのはそっちでは? と思ったが、現れたのが奇妙な姿をした五人の一団で、口を挟むのを躊躇われた。異国の服を着ており、腰に剣を差している。いや、あれは刀か? となるとあの異国の服は着物と袴であろう。最前の少年は若葉色の着物に、鼠色の袴を履いている。髪色はまるで深海のような暗青色で長いその髪を頭の後ろで縛っており、右の瞳の色は漆黒。だがそれよりも目立つのは、左目が波模様の眼帯で隠されている事だ。
俺と然程年齢は変わらないだろう少年は、ぐるりと俺たちを見回すと、ビシッとインシグニア嬢を指差した。
「女! お前か! こんな事を仕出かしたのは!」
指を差されたうえに大声で怒鳴り付けられ、びっくりして俺の服の袖を掴むインシグニア嬢。
「いや、ここを貸し切りに、と店長に頼んだのは私だ」
俺が発言すると、その鋭い視線が俺を射貫く。が、その顔がすぐに胡乱なものを見るように歪んだ。
「お前が?」
そんな独り言を口にした後、周囲を窺う少年。ピンと張り詰めた空気はそのまま。少年は店長を振り切ってここに来たのだ。何をするか分からない。ならば、
「済みませんでした。不快な思いをなされたのでしたら、こちらで一緒にお茶にしませんか?」
俺の先制パンチに、眼帯の少年は驚いて固まり、俺の派閥の面々や、インシグニア嬢の侍女たちが一斉に俺を振り返る。
「………お、おおおお? い、良いのか?」
眼帯の少年も、勢いでここまで来て、まさか同席を求められるとは思わなかったらしく、どうしたものか困惑している。俺の先制パンチは効果バツグンだったようだ。
「はい。そもそもと言いますか、たまたまと言いますか、丁度店の二階が空いていたので、少しの時間貸し切りを願い出ただけですから、別に独占したい訳でもないので。あ、私たちと同席が嫌なら、お好きな席へどうぞ」
理解の外の出来事なのだろう。敵も味方も固まっている。だが、あの波模様の眼帯の少年を敵に回したくない。
「お前…………、馬鹿か?」
「馬鹿はお前だあっ!!」
眼帯の少年が俺に対して、思ったままを口にしたら、少年の後ろから現れた少女に、厚紙を折り畳んだらしいものでパシンと叩かれた。第三勢力が現れた。




