対策済み
「おおおお! 壮観!」
インシグニア嬢と一緒なので、ヴァストドラゴン家に連なる商人たちのところへ、軽く挨拶回りを済ませてから、王都をぐるりと一周する城壁へやって来た。高くそして幅がある城壁は、高場なので風は強いが、それも観光だと一興だ。
王都アダマンタイタンは広く、見所はいくつもあり、一日では回りきれない。その中でも、初めて王都に来た人間が行く名所は大体決まっている。ここ、城壁もそうだ。城壁の外へ視線を向ければ、城壁内よりも低い家々や田園風景が広がり、その先、遠く北には丘陵地帯があり、西に向かう程峻険な山々へと変化していっている。ヴァストドラゴン領は平地が多いので圧巻だ。そして反対側の街の方に目を向ければ、六つの名所が目に飛び込んでくる。
「う〜ん、大国の王城としてはやっぱり堅固な印象ですね」
「元は戦争の為に造られた都市ですから」
俺の横まで来たインシグニア嬢が、強風に髪を押さえ、これまで住んでいた王城へ顔を向ける。
アダマンティア王国は、かつてギガントシブリングス家のあった国と、ヴァストドラゴン家が治めていた国と戦争をしていた。その前線基地はもっと先にあるが、このアダマンタイタンはその中継基地的な役割を担っていた。かつての王都はここより南西にあり、そこも今では王領の名所である。そんな歴史があるので、王城は見た目よりも実用性を重視した造りをしている。
そしてそれと対比するように、大聖堂は荘厳で煌びやかだ。かつてはこちらもそれ程華美な見た目ではなかったようだが、戦後に一度火事で消失して建て直したので、平和の象徴として美しい大聖堂が造られた背景がある。
「あの大聖堂で、『契約召喚の儀』をするんですよね」
「はい。唯一神、デウサリウス様の御前で行われる神聖な行事ですので、当日は王族や各領主貴族の方々も観覧する為に出席します」
「はあ、そうですか」
この国で守護精霊と契約出来るのは、基本的には王立魔法学校に入学出来た者だけだ。その為に『契約召喚の儀』の意味は大きい。他の魔法学校出身者と比べれば、守護精霊の分、強くなるのだから。どこそこの誰彼が、どんな守護精霊を召喚し契約するのかは、王族や領主貴族としては気になるところだろう。
父上も出席するだろうけれど、フィアーナも出席するのだろうか? しそうだなあ。第二王子の第二婚約者だし。うう、俺の魔力量で、召喚に応えてくれる守護精霊はいるのだろうか? 心配し過ぎかな? 一応、騎士貴族の下くらいは魔力量あるし。これで『契約召喚の儀』に失敗したら、末代までの笑い者だ。父上の逆鱗に触れて、物理的に首が飛びそうで怖い。
さて、そんな怖い気持ちは切り替えて、このアダマンタイタンには、北の王城と南の大聖堂の他に、四つの名所がある。それは巨大な尖塔だ。北東、北西、南東、南西にある四つの尖塔は、ここ城壁と同じく、精霊石をふんだんに使って建造されており、これによって、戦時には王都に結界を張っていたそうだ。今も軽い結界と常春の魔法の為に機動している。
この四つの尖塔、どれほど大きいかと言えば、王城や大聖堂よりも大きい。高いと言った方が正確か。尖塔なので、元々は見張り台の意味合いや、上空からの攻撃に備えて建てられたのだが、現在は別の目的で用いられている。
北東の尖塔は軍の基地になっているし、北西の尖塔は行政府に、南西の尖塔は闘技場となっている。そして南東の尖塔が、俺たちが通う事となる王立魔法学校だ。全国から五百人を優に超える学生が集まり共同生活が出来るのだから、この尖塔がどれだけ大きいかは推して知るべし。
「あの……」
「はい?」
インシグニア嬢が声を掛けてきたので、そちらへ振り向く。う。城壁の強風でインシグニア嬢の髪がバサバサだ。下で待たせて、俺たちお登り組だけでくれば良かったか? いや、そうなると護衛に何人か控えさせなければならなくなるし……。
「あの……」
「ああ、済みません。このような場所に誘ってしまって」
「いえ、それは構いません。私も、一度城壁に上ってみたかったので」
来た事なかったのか。まあ、広いと言っても危ないもんな。
「それでは、何か気になる事が?」
「はい。…………失礼ですが、王立魔法学校の受験は明後日です。このようにのんびりしていて大丈夫なのですか?」
インシグニア嬢が俺の派閥を振り返る。気にしていたのは、俺ではなく俺の派閥の事だったらしい。皆それぞれ、城壁の外の風景や、街を眺めて興奮気味で気付いていない。まあ、領主貴族や一部の例外以外は受験しないと学校通えないから、こんな所で遊んでいて良いのかは気になるか。
「諸君、受験対策は?」
『問題ありません!』
そこかしこから大きな声が返ってくる。相変わらず元気だ。
「問題ないそうです」
「……はあ」
何とも不安そうな声音だ。本当に大丈夫なのか疑われていそう。う〜ん、でも皆魔力量的には十分だし、実技にしたって俺より強いのは間違いないし、列車内で皆の勉強の成果を見たけど、ペーパーテストも合格点は取れると思うんだよなあ。
「宜しいでしょうか?」
俺が首を傾げていると、後ろに控えていたグーシーが一歩前に出た。何か言いたそうだ。ちらりとインシグニア嬢に視線を向け、グーシーが発言して良いか確認すると、首肯を返してくれたので、俺はグーシーに向かって頷いた。
「エスペーシ様の派閥では、魔力量は十分、実技も問題なし、でもペーパーテストで落ちる者が毎年何人かおります。インシグニア様はそれを危惧されておられるのかと?」
「え? あいつの派閥、落伍者出しているの!?」
知らんかった! 恥ず! それであいつら今日勉強会なのか。
「エスペーシ様の派閥だけではなく、ジェンタール様やアドラ様、フィアーナ様、いえ、他の領の者たちも、一般の受験生たちも、今は最後の追い込みの時期ですから、のんびり観光なんてしているのは、フェイルーラ様の傘下である我々ぐらいかと」
「そうなんだ」
「はい」
そりゃあ、大丈夫か? って疑問に思うわ。
「インシグニア様」
グーシーがインシグニア嬢に直接話し掛けると、俺の後ろに回るインシグニア嬢。あんまり人と関わるのは得意じゃないのかな? 歌っていた時は玲瓏で堂々としていたけど。
「我々フェイルーラ様傘下の者たちが、この時期でも自信を持って受験に臨めるのは、フェイルーラ様が、我々の為に対策してくださっているからなのです」
「対策? ですか?」
俺の後ろからグーシーの方へ顔を覗かせるインシグニア嬢。何だか小動物のようで可愛らしい。彼女の侍女二人もそうなのか、温かい目で見守っている。
「はい。フェイルーラ様は、十年前よりご自身の味方となる傘下を作る為に奔走しており、この王立魔法学校の受験も、その一環でして、十年前から、傘下の受験生たちから、ペーパーテストの問題を取り寄せており、その傾向と対策に即した受験問題集を傘下の騎士貴族家へ配り、合格率を上げ続けるように、対策を講じてきました。その甲斐あり、ここ五年はフェイルーラ様の傘下の者で、ペーパーテストで脱落した者は出ておりません」
これにインシグニア嬢だけでなく、侍女二人も何故か絶句している。
「じ、十年前、から、ですか?」
「はい」
尋ね返すインシグニア嬢に、はっきり答えるグーシー。
「……でも、その当時はまだ五歳……」
前髪で隠れているが、訝しむように俺の顔を覗いてくるインシグニア嬢。
「五歳にもなれば、自分が置かれている立場がどれ程危ういか、分かりますから。弱者としては味方は多く、信頼出来る者は多くと、まあ、足掻いてきた結果です。問題集を作っているのは俺じゃなく、俺の家庭教師や我が家の執事長、魔法学校の卒業生たちなどですけどね」
「はあ……」
どこか信じられないって反応だな。
「何なら、今年の対策問題集、何冊か差し上げますよ?」
「……あ、ありがとうございます?」
ううむ。まだ信頼関係構築の段階だなあ。




