マッチポンプ
どうしてこうなった?
何故か第一大講堂で俺の両隣りをセガン陛下とナーサリウス学長に挟まれた。並びとしては、左かはらインシグニア嬢、セガン陛下、俺、ナーサリウス学長、ジュウベエ君、フィルフィン君となっている。ギガントシブリングス家の面々はまだしつこく俺たちの周りを囲っていた。
勘弁してくれ。リガス卿などが壁になってくれているからさっきよりはマシかもだけど、面倒に面倒が重なって襲い掛かってくる程、俺は悪い事をしてきた記憶がないのだが。そう言う星の巡りなのだろうか?
「どうぞ」
「いや、済まないね」
「頂こう」
ただ両隣りに座らせるだけと言うのも気が引けるので、水筒からお茶を出して二人に差し出す。
「お茶請けはミックスナッツで良いですか?」
「ボールスクッキーでないなら構わないよ」
それは学長ギャグですか? 俺とインシグニア嬢、セガン陛下が微妙な顔になるのでやめて欲しい。
「あの、セガン陛下、どうしてグロブス殿下の方でなく、こちらにいらっしゃるのでしょう?」
それとなく尋ねると、眉尻を下げながら、溜息を吐くセガン陛下。
「グロブスはこの頃、僕が話し掛けても無視したり、怒鳴ったりするんだよ。あれは反抗期だね」
「成程」
いや、仮にも王族が反抗期を周囲に晒すなよ!
「サロードのところは反抗期ないの?」
単純な興味なのだろう。それか何か反抗期の対応策が出てこないかと、セガン陛下が尋ねてきた。
「男共はないですね。と言うより、反抗したら力でねじ伏せられますから。姉上は未だに反抗期真っ最中で、その勢いのまま、婚約者を連れてきました」
「ええ!? それは困っちゃうね」
「まあ、貴族、それも国を支える四大貴族なので、婚約や結婚も本来なら親が決めるものなのですが、父上も親の許可なく母上と結婚した身なので、これに関しては怒るに怒れず」
「ああ」
父上母上と王立魔法学校に通っていた時期が被るセガン陛下は、察するところがあったらしく、少し遠い目をする。
「それと、何かあそこ、空気悪くないかい?」
セガン陛下が耳打ちしてくる。それには俺も了承する。ここまで話題にしなかったが、グリフォンデン寮派閥は、フレミア嬢もエスペーシも沈黙している。それが気不味さを醸し出していて、それには触れたくなかった。
「まあ、私が無理矢理ねじ込んだせいなので、そこには目を瞑って頂けるとありがたいです」
「いや、まあ、こちらとしても、王領での事案だったから、補填として、インシグニア嬢を第一婚約者にしたいと申し出たんだけどねえ。フラれちゃってね」
インシグニア嬢の兄上であるイグニウス卿の件か。確かに、王領で死亡したのだし、気の回るセガン陛下なら、インシグニア嬢に相応の立場を与えようと考えるよなあ。まあ、本人はお断りして、フレミア嬢にその地位を渡したようだけど。
関係性や心情的に、セガン陛下やガイシア陛下、そしてインシグニア嬢の間で、どのようなやり取りがあったかは分からない。けど王族としては『歌姫』は引き入れたかっただろうなあ。
「でも、フェイルーラ君とは仲良さそうだから、そこは安心したかな」
「はあ、ご配慮ありがとうございます」
周囲からは、仲良さそうに見えるのだろうか? まだ出会って四日なので、男女の機微は俺には分からん。
「サロードとセイキュアは息災かい?」
話の切れ目に学長が話し掛けてきた。この人何でここにいるの?
「元気過ぎるくらいですよ。母上は周遊旅団として年の半分は領内を回っていますし、父上は様々な事業に手を出したり、やりたい放題です。私は魔力量もこれなので、本当なら学校にはエスペーシにだけ通って貰って、領で文官として下支えの方に回りたかったです」
これに目を見張る学長。
「はは。これでも国内最高峰の学校を自認しているんだが、それに通うのを拒否か」
「自分には過分な学校ですから」
「派閥の面々を全員合格させておいて?」
「逃れられない運命でしたので。まあ、流石にグリフォンデン領関連は予想外でしたけれど」
これには学長もインシグニア嬢含めて同情の視線をくれる。俺も、たった四日で、良くもまあこんな滅茶苦茶な事になったと思う。半分くらい自分のせいだから、泣くに泣けないのが余計に辛い。
「しかし、あのサロードが事業に従事しているのか?」
学長の言葉に俺は思わず遠い目になる。
「私が文官見習いとして領の事務仕事を始めた頃は、領内に強大な魔属精霊が出たり、賊が出たりしたら、すっ飛んで行って、それを蹂躙していましたけど、今は現地に行っても、討伐は部下に任せて、本人は部下たちの労いの為に料理していますね」
『料理!?』
これには学長だけでなく、セガン陛下も驚きの声を上げる。父上が料理している姿が想像出来ないのだろう。いや、それよりも戦っていない父上が想像出来ないのかも知れない。
「何故、サロードは料理を? 彼なら真っ先に敵対勢力の制圧に動くだろう?」
やはり父上が戦っていない姿が想像出来なかったようだ。
「何故も何も、父上に暴れられたら、被害が倍になるからですよ。あの人手加減出来ないから、農地が台無しになるんです」
『ああ』
セガン陛下と学長が揃って頷く。これなら想像出来たらしい。
「それなのに、うちの事務部の文官たちは、その土地の収穫高が減った理由も追及しないで、それまでと変わらない納税を町や村に課していたので、それを止めさせる為に、父上には便宜上は領主として魔属精霊や賊の対策に当たると言う名目で現地に向かって貰い、実際には現地で戦う部下たちの為に料理をするようにして貰ったんです」
「成程ねえ」
セガン陛下が深く頷く。
「自分で土地を荒らしておいて、税収は変わらないとか、何のマッチポンプだよ。って話です」
「それでもサロードが料理か。変われば変わるものだな」
父上の学生時代を知る学長からしたら、そっちはやはり想像出来ないらしい。
「これでもヴァストドラゴン領はアダマンティア王国の食糧庫と謳われる土地ですから、余程下手な料理をしなければ、誰が作っても料理は美味しくなるんです」
『ああ』
二人して納得らしい。
「それで、部下たちが「美味い美味い」と食べるのが嬉しかったらしく、父上も徐々に料理にハマるようになりまして、今は、野菜や果物の長期保存の研究、携帯食、非常食、軍事糧食の味の向上、ソースや調味料の味向上やラインナップを豊富にする事にハマっています」
『あのサロードが!?』
二人からしたら驚きだろう。俺も文官見習いになる前の父上を思い浮かべれば同様に驚くと思う。
「しかし、そう言った事業は一朝一夕でどうにかなるものじゃないだろう? あの短気だったサロードが、良く我慢出来るな」
学長は信じられないって顔をしている。まあ、短気は直っていないからね。でなければ、俺はグリフォンデン領の領婿候補になっていない。
「そこは、余った時間を、母上に対抗する為の魔法研究をして貰う形で、こちらに被害が出ないように差配しました」
『ああ』
これも二人納得らしい。
「何か、話を聞くに、フェイルーラの父親よりも、母親の方が強そうだな?」
ジュウベエ君が話に加わってきた。
「実際その通りだからね。だから父上は未だに魔法の研究を続けられているし、母上も父上に敗かされない為に努力しているよ」
「それは夫婦関係としてどうなんだ?」
「不倫や賄賂とかよりは健全だと思うよ?」
「…………確かに」
何だかんだ、父上は母上一筋だし、父上に阿る為に口八丁やら賄賂を使ってくる輩を嫌うから、案外ヴァストドラゴン領は健全なのだ。事務仕事がガバガバだっただけで。
「しかし、あのサロードが料理……」
まだ信じられないのか、セガン陛下が独り言のように呟く。
「料理はありませんけど、父上監修のソース類は今ありますよ?」
これにはセガン陛下と学長だけでなく、ジュウベエ君に、インシグニア嬢まで目を光らせるのであった。




