裏の顔
おおおお、起きるのが辛い。
昨日は怒涛だったからなあ。はあ、ベッドの中でぬくぬくしていたいけど、今日は一日王都観光だ。それを楽しみにしているだろう派閥の面々の事を思うと、起きずにはいられまい。
意を決してベッドから起き上がると、枕元に置かれていたカード型の魔道具をパシンと叩く。一瞬、白い光に包まれて、それだけで俺の身体全体が浄化された。顔を洗うとか歯を磨くとか、人によっては風呂に入るとかシャワーを浴びるとかするが、このカード型魔道具でそれらが事足りるのだからありがたい。俺みたいな魔力量の少ない者でも使えるのもありがたい。
その後、グーシーたちが用意してくれていたのだろう今日の服に着替える。無地のTシャツにジャケット、スラックス、シューズと、まあ、王都を歩くにしても変ではないだろう。キョロキョロしてお登りさん感は出てしまうだろうけれど。
「おはよう〜」
「おはようございます」
部屋を出ると、ドアの側でアーネスシスともう一人、俺の派閥の少年が立っていた。気を使わせているのは申し訳ないが、領主貴族家の子息が、王都分館で殺されていた。なんてゴシップが出回っては外聞が悪過ぎる。
「一ヶ月、魔法学校入学までだから、我慢してくれな」
「我慢なんてしていません。フェイルーラ様に仕えるのは、俺たちの誉れですから」
これに同意するように、もう一人も頷く。優しいねえ。まあ、自室前でずっと立ち話しているのも何だから、二人を連れて食堂へ。
✕✕✕✕✕
「おはよう〜」
『おはようございます!』
俺が挨拶すると、派閥の面々がその場で直立して元気に挨拶してくれる。
「俺らが最後?」
「はい。ジェンタール様は早朝から王宮へ、エスペーシ様は先程食事を終えられ、部屋へお戻りになられました」
グーシーが状況を説明してくれた。ジェンタール兄上は王宮でスフィアン王太子の護衛任務だろう。エスペーシは……、
「部屋に戻ったのは、昨日の事を引き摺って、部屋に籠もるとか、そんな話じゃないよな?」
「はい。ジェンタール様から、もう一度グリフォンデン家へ向かえ。と指示されましたから」
フレミア嬢に会う為の着替えでも選んでいるのかな。まあ、良いや。
「もしかして、まだ皆食べてない?」
『はい!』
うん、元気な返事だけど、待っていなくて良かったのに。
「そうか。んじゃあ、朝食を頂こうか」
俺が席に座ってから、全員が着席する。常に俺を立ててくれるのはありがたいが、実家の城宮ではもっと雑な扱いだったから、何とも申し訳ない気がしてしまう。
白パンにベーコンエッグ、ウインナーにサラダに野菜スープが俺の前に配膳され、楚々と食事が始まる。
「フェイルーラ様」
「ん?」
白パンを千切って口に運んでいると、正面のグーシーが話し掛けてきた。
「昨日の今日ですし、王都観光はまたにされたらどうでしょうか?」
ああ、俺が疲れているのに、観光に引っ張り回すのは……。とか考えているのかな? 他の面々の顔を見ても、俺の心配をしている。
「部屋にいてもやる事ないし、それに観光と言っても、挨拶回りの側面もある。後日に回すのは、先方へも失礼になるだろう?」
「ですが……」
「そんなに気にするなよ。外の空気を吸えば、それはそれでリフレッシュになるだろうしな」
「……分かりました。過ぎた事を口にし、申し訳ありません」
しゅんとなるグーシー。俺なんかに気を使い過ぎだよ。確かに、まだ精神的な疲れは抜けていないが、それも観光していれば晴れるだろう。などと考えながら食事を再開していると、
『行ってらっしゃいませ!』
とエントランスの方から声が聞こえてきた。どうやら今からエスペーシがグリフォンデン家へ向かうらしい。
「!」
少しして、エスペーシを見送った派閥の一人が食堂にやって来て視線が合う。勉強の為に茶でも用意しようとしているのだろう。エスペーシ派閥は今日は勉強会らしいし。
俺たちの姿を見付けて蔑むように目を細める。俺もとことんエスペーシ派閥から嫌われているなあ。魔法学校では寮も変わって実際に敵に回る訳だし、エスペーシとフレミア嬢の関係にも一噛みしているから、好かれる理由もないな。
「何だ、フェイルーラ様にあのような……」
アーネスシスや、派閥の面々が厳しい視線をエスペーシ派閥の者に向ける。
「はいはい、スマイルスマイル。そんな顔していたら、飯も不味くなるぞ」
「はあ……」
俺が無視するように促すが、アーネスシスは、不満たらたらって顔が戻らない。他の面々も面白くないようだ。俺からしたらいつもの事だけど。
「おい」
ご飯は美味しく食べたいなあ。何て考えていたら、食堂の入口から、エスペーシ派閥の別の者が声を掛けてきた。その対応の仕方に、俺の派閥の面々が一斉に睨みを利かせたので、気後れして一歩後退る少年。
「何? 何か報告?」
そんな俺の派閥の殺伐さは一旦横に置いておいて、俺は話し掛けてきた少年に声を掛ける。
「いや、あの、お客様が来ておられます」
少年はアウェイな雰囲気の中、少々どもりつつも何とか声を出す。
「お客様? 俺に?」
「だと思います。エントランスから出発されたエスペーシ様と車ですれ違うようにやって来て、「フェイルーラ様はおられるでしょうか」と訪ねて来られたので、取り敢えず応接室へ通しました」
誰? と思うも、すぐにそんな人は一人しかいない。と思い当たり、俺は応接室へ向かうべく席を立つ。
「諸君は食事を続けていてくれ」
俺が立ち上がったので、全員が席を立ち、俺の後を付いてこようとしたので、そう指示を出したが、
「いえ、フェイルーラ様お一人でお客様を出迎えさせる訳にはいきません」
とグーシーが口にすれば、全員が首肯する。と言っても、行き先は応接室だ。十人以上でぞろぞろ向かう場所じゃない。
「グーシー、アーネスシス、ブルブル以外は食堂で控えていてくれ」
俺が少し強めに待機を求めると、皆は納得したのか首肯を返してくれたのだった。
✕✕✕✕✕
「お食事中に押し掛けるような真似をして、申し訳ありません」
応接室で待っていたのは、やはりと言うか、俺に会いに来たのはインシグニア嬢と、その侍女二人であった。俺が来るなりすぐに立ち上がり、軽く頭を下げる。どうやらエスペーシ派閥の者から、俺が朝食を食べている最中だと聞いたのだろう。どことなくバツが悪そうに見える。今日のインシグニア嬢は白のワンピースの上に、ベージュのハーフコートを身に付けている。後ろに控える侍女二人もそれに寄せた服装だ。
「いえいえ、こちらこそ、昨夜は本人不在で場を荒らしましたからね。それに比べれば、何と穏やかな朝である事か」
気にしていませんよ。と笑顔を向けるも、前髪で目が隠れているので、インシグニア嬢の表情は読み取り難い。
「今朝、お父上から話を聞かされ、驚かれたでしょうけれど、このまま実行しても問題ないでしょうか?」
「……はい。父の命ですから。私はヴァストドラゴン寮に入寮させて頂きます」
『父の命』だから、ねえ。俺は「うんうん」と頷きながら、両手を前で合わせて立つインシグニア嬢へ近付くと、その耳元でぼそりと囁く。
「良かったですね。計画が上手くいって。どこまでが、貴女の計画かは分かりませんが」
俺の一言はかなり効いたらしい。口元を両手で押さえて、一歩後退るインシグニア嬢。どうやら当たりだったらしい。
グリフォンデン家の次期領主となるはずだったイグニウス卿の逝去から、我が父上が画策したエスペーシとフレミア嬢の婚約解消、そしてフレミア嬢と俺の婚約の報告から、俺たちがグリフォンデン領の分館に向かうまで、数日のラグがあった。
その間にグリフォンデン家がどのように動いたのかは分からないが、フレミア嬢はグロブス殿下の第一婚約者に収まった。これに困ったのはインシグニア嬢だろう。王族の子は、魔法学校で第一婚約者のいる寮で生活をする。それはつまり、毎日グロブス殿下と顔を合わせなければならない事を意味する。
インシグニア嬢からしたら、たまったものではない事態。どうにかその事態になるのだけは避けたかったはず。しかし第一家督相続者のインシグニア嬢もまた、グリフォンデン寮で暮らさなければならない。普通なら。
恐らくは腹案の一つとしては、インシグニア嬢自身がアグニウス卿に自身の境遇を話す事で、グリフォンデン寮で暮らす事を避けるつもりだったのだろうが、昨日の夕餐で、俺がアグニウス卿に物怖じせずに話していた事から、別案として考えていた、領婿となる俺を誘導して、自身をグリフォンデン寮から他寮へ移動させる案へシフトした。
だから昨夜、東屋で己の置かれている状況を俺に話し、自分にはこれだけの力量があると見せ付ける為に、歌を歌ったのだ。自分の歌を聴けば、誰であろうと自分の為に動くと理解していて。
結果は正しくその通りとなった。プライドが高いのであろうフレミア嬢が、エスペーシとジェンタール兄上の帰り際に、グロブス殿下と婚約した事を伝えたのも、インシグニア嬢にはプラスに働き、俺はすぐにインシグニア嬢を他寮へ移すようにアグニウス卿へ具申した。
まさかその日のうちに俺が乗り込んでくるとは思わなかっただろうが、昨夜の俺の性格を加味して、今回の計画を実行したのだろう。
「な、ぜ、そう思われたのでしょう?」
インシグニア嬢のシルクのような声が震えている。この場で話して良いのかな? 周囲に視線を巡らせるも、誰も彼も俺の次の言葉を待っているような雰囲気だ。では。
「アグニウス卿は情報収集が得意のように見えました。それがアグニウス卿だけの資質ではなく、グリフォンデン家の資質、血統、伝統であるなら、情報統制、情報操作も得意なのではないか? と思っただけです。アグニウス卿も、エルサ殿も、情報収集が得意なグリフォンデン家の上層部にいながら、インシグニア嬢の境遇を知らなかった。それはインシグニア嬢が王城であえて情報統制をして、アグニウス卿の耳に入らないようにしていたのでしょう。インシグニア嬢の境遇が露見すれば、子を深く愛するアグニウス卿の怒りの矛先が、どこへ向かうかは火を見るよりも明らかですから」
当たりかな。インシグニア嬢の顔色は窺えないが、その後ろに控える侍女二人は驚いて固まっている。
「けれども、インシグニア嬢としても、いくらグリフォンデン家の第一家督相続者となっても、グロブス殿下と同じ寮で過ごす事を貴女は良しとしなかった。やっと第二婚約者と言うお役目から解放されたのに、またそれまでと同じ事をさせられる。それは貴女にとって苦痛であり、どうやっても避けたい事案だった。だから、私に己の境遇と歌の価値を見せ付け、アグニウス卿に具申するように差し向けた」
俺が語れば語る程、インシグニア嬢は俺から離れていく。しかし後ろには侍女が二人控えており、二人にぶつかり、それ以上下がる事が出来なくなるインシグニア嬢。対して俺は自分の口角がこれ以上ない程上がっていると自覚出来る。
「格好良いですね」
「へぇ?」
俺が発した言葉は、インシグニア嬢からしたら、思いも寄らない言葉だったらしい。もしかしたら、俺がアグニウス卿に告げ口でもすると思ったのかもなあ。
「良いんですよ、それで。貴女はグリフォンデン領の次期領主で、私は貴女の領婿なる人間です。か弱いだけでは生き残れない。能ある鷹は爪を隠す。その狡猾さ、私は好きですよ?」
「ふええ!?」
そんなに驚く事かね?
「今回はご自身のエゴの為でしたが、その情報力が今後グリフォンデン領の為に発揮されると考えただけで、ゾクゾクしますよ。それも貴女の横と言う特等席で眺められると考えただけで最高だ」
「…………」
何か、滅茶苦茶怖がられてない、俺? インシグニア嬢の手が震えている。う〜〜ん。
「これから、私の派閥の面々と王都観光に行くのですが、ご一緒にどうですか?」
「ええ!?」
「婚約者になった事ですし、ここはお互いに腹を開いて、隠し事なしで仲良くしましょう。王都の名所とか教えて欲しいですし」
「…………」
黙ったままか。
「…………私、いつも王城に引っ込んでいたので、余り名所へ行った事がないのです」
「ああ、まあ、そう言う立場でしたしね」
情報統制の為もあっただろうけれど。
「じゃあ、尚更我々と一緒に回りませんか? 自分がどんな街で暮らしてきたのか、分かると面白いですよ」
「あ……、はい」
う〜〜ん、観光に付き合ってくれるようだけれど、腹を開いて隠し事なしでいきたいのだが、腹の探り合いになりそうな予感がヒシヒシとするなあ。




