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「何かあったのかい?」
エレベーターからセガン陛下が現れた。お付きはリガス卿を含めて四人だけれど、あの小柄で横柄な男性の姿はない。その代わりと言うか、灰色の長髪に、金色の瞳をした、身嗜みの整った男性を連れている。若く見えるが、セガン陛下同様に年齢不詳に見える。服装が他の三人と違うので、多分この王立魔法学校の関係者と思われた。
セガン陛下が現れた事で、その場の皆が直ぐ様セガン陛下へ向かって跪く。しなかったのは俺とジュウベエ君、それにグロブス殿下くらいのものだ。
「誰だ? お偉いさんか?」
皆が一斉に跪いた事情が飲み込めていないジュウベエ君が、俺に耳打ちしてくる。
「王配陛下だよ」
俺が短くそう口にすれば、「ああ」と納得し掛けて、
「いや、だったらフェイルーラも跪けよ!」
とキッレキレのツッコミを入れてくる。
「ははは。気にしなくて良いよ。皆も、そこまで畏まらなくて良いよ。ほら、立って立って」
ジュウベエ君のツッコミを受けて、セガン陛下がそう促せば、従うしかないと思ってか、一人、また一人と立ち上がっていく。
「所用で折角ここまで来たのだし、下の第一大講堂に顔を出してみたら、誰もいないんだもの。何事かと思ったら、ここで皆して何をやっていたんだい?」
セガン陛下の言葉に周囲を探れば、確かに第一大講堂で見掛けた顔ばかりだ。下へ行こうとしたところで、グロブス殿下が声を上げたので、誰も下に帰れなかったのが窺えた。
「父上。俺は身分を弁えない者共の調教をしていただけです。済みませんが、部外者は出しゃばらないで頂けますか?」
グロブス殿下の言葉に、灰色の髪の者と顔を見合わせるセガン陛下。
「本当に、何があったんだい?」
グロブス殿下では話が見えてこないと踏んでか、セガン陛下は俺の方に話し掛けてきた。
「いや、私も深くは知らないのですが、グロブス殿下が、インシグニア嬢に、週一で曲を奏でろ。と強要してきたので突っ撥ねただけです」
これに眉間にシワを寄せるセガン陛下。
「それがつまり、グロブスとしては、身分を弁えない者を調教する。と言う言葉に繋がるのかい?」
「グロブス殿下的には、そうらしいです」
セガン陛下は深く嘆息を漏らすと、首を横に振る。
「グロブス、この学校の理念は?」
「『研鑽』、『平等』、『尊重』、ですか?」
理解していて、あの言動をしていたのか? そっちの方が理解出来ない。
「そんなもの、建前じゃないですか。この学校にだって序列はあり、王族である俺は、当然その頂点です。そして貴族を含め、王国民が王族に従事するのは名誉な事であり、それを断る事はこの王国に弓引くに等しい」
誰だよ、こいつの家庭教師。どうやったらそんな歪んだ思想の持ち主に育てられるんだ?
「はあ。次からは、王族や領主貴族の子であっても、等しく受験をさせるべきだと、僕は今、本気で思っているよ」
隣りの灰色髪の青年? に提言すれば、これに頷く青年? らしき男性。
「それは昔から問題になっていた部分だ。入学後、領主貴族の子よりも、受験で合格した子たちの方が、成績が良いのが実情だったからね。この学校が本当に実力主義だと言う原点に立ち返る為にも、領主貴族の子も受験させるのはありだと、私は昔から思っていたよ」
眉尻を下げながら、青年? らしき男性はセガン陛下の言葉に同意する。まあ、本当にそんな事したら、王族や領主貴族家からの大反対に遭うのは火を見るよりも明らかだろうけれど。
いや、この王立魔法学校の歴史を紐解けば、王族や領主貴族家も受験をしていた時代はあり、そして受験ありと受験なしを繰り返して、現在に至る。難しい問題だ。
「んな!? 父上であっても、まるで俺にはこの学校に通う資格がないかのような言い回しは止めて頂きたい!」
「だと言うなら、王族の威光などと言うまやかしでインシグニア嬢を貶めるのではなく、学校での成績と言う目に見える実力で、彼女の方から、歌奏を捧げたい。と思われるよう行動するんだね」
これに対して、グロブス殿下はまるで親の仇の如くセガン陛下を睨み付ける。いやその人、貴方の親ですけど?
「先程も言いましたが、部外者は口出し無用でお願いします」
それでもグロブス殿下の口調は丁寧だ。セガン陛下の後ろに、ガイシア陛下が控えているからだろうか? 息子であっても気を使う存在らしい。まあ、部外者じゃないんだけどね。
「悪いけれど、ここはガッツリ口出しさせて貰うよ。何故なら僕は部外者じゃないからね」
「は? 王立魔法学校だからですか? それはこの学校の、それこそ頂点が国王であるからであり、王配陛下の意見であろうと、通せるのは精々インシグニアを入学式の歌奏に出演させるくらいの事でしょう?」
自分の親に対して、あのような態度はどうかと思う。まあ、俺も父上には反抗的なので、他人の事をとやかく言えないけれど。
「そうだね。今までだったら、それくらいが関の山だったけれど、それも昨日までの話だ。今日から僕はこの王立魔法学校の監督官と言う地位に任命されたからね。王族だの領主貴族だのと言う、実力に関係ない事で、騎士貴族や一般学生が不利益を被るような事態には、しっかり目を光らせるから、そのつもりで覚悟しておくんだね」
「はあ?」
セガン陛下の言葉の意味が分からず、間抜けな声を発するグロブス殿下。周囲で事態を見守っていた領主貴族の子息令嬢たちも、セガン陛下の発言にざわつく。
「監督官って何だ?」
分からないなら俺に聞けば良い。と言うのが何となく定着しつつあるジュウベエ君が、周囲のざわつきを察して尋ねてきた。
「理事会の上、学長の次に地位にある人だね」
「いや、監督官なんて役職、今までなかったはずだよ?」
そこへすかさずフィルフィン君が声を挟んでくる。
「そうだね。だって今回新たに作られた役職だからね」
俺がそう返すと、目を見張るフィルフィン君。聡い彼の事だから、これを仕組んだのが俺だと理解したのだろう。
「新たな役職?」
首を傾げるジュウベエ君に応えたのは、誰あろうセガン陛下だった。
「うん。昨日、謁見の間でちょっとした騒動があってね。その時に僕の発言力が少し高過ぎる事が問題になったんだ。だから、僕個人の発言力を下げる為に、作られた役職が、この王立魔法学校の監督官って訳さ」
「んん? 発言力を下げる為に監督官に就任されたのですか?」
ジュウベエ君も周囲もそこに引っ掛かったらしく、何とも言えない顔をしている。それにしても、ジュウベエ君って敬語使えたんだ。
「うん。君主制国家なのに、その配偶者である僕の発言で国王が意見を変えるような事態になっては、国として立ち行かなくなるだろう? だから、しっかりと国王を頂点とした国家運営の為にも、僕の発言力を低くする必要性が、今回の一件で露見したんだ。これはその対策だね」
「成程。確かに前者だと、王に直訴するよりも、その配偶者を懐柔する方が楽に事が運ぶか。でも、結局、王配陛下が女王陛下に頼めば、女王陛下が動くのでは?」
ジュウベエ君にしては鋭いな。ここら辺は流石将軍家の子息と言うところか。
「だからストッパーとして間に学長が入るんだよ。王立魔法学校を動かすとなれば、正式な申請書が必要になってくるから、『王命』が下っても、学長がそれは実行不可と判断した場合、学長のところで止まるからね」
「そうなのか?」
俺の説明にまた首を傾げるジュウベエ君。
「憲法第三条の特記事項に、『王命』であっても実行不可能な場合はそれを無効に出来る。って注釈が付いているんだよ。それに今の学長は女王陛下にも意見出来る人だとは、私が領都にいた頃から聞き及んでいるから、無茶な要求なら跳ね返すだろうね」
これに頷くジュウベエ君。そしてセガン陛下は苦笑しつつ、隣りの灰色髪の男性に視線を送る。
「まあ、そう言う事だ。君たちが馬鹿な要求をセガン陛下にしたところで、私が止めるから、彼に期待するのは無駄だと今のうちに知っておくんだな」
灰色髪の男性の言葉で、この男性が何者か理解出来たが、若くない? いや、セガン陛下も年齢の割りに若く見えるけれど。
「何だ貴様は! 良くそんな偉そうな物言いが出来るな!」
が、グロブス殿下は今のやり取りで、この青年にしか見えない男性が何者か理解が及ばなかったらしく、男性を睨み付ける。父親が、これから通う学校のお偉いさんになった事で頭がいっぱいになっていたのかも知れないが、悪手だな。
「私かい? この王立魔法学校で学長をしている、ナーサリウス・アダマンティアだが?」
この発言にホールがどよめく。グロブス殿下なんて顔を青ざめている。ナーサリウス・アダマンティア。この王立魔法学校の学長であり、王位継承権も持つ歴とした王族の一人だ。




