認めたくない
「それだけではありません! マエストロ・ウェルソンの歌奏を一度でも耳した者は、その他者とは隔絶した超絶技巧と叙情的な音色の虜となり、身体は神聖さに包まれ、皆一様に頭を垂れる。そう! まさにインシグニア嬢の歌奏の如く!」
エムエム君の発言に、俺は思わず半眼となってしまう。実際その通りなので否定出来ないのが悔しいが、認めたくない自分がいるのも事実だ。
「そうなのか?」
若干疑わしそうにこちらを見遣るジュウベエ君。
「曲に拠るよ。教会に捧げるような神聖な曲を奏でれば、そりゃあ神聖な気持ちにもなるだろうさ」
俺はエムエム君の手を離しながら、嘆息しつつ、そう告げる。
「成、程?」
ジュウベエ君的にはピンときていないようで、グーシーたちの方にも目を向ける。
「ウェルソン様は歌奏魔法の達人でもあり、その歌奏によって仲間の傷を癒したり、仲間の身体強化をしたり、敵を戦意喪失まで追い込んだり出来るのですが、その効果は、他の歌奏魔法の使い手と比較して、二倍から三倍の効果を齎しますから」
「おおう。そんなに凄いのか」
数字的にこれを多いと取るか少ないと取るかは人によるだろうけれど、単純に自身の身体能力が二倍、三倍になると言うのは破格だと俺は思う。ジュウベエ君もそう理解したようだ。そして俺に視線を戻す。
「悪いけど、私は歌奏魔法は使えないよ?」
「そうなのか? マエストロなのに?」
「マエストロと呼ばれるのに、歌奏魔法は含まれないよ。それを含んだら、本当に極一握りの者しかなれない事になるからね。何せ、歌奏魔法は基本的に全体魔法だから、私の魔力量では程度が知れるのは理解出来るだろ?」
「ああ、成程な」
「そう! マエストロになれるがどうかは、魔力量ではなく、純粋に歌奏の実力に拠るのです!」
鼻息荒く熱弁するエムエム君に対して、ジュウベエ君が首を傾げる。
「それだけ熱弁するって事は、お前はそのマエストロの歌奏を聴いて、よっぽど感化されたんだな」
これに目を逸らすエムエム君。
「……いえ、一度だけこの王都の大聖堂で聴いた事のある父上から、そのように聞かされただけで……」
これには眉間にシワを寄せるジュウベエ君。聴いた事がないのに、エムエム君がその風説だけで語っていた事が、理解し難いらしい。俺も理解出来ない。と言いたいが、一度でもあいつの歌奏を聴いた事があったなら、その噂は万里を越えて大陸全土に響き渡る事だろう。逆に、王都を離れてヴァストドラゴン領にいる事が今まで噂にならなかった事の方が不思議なくらいだ。
「まあ、まだフェイルーラ君がマエストロ・ウェルソンの弟子と決まった訳じゃないしね」
そこにフィルフィン君が割り込んできた。これにハッとなるエムエム君。そしてその熱い視線を俺に送るが、この眩しさに俺は目を細める。
はっきり言って、俺的にはウェルソンの弟子であるかどうかなんて、どうでも良いし、名乗りたいとも思わない。が、エムエム君たちムジカット共和国の面々は、興味津々なご様子だ。
どうしよう? とグーシーたちの方へ視線を送るも、皆眉尻を下げている。
「我々は自分たちの事をウェルソン司教の弟子とは公言出来ませんね。フェイルーラ様の伝手で、歌奏を聴いては下さいましたが、特段、指導を受けた訳ではありませんから」
グーシーがそう口にすれば、派閥の全員が首肯する。そうなの? え? あの体罰は俺だけだったのか?
「音楽に厳しい方だったので、少しのミスで、すぐに曲を中断されて、何度も何度もやり直しを要求されはしました」
アーネスシスの言に、また皆が首肯する。そこにはウェルソンの事を思い出してか、辟易している様が見て取れる。それは分かる。ウェルソンは、あれはあれで完璧主義者だったから、俺も何度となくやり直させられた。
「どちらかと言えば、フェイルーラ様から歌奏のコツを聞いたり、指導して貰った記憶の方が鮮明です」
珍しく、ブルブルまでそんな発言をする。これにも皆同意らしく、首肯する。
「まあ、それはドラゴンネストの聖堂でもそうだったからなあ。あいつは、何かそれなりの才能の人間を拾ってきては、聖堂で俺に指導させていたから」
これにはうちの派閥から乾いた笑いが漏れる。多分、容易に想像出来たからだろう。はあ。聖堂の奴ら、大丈夫かなあ? 一応、後任となる何名かは指名したから、回るようにはなっているけど、それでウェルソンが満足するかは微妙なところだ。
「つまり、フェイルーラ君は直接マエストロ・ウェルソンから指導を受け、その実力は既に他者を指導するレベルだと?」
エムエム君からは熱い視線だし、インシグニア嬢は深く頷いているし、フィルフィン君は懐疑的だし、ジュウベエ君は興味深げだし、周囲の受験生たちは耳を側立ているし、はあ〜〜、どう収拾したら良いんだ?
「…………はあ。いずれバレるか。自分をウェルソンの弟子だと豪語するつもりはないけれど、ウェルソンから指導を受けたのは確かだね。まあ、母上がウェルソンと魔法学校時代に同期で、その誼と、ボールス卿からの後押しがあっての事です」
殆どボールス卿の後押しのお陰だけど。
「まあ、ほぼ縁故なので、その実力は察して貰った方が良いかと」
「はあ」
これには残念そうな顔になるエムエム君たちムジカット共和国勢だが、それに納得いかない者がいた。事あろうインシグニア嬢だ。
「いえ! フェイルーラ様の実力は、明らかに他の歌奏者とは一線を画す者です! ピアノでカールバンの練習曲第5番を完璧に演奏出来る方なんて、この世界にフェイルーラ様とウェルソン様だけかと!」
これにエムエム君たちムジカット共和国勢だけでなく、受験生たちの間でも、少しざわつく。少しなのは、音楽に明るくなく、それがどれくらい凄い事なのか理解出来ていないからだろう。俺も正直理解出来ていない。だが、俺の派閥からも『ああ』と言う声が上がるのは解せぬ。
「それって、そんなに凄い事なんですか?」
芸術の国出身のエムエム君に視線を向けると、首がもげるんじゃないかと言うぐらいエムエム君は何度も頷いてみせた。
「え? 芸術の国ですし、普通に弾けるんじゃないんですか?」
「まさか! 我が国のコンクールなどでカールバンの第5番を弾くとなれば、一発逆転か破れかぶれか、と陰で笑われるような曲ですよ!」
そうなんだ。
「フェイルーラ様って、さも当然とばかりに大体の楽器を超絶技巧で弾けますよねえ。しかもそれを基準に俺たちにも求めるから、皆裏でヒーヒー言いながら頑張ってましたよ」
アーネスシスの言に振り返れば、派閥の全員が苦笑していた。
「しかも、その超絶技巧に感情を乗せて演奏するので、「この人もウェルソン司教と同じで人間じゃない」って思っていました」
なん、だと? 派閥の一人がそんな事を口にすれば、堰が決壊したかのように、あーだこーだと俺の歌奏へのちょっとした拘りみたいなものを語りだす派閥の面々。そんな! 俺的には頑張って習得した技術を、皆にも出来て貰おうと善意で弾いていたのに! そうしないとウェルソンが納得しないから! それなのに、ウェルソン側と同類だと思われていた事がショックなんだけど!?
何故かインシグニア嬢はニコニコ笑顔だった。




