差し替える
「しかし、凄かったな。今のも竜の武威なのか?」
やはりポジティブの権化であるジュウベエ君。すぐに気持ちを切り替えてそんな事を俺に尋ねてくる。
「似たようなものだね。今、フィルフィン君が使ったのは、竜の武威ではなく、巨人の足跡と言われる、横方向ではなく、上から下へ、正しく巨人が大地を踏み締めるが如き殺気だね」
俺が説明すると、ヒュージー君だけでなく、他のギガントシブリングス家の面々も目をまん丸にしている。フィルフィン君だけは苦い顔だ。
「成程。殺気を上から下。それってどうやっているんだ?」
「さあ? 私は扱えないしねえ。体質とか血統とかが関係しているんじゃないの? この国の王族は、王の武威と言う、竜の武威に似た殺気を放てるけど、これは横方向に飛んで、対象を屈伏状態にするしね」
「成程? それって、金眼じゃないと出来ないのか?」
は? …………!
「いや、魔眼由来じゃなく、体質、血統由来だと思う。そもそも金眼は魔眼じゃないし。王の武威は金眼じゃないと放てない。何て風説はあるけど、竜の武威や巨人の足跡は金眼じゃないといけない。って話は聞いた事ないな。金眼に武威や足跡を使える者が多いのは、この大陸では、アダマンティア以外でも金眼の者が王を務めている国が多いから、それに連なる一族とか末裔や傍流なんかで、金眼の者に武威や足跡を使える者が多いんだと思う」
「あ〜あ」
理解してくれたらしい。この国だと、貴族以外にも金眼の者はおり、彼らはここ王都の大聖堂に良く礼賛しにくる。理由は武威の獲得ではなく、別にある。
大聖堂にはかつて時計が一般的ではなかった時代に、時刻を告げていた巨大な鐘があるのだが、これは王選の鐘とも呼ばれており、この鐘が鳴った者は王族に迎え入れられ、王位継承権を獲得し、王領のどこかに土地を持てるからだ。
現状、ガイシア女王陛下以外に鐘が鳴った者は、陛下の子であるスフィアン王太子殿下やグロブス殿下以外に八人、計十人いるのだ。まあ、これらは全員現王族から王選の鐘によって選出されたのだが。
「まあまあ、それよりも、僕はマエストロ・ウェルソンの話をもっと聞きたいな」
これ以上自分たちの話に持っていかれるのを嫌がってか、フィルフィン君が強引に話題を変えようとしてきた。フィルフィン君的には、自分が巨人の足跡を使える事も、伏せておきたかったカードだろうからなあ。気持ちは分かるが、これを聞いたうちの派閥の面々が、凄い怖い顔でジュウベエ君を睨む。こんな面々の顔、初めて見たぞ。睨まれていない俺でも怖い。
流石にこれには耐え兼ねたのか、顔を逸らすジュウベエ君。
「おう! お前ら!」
逸らした先に丁度自身の派閥の四人がいたようで、声を上げて呼び寄せる。しかしうちの派閥からの視線は変わらない。
「はいはい。結果は覆らないから、それくらいにして」
俺が手を叩いて派閥から注目を集めると、明らかにホッとするジュウベエ君。これに対して、
「ジュウベエ君のうちでの序列は、グーシーより下だから」
と釘を刺しておく。
「マジか!?」
これに驚くジュウベエ君だが、こっちの方が驚きだ。これにはうちの派閥の面々も驚いている。どうやら初めて彼らもジュウベエ君が派閥のボス気取りだった事に気付いたらしい。まあ、驚くよね。
「じゃあ、俺は序列三番目って事か」
「いや、もっと下だよ。インシグニア嬢や先輩たちがいるからね。俺、インシグニア嬢、グーシーたち側近、学校の先輩たち、その下にジュウベエ君やマドカ嬢とかだね」
「いや!? 滅茶下がったんだが!? そこまで下がるか!?」
何に驚いているんだ?
「いや、下がったんじゃなくて、そもそも、命令権的にはそれくらい下なんだよ。幾らジュウベエ君が優秀だったとしても、ジュウベエ君たちはこの魔法学校を卒業したら、お国に帰るんだろ? そんな人に今後の国を背負う派閥の皆への上位の命令権なんて与えられないよ」
これに掌の上に拳を当てるような仕草で納得するジュウベエ君。ここまで説明しないと理解して貰えないのか。はあ。
「そ・れ・よ・り、マエストロ・ウェルソンの話を……」
フィルフィン君はどうやってもウェルソンの話を聞きたいらしい。そんなに音楽に興味があるのか、それとも今後、音楽関係の授業で脅威になるから、脅威になるならその度合いを測っておきたいのか。多分後者だろう。そして、遠巻きに側耳を立てている他の受験生たちなどは、単純な興味の方が勝っている気がする。こう言うところが、領主貴族とその下の騎士貴族との差かも知れない。
「ウェルソンなら、ヴァストドラゴン領で司教をしていますよ」
「はえ? 司教? …………いや、敬虔なデウサリウス教信徒で知られるマエストロ・ウェルソンなら、あり得る選択肢か?」
何かフィルフィン君がブツブツ言っているが、あいつは敬虔なデウサリウス教信徒と言うよりも、ボールス卿(教皇)の狂信者と言った方が正しい。その縁で教会に入り浸るようになり、結果、マエストロの称号を獲得するに至っただけだ。
「フェイルーラ様」
呼ばれて振り向けば、インシグニア嬢が派閥の面々を連れて戻ってきた。インシグニア嬢は戻ってくるなり、俺の耳に口を近付けて耳打ちしてきた。
ああ、はいはい。今朝ガイシア陛下の下へ大聖堂から忠告があったのは、どうやらインシグニア嬢の側近である侍女二人が大聖堂に話を持ち込んだ為だったらしい。ちらりと二人を見遣ると、まさかあそこまで話が大きくなるとは思っていなかったのだろう。どこか所在なさげだ。今にも迷惑を掛けた事を謝ってきそうだが、それはここでないどこか。にして欲しい。それを察せる侍女二人だからか、苦しそうな顔である。
「まあ、諸々の話は、受験が終わってからにしましょう」
俺がそのように言えば、意図を理解した二人は深く頷いた。
「それより、こちらの方々でインシグニア嬢の派閥は全員ですか?」
全部で十二人いるが、四人は服装が少し違う。八人と四人と言う方がしっくりくる。八人の方にはご令嬢しかいないし。
「こちらの八人は私の派閥の者ですが……」
紹介された八人が俺に頭を下げる。一見すると地味だが、インシグニア嬢の諜報能力を知るに、侮れない面子なのだろう。
「……それと、こちらの四名は……」
「初めまして。ムジカット共和国から来ました、エムエム・シュールズです」
手を差し出してきてくれたのは、天然パーマの焦茶色の髪に、深い緑色の瞳をしたとても姿勢の良い少年だった。
ムジカット共和国はグリフォンデン領よりも更に西にある国で、国王を戴かず、共和制政治で成り立っている国だ。峻険な山々の向こうにある為、アダマンティア王国からの侵攻はなく、穏やかな小国として知られる。そして古くから芸術のとても盛んな国で、五人のマエストロのうち三人は、このムジカット共和国の出身者だ。
「貴方がマエストロ・ウェルソンのお弟子さんと言うのは本当ですか!?」
差し出された手を握るなり、ぐっと顔を近付けてきて、熱の籠った眼差しを俺に向けてくるエムエム君。顔が近い! キスするかと思ったわ! 思わず顔を背けると、視線の先にいたジュウベエ君が興味深そうにしていた。
「大人気なんだな、その、マエストロ・ウェルソンって奴は」
「『奴』とは何だ! 偉大なマエストロだぞ! 分を弁えろ!」
どうやらエムエム君はウェルソンをとても尊敬しているらしく、軽口叩いたジュウベエ君を大声で諌める。これには目を丸くするジュウベエ君。はあ、トラブルはやめて欲しいんだけどなあ。エムエム君の後ろのムジカット共和国の面々はエムエム君に同調していて、エムエム君の行動を止めようとしない。
あと、俺的にもウェルソンは『奴』呼ばわりで良いと思う。あんな人格破綻者、『奴』呼びでも可愛い方だ。それを知っているうちの派閥の面々は乾いた笑いをしている。
「存命のマエストロはウェルソンだけだからね」
などと俺がジュウベエ君に説明すれば、「ああ」とこれに納得するジュウベエ君だった。




