相手をする
「確か、三階、四階が一般受験生で、五階が貴族や留学生でしたね」
それなりに広いエレベーターの箱に入るなり俺が確認すると、インシグニア嬢が頷く。ここにいるのは全員貴族か留学生関係者なので、五階まで直通だ。
「で? マエストロって何だ?」
エレベーターが動き出すなり、ジュウベエ君がその話を蒸し返す。他の領主貴族家の子息令嬢の耳がこちらへ向けられているのを感じるように、エレベーター内は静まり返っていた。
「……はあ。一般的には楽団の指揮者を差す言葉だけど、指揮者と言う職業柄、多種多様な楽器に精通している必要性から、この国では最も楽才に秀でた者に対して、『巨匠』や『大家』と言う意味で、敬意を持って使われる名称だね。教会が認めれば、称号にもなる」
「ふ〜ん。それにしてはざわついていたが?」
腕組みしながら首を傾げるジュウベエ君。
「それは、教会が正式に認めたマエストロが、これまでに五人しかいないからです」
インシグニア嬢が補足する。
「五人!? 少なっ!?」
そうだね。それに比べれば聖人聖女の方がまだ多い。が理由がある。
「教会によるマエストロ認定は、ここ二百年くらいの話だからね。認定される人間もそりゃ少ないよ」
「いや、それにしても少な過ぎるだろ!? それにフェイルーラが認定されたのか!?」
少ないだろうか? 教会の正式認定を受けていないだけで、自称他称のマエストロは各国に幾らでもいるからなあ。時勢が合わず、教会に認定されなかった人物とかもいる。
「認定されていないよ。マエストロと同様に対応しろ。と沙汰が出されただけだ」
「そんなのマエストロと認定されたのと変わらないだろ?」
「あくまで『同様』だよ。私にそれだけの実力があると思っているのかい?」
『同様』なので、多少扱いがマシになる程度だろう。
「あるだろ? お前とインシグニアの楽才はズバ抜けているぞ? お前とインシグニアの派閥の奴らも他の受験生と比べてスバ抜けていたが、それよりも更に頭何個も抜けている」
過大な評価だね。それよりも、
「インシグニア『嬢』ね」
「あ、はい」
インシグニア嬢へ頭を下げるジュウベエ君。だがその言葉の重みは絶大だったらしく、エレベーター内がざわつく。
「へえ? そんなに凄いのかい?」
興味を示したフィルフィン君が、ジュウベエ君に尋ねてきた。あんたらまだ付いてくるのかよ? オナモミかな?
「ああ、フィルフィンも一度聴いたらぶったまげるぞ!」
「へえ? この国で『歌姫』インシグニア嬢に比肩する楽才の持ち主がいたとは驚きだね」
興味なのか、嫌味なのか、判断に困るな。
「たまたまだよ。俺の音楽の師が何か凄かった奴だったってだけだよ」
「何だ、そりゃ?」
「何か凄かった。ではなく、偉大な方です!」
少し興奮気味に両手を握り締めるインシグニア嬢。音楽の話だからか、熱を帯びている。俺的には、ここでは静かにして欲しいのだが、自分の得意分野だと、語るのに熱が入るのは理解出来る。
「偉大な方? ……………………え? もしかして、フェイルーラ君に音楽を教えたのって、マエストロ・ウェルソンかい?」
フィルフィン君はやはり鋭い。すぐにそこに辿り着くのだから、やっぱり側にいて欲しくない。インシグニア嬢が、言い過ぎた。と両手で口を塞ぐも、もう遅い。更に騒がしくなるエレベーター内。まあ、『歌姫』が偉大な方と持ち上げれば、その答えは自ずと頭に浮かぶだろうから、仕方なかったかと諦めよう。
「出よう。もう五階だよ」
早くもエレベーターが五階に着いたので、エレベーター内から人がわらわらと出ていく。それに同調するように、俺たちもエレベーターから出る。
✕✕✕✕✕
エレベーターから出ると、そこは天井の高い巨大ホールになっていた。千人くらいなら入れる巨大なホールで、何百人と言う受験生たちが犇めいている。
「フェイルーラ様!」
ホールに着くなり、グーシーたちはすぐに俺を見付けたようで、皆で固まって、受験生で犇めくホールの中を縫うようにこちらへやってきて、すぐ近くにフィルフィン君たちの姿を見付けて、距離を取る。
「もう、良いよ」
「ですか……」
お手上げポーズの俺に、グーシーたちも嘆息して、仕方なしにこちらに近付いてきた。それに同調するように、その後ろからインシグニア嬢の侍女二人と、恐らくインシグニア嬢派閥であろうご令嬢たちがやって来たので、インシグニア嬢はそちらへ向かった。
「宜しいのですか?」
珍しく侮蔑を含んだ胡乱な眼をジュウベエ君に向けながら、グーシーが尋ねてきた。気持ちは分かるよ。俺がグーシーの立場だったら、膝から崩折れている。しかし、ここで恨み節をジュウベエ君にこんこんと語ったところで時間は戻らない。なので、
「見てよ! この小さな身体を! こんな小さな子を、こんな人混みの中に放り込む訳にはいかないじゃないか!」
フィルフィン君のコンプレックスだろう小柄な身体を抱き締めながら、俺は声を張り上げる。これには周囲の受験生たちからも陰から笑いが漏れる。今日の仕出かしの仕返しだ。これくらい我慢して貰うよ? そうやってフィルフィン君の顔を覗き込むと、不愉快極まりない。とその顔に書いてあるが、反論はしてこない。これをするのが許されるくらい、ジュウベエ君からこちらの情報を抜き取ったのだろう。が、それはフィルフィン君だけの話だった。
「ふざけんなてめえ!」
あの大柄な少年ヒュージー君が、俺の後襟を掴みながら、フィルフィン君ごと持ち上げた。力持ちだな。ああ、いや、違う。短慮だな。この場では他の受験生たちの目が、そして試験官の目がある。ここで事を荒立てるとか、自陣営を不利にする行動だ。
「そう言えば、ギガントシブリングス家には君がいたね。君がフィルフィン君を肩車してあげれば万事解決か」
「てんめえ!!」
「ヒュージー!」
フィルフィン君がそう発すれば、ヒュージー君の手、いや全身は震え、
「……悪かった」
と憎々しげにこちらを睨みながらも、ゆっくり俺とフィルフィン君を下ろしてくれた。
「悪ノリが過ぎたかな」
下ろされたフィルフィン君が、そのように謝罪の言葉を口にする。
「いやいや、こちらも体型に関して至らぬ配慮だったよ」
俺の方も謝罪しつつ、互いに握手を交わす。まあ、周囲への演技であって、どちらも心の底から謝罪している訳じゃない。フィルフィン君が俺と同類なら、たけど。こんな三文芝居、馬鹿らしいけれど、これが一番この場では損しない解決法だろう。
「お前ら、何やってんだ?」
謝罪し合う俺たちを見て、胡乱な目となるジュウベエ君。
「君の尻拭いだけど?」
「はは。彼を責めないであげてよ」
俺たちの会話と、グーシーたちやギガントシブリングス家からの視線で、何となく状況を察したジュウベエ君は、
「……悪かった」
と素直に謝罪を口にする。はてさて、ジュウベエ君は何に謝っているのやら。




