憧れ
「しかし、ジュウベエ君から話を聞いた時には、本当に生還してくるとは思わなかったよ」
話し掛けてきたのはフィルフィン君だ。ピーナッツの殻だけになった紙袋を自身の空間魔法で仕舞いながら尋ねてくるが、その姿勢は俺からも何かしら情報を得ようと言う魂胆を、隠そうともしない。
「話を聞くに、どう考えても女王案件だ。ガイシア陛下に逆らって、生還出来た人間がいるとは思わなかった。それも自身の要求を通して。今後の参考に、どのように生還したのか教えて欲しいな」
小柄なフィルフィン君が、その小さな身体を前に伸ばして、ジュウベエ君越しに俺と視線を合わせてくる。
「正しくはセガン陛下案件だけどね。まあ、ガイシア陛下の前に引き摺り出されたのは間違いないか」
「国の最高権力者の前に引き摺り出されて、自身の要求を通して、何事もなかったかのように帰ってくる。グーシーたちは信じていたが、本当に良く出来るよな」
ジュウベエ君に呆れられた。何かちょっとショックなんだけど。
「因みにグーシーたちは何て?」
「フェイルーラは現代のキャロルスター・アンセムだから大丈夫だ。ってな」
これにギガントシブリングス家の面々が大笑いする。大方、俺の主武器がガンブレードだと聞いていたからだろう。それでジュウベエ君を倒した事も聞いているからか、フィルフィン君は静かだが。
「過大な評価だね。確かに憧れているのは確かだけど」
「『憧れている』か。過去形じゃないんだね?」
フィルフィン君はそこに引っ掛かったらしい。悪かったね、幼稚で。
「人生の指針を、過去の英雄に見出すのは良くあると思うけど?」
これが俺としては最大限の反抗だ。ここでキャロルスター・アンセムの偉大さを「あれが凄い! これが凄い!」と朗々と語ろうと、夢見る子供と見下される未来しか思い描けない。今もフィルフィン君以外のギガントシブリングス家に、他の領主貴族家からもクスクスと嘲笑がこぼれている。これくらいなら可愛い方。と思ったのは俺だけだったようだ。
「皆様、余程ご自分の実力に自信がおありのようですね。では、次の機会がありましたら、貴方がたを頼らせて頂きます。ここでフェイルーラ様を笑える。と言う事は、貴方がたは、女王陛下の前に引き摺り出されても、フェイルーラ様よりも上手く立ち回り、生きて戻ってこれる。と言う事ですよね?」
ビシッとインシグニア嬢がそのシルクのような声を大講堂に響かせると、一瞬で大講堂が静まり返った。
「同感だね。彼を笑えるのは、女王案件でも平然と生還出来る者だけだ」
フィルフィン君が、自分も同感だ。と頷く。まあ、そうだね。ここにいるのは殆ど領主貴族家の者だ。グロブス殿下やジュウベエ君のような例外もいるが、領主貴族家の者であれば、領主貴族に逆らった者の末路も良く理解しているだろう。それが国王となれば、自ずと答えは導き出される。
「だから、余計に気になったんだよ。どうやって生還したのか」
フィルフィン君が獲物を狙う猛禽類や肉食獣のような瞳をこちらへ向ける。ふむ。俺は口角を上げる。
「それはつまり、今後、女王陛下に逆らった時の保険が欲しい。って事かな?」
これには目を見開くフィルフィン君。
「ち、違うよ! 僕はただ単にフェイルーラ君のその見事な手管に興味があっただけで、女王陛下に逆らうつもりなんて……」
流石にここでこんな反論されれば、フィルフィン君でも狼狽えるのか。
「はは、冗談だよ。こっちも元を辿ればアダマンティアと戦っていた国に行き着くからね。不穏分子と見做されるのは、こちらもご免被りたいね」
「……同感だね」
インシグニア嬢に対してと、俺に対してでは明らかに反応が違う。フィルフィン君は、今にも歯ぎしりしそうなのを抑えているのが分かる。ふふ。うちに不用意に噛み付くとどうなるか、少しは理解してきたかな?
「それこそキャロルスター・アンセムに憧れて、だろ」
これにアンサーを出したのは、ジュウベエ君だった。
「フェイルーラがキャロルスター・アンセムに憧れているのは、ガンブレードとか言うトンチキな武器だけでなく、その生き様だ」
「生き様?」
これに首を傾げながら、フィルフィン君が下からジュウベエ君の顔を覗き込むも、その顔は真剣だった。
「グーシーが言っていた。フェイルーラは義理人情に厚い男だと。一度身内認定した者の為ならば、溶岩に飛び込む事も厭わない奴だ。ってな。だから、婚約者の窮地となれば、たとえ死ぬかも知れない危険の中へだって飛び込んでいく。キャロルスター・アンセムの冒険譚のようにな。相手が魔属精霊や魔物ではなく、フェイルーラの場合は、それが女王だったってだけだ。昨日今日の付き合いだが、俺様には分かる。こいつは仲間に危害を与えようとする輩なら、たとえ神であろうとその牙を剥く奴だ」
それは言い過ぎだと思うけれど、何故インシグニア嬢も大きく頷いているのかな? え? 周囲からの俺の認識って、そんな感じなの?
「神に牙を剥くのは遠慮したいなあ。神の権威を笠に着て、偉そうにしているなら、相手するけど」
俺の発言に、フィルフィン君が信じられないものを見るように半眼となる。
「それは、教会相手でも、意に沿わなければ闘うと?」
さっきの意趣返しか。う〜ん、と何と返答するか考えているうちに、インシグニア嬢の方が先に口を開いた。
「それはあり得ません」
「何故です?」
フィルフィン君が更にこてんと首を傾げてインシグニア嬢の方へ視線を向ける。うん。本当に何故? 俺も理解出来ていないんだけど?
「フェイルーラ様は、教会からマエストロ同様の待遇を受けるに値すると認定されていますから」
これに目を見張るフィルフィン君。それだけでなく、大講堂が今日一番ざわめいた。何故か誇らしげなインシグニア嬢。そして良く分かっていない感じのジュウベエ君と俺。
「な!? は!? どう言う事だ!?」
フィルフィン君も流石に動揺が隠せず、取り乱してしまう。いや、俺も取り乱したい気持ちなんだが? 確かに、ボールス卿から教皇猊下に、俺をマエストロ同様と思って対応をしろ。と言われているが、…………女王陛下からもマエストロ・フェイルーラとか出ていたな。え? 本当にマエストロ認定なの? いや、冷静になれ、『同様』なだけだ。マエストロ認定された訳じゃない。…………はず!
「マエストロって何だ?」
本当に意味の分かっていないジュウベエ君が、視線だけ俺に向けてくる。
「それは……」
俺がマエストロの説明をしようとしたところで、大講堂にチャイムが鳴り響く。どうやら受験生の休憩時間となったようだ。
「説明はグーシーたちのところへ向かいながらで良いかい? 顔を見せて、派閥の面々を安心させてあげたいからさ」
これに異論はなく、ジュウベエ君もインシグニア嬢も立ち上がり、そして何故か、フィルフィン君たちも立ち上がったかと思ったら、大講堂から受験用の教室が並ぶフロアに向かって、俺たちの後を付いてくるのだった。




