腹のうち
「ご馳走様でした」
「いえいえ、お粗末様でした」
棒ラスクを食べ終わったインシグニア嬢が、コップとスプーンを返してくれたのに合わせて、それをグローブに回収する。
「いえ、棒ラスクは初めて食べましたけれど、とても美味しかったです」
王都と言う土地柄、美味しいものを食べて育っただろうインシグニア嬢が、そのように評してくれて素直に嬉しい。
「まあ、味には拘っていますから」
「そうでしたね」
これに二人してくすりと笑う。
「確かに美味かったが、お陰で口の中が落花生を求めて仕方ないな」
ジュウベエ君は既に立ち直ったのか、根がポジティブなのか、腕組みしながらそんな事を口にしている。ある意味大物だな。
「あるよ、ピーナッツ」
言って俺が紙袋を取り出すと、少し困惑顔となるジュウベエ君。自分で要求しておいて、その顔は何?
「何と言うか、フェイルーラは、言えば何でも出してきそうだな?」
「それは無理だよ。私の魔力量を知っているだろう? 君の十二分の一だよ?」
そんな話題を出すと、大講堂が少しどよめく。少ないとは思っていただろうけれど、ここまでとは思っていなかったのだろう。
「まあ、そうなんだけどな」
ジュウベエ君は、闘技場を思い出したのか、苦い顔となる。それはそれとして、
「インシグニア嬢も食べます?」
「え? あ、ありがとうございます」
断らないのか。昨日からの色々で、棒ラスク程度では満足感を得られなかったらしい。俺はインシグニア嬢の前の机に、紙袋とハンカチを置く。
「殻付きなので」
これに頷くインシグニア嬢。
「そちらの皆さんも」
言いながら俺はドンドンとグローブからピーナッツの入った紙袋を取り出し、ギガントシブリングス家の面々に渡していく。
「……こんな事で懐柔出来ると思っているのか?」
大柄な少年が胡散臭そうにこちらを見下す。
「いやいや、単なる出会いの挨拶ついでだよ。さっきから物欲しそうにこちらを見ていたからね」
などと口にすれば、琴線に触れたのか、ガバッと身体を起こす大柄な少年。
「ヒュージー」
それを止めたのは、フィルフィン君の冷たい声音だった。これにヒュージーと呼ばれた大柄な少年はビクリと身体を跳ねさせる。
「じ、冗談だよ」
体格では圧倒していると言うのに、大柄な少年は小柄なフィルフィン君を前に萎縮していた。
「済まないね。ありがたく受け取らせて貰うよ」
そして、そんな事なかったかのように、笑顔で紙袋を受け取るフィルフィン君。
「いやいや、実害は……、ジュウベエ君だけだから、まだ堪えられる、かな?」
などと返答すれば、「フフ」と笑うフィルフィン君であった。何その反応? まあ、ここでトラブル起こすな。と裏門の門兵さんにも言われたからねえ。こちらも穏便に済ませたい。
「美味いな」
そんな事はどうでも良いとばかりに、既にジュウベエ君はピーナッツを食べ始めていた。
「ローストしてすぐに袋詰めした逸品だからね」
ジュウベエ君に説明しながら、自分も食べ始める。
「しかし呑気だな。お前もインシグニア、……嬢も」
ピーナッツを食べながら、ジュウベエ君にそんな事を言われた。
「何をいきなり」
「いや、一応フェイルーラもインシグニア……嬢も派閥の首領だろ? 前面の巨大モニターに目もくれずに食事していりゃ、そりゃ呑気だろ?」
ああ。そう言えば、ここにはグーシーたちがしっかりやれているのかを見に来たんだった。
「忘れてたよ。君のお茶目のせいで」
「悪かったっての。俺様も反省している」
「え!? ジュウベエ君が反省!? もしかして、偽物!?」
「おい」
「あっはっは。これくらい許してよ。私の立場からしたら、優しい方だと思うけど?」
「…………そうだな。学校ではフェイルーラの下に付くんだから、俺様から実質的な立場を剥奪させるくらい出来るか」
その事情を察する事が出来る脳みそを、もっと前に使って欲しかったよ。
「それで、グーシーたちってどこ?」
大講堂のモニターは、二百に分割されているので、パッと観ても分からない。
「そこにグーシーたちがいて、そっちはインシグニア嬢の配下だな」
一応追ってはくれていたらしい。どれどれと視線を向ければ、グーシーたちが机の上のテスト用紙に向かいあっていた。
「うん、問題ないね。インシグニア嬢は?」
「私の方も問題ありません」
「いや、二人して判断早くないか!?」
そんな驚かれてもなあ。ギガントシブリングス家の面々も、フィルフィン君以外は目を見張っている。
「いやだって、もう解答欄全部埋めているし。パッと見、間違ってもいないしね」
「こちらも」
「…………」
何故ジュウベエ君は、そんな胡乱な目でこちらを見ているのかな?
「凄いね。国中の受験生たちが、この王立魔法学校の受験に向けて頑張ってきていると言うのに、合格を疑いもしないなんて。それもこの五年、派閥から不合格者を出していないからの信頼かな?」
フィルフィン君の言に、俺は思わず半眼でジュウベエ君を見遣る。それから目を逸らすジュウベエ君。はあ。
「って言うか、受験なんて通過点でしょ? 本番は入学してからだ。まずここを軽く合格出来るレベルまで上げて、魔法学校の授業内容の対策にこそ、本当に力を入れるべきなのは明白だろう?」
俺の反論に、さしものフィルフィン君も一瞬目を見張る。でも一瞬だった。だからこそ分かる事がある。
「そちらもこちらと対策に変わりはないみたいだね。怖いなあ。自分たちの対策は隠しておいて、まるでこちらだけ対策してきたかのように見せるなんて」
これに頬をひくつかせるフィルフィン君。他のギガントシブリングス家の面々にも、明らかに動揺が見られた。ビンゴだったようだ。はあ。本当に怖い。ギガントシブリングス寮が、数の暴力だけでなく、実力まで身に付けて、この王立魔法学校にやって来たと考えると、勝ちの目がまた少なくなったと言って良いだろう。
シーンと静まり返る大講堂。そんな中、そんな事はお構いなしに、俺やジュウベエ君、インシグニア嬢がピーナッツを食べる音だけが木霊する。
「美味しいかい?」
「おう。さっきからそう言っているだろ? って、フェイルーラ、落花生の渋皮剥かずに食べているのか?」
「うん? ふふ、この食べ方が好きなんだよねえ。苦味もあるけど、更に香ばしくて私の好きな食べ方さ」
これに変な顔をしたジュウベエ君だったが、何か思うところがあったのだろう。自分でも渋皮付きのピーナッツを食べてみる。
「確かに。悪くない……か? でもこの食べ方だと飲み物が欲しくなるな」
目で飲み物を要求しないで欲しい。
「コウチャしかないよ?」
「今はそれで良い」
そうですか。と俺がお茶の用意をしようとすると、おずおずとインシグニア嬢に袖を引っ張られた。
「私にも、もう一杯お茶を」
ハンカチの上のこんもりしたピーナッツの殻の山を見て、え? インシグニア嬢って意外と食いしん坊なのかな? などと考えながら、俺はお茶の用意をしながら、二人の為にもう一袋ピーナッツの紙袋をグローブから取り出すのだった。




