今すぐ引き返したい
大量のバスが停車している中を縫って、王立魔法学校の本体である尖塔に辿り着いた。出入り口は閑散としていて、特に門兵のような護衛の人間も、道案内の人間も立っていない。
「観覧ってどこでしているんでしたっけ?」
出入り口のドアをゲスト用のIDカードで開けて中に入る。魔法学校のエントランスは、卒業生などによる彫刻や絵画などが飾られており、とても華やかだと聞いていたが、こちらは裏口なので普通に通路に通じていた。
「第一大講堂です。こちらです」
歌奏の為に幾度も魔法学校に来ているインシグニア嬢は、迷う事なく道案内を買ってでてくれた。その案内に導かれて、ひっそりとした校内を歩いていく。
✕✕✕✕✕
「ここです」
通路を真っ直ぐ行ってすぐの階段を上り、暫く歩くと、両開きの扉に行き着いた。ドアノブに手を掛けると、別に施錠されている訳ではないようだ。
不用心だな。トイレに行くとか言って、それこそ裏口入学の為に身代わりを用意するなり、カンニング用の問題集を用意するとか考えないのだろうか? いや、確かそれをやると入学資格を永久に失うんだったか。割に合わないか、やる価値があるかは、その人次第だな。バレて資格を失ったところで、俺には関係ない話だ。
ガチャリとドアノブを捻って扉を開けると、中にいた領主貴族の子たちが一斉にこちらへ振り向いた。
「あ、済みませ〜ん、遅れました〜」
へにゃりと愛想笑いをしながら、インシグニア嬢と大講堂の中に入る。広い。それが俺の第一印象だった。まあ、この第一大講堂は、学生が全員入れる広さらしいから、それも当然か。
アダマンティア王立魔法学校は、基本的に一学年五百人が定員で、それが五学年に、その上の研究生と言う魔法研究に専従する学生が五百人いるので、学生だけで三千人。それに教師陣なども加わるので、当然だだっ広い。ここにいる領主貴族の子たちも、精々百人ちょっとと言ったところなので、閑静にして閑散とした光景だ。大講堂の最奥には、闘技場の控え室にあったモニターよりも更に大きなモニターがあり、それが縦に十、横に二十と分割され、今まさに試験にあたっている受験生たちを映し出していた。
「フェイルーラ! こっちだ!」
そんな閑静な大講堂など関係ないとばかりに、俺たちに気付いたジュウベエ君がこちらへ手を振っている。注目が集まるが仕方ない。手を振るジュウベエ君の方へ向かおうとして足が止まった。
ジュウベエ君の周囲が、知らない少年少女で囲われていたからだ。閑散としている大講堂の中で、それは俺の目には異常に映った。
「ギガントシブリングス家の方々です」
横のインシグニア嬢が耳打ちしてくれた。はあ。どうしてこうなった? どうしたものかと考えながら、ちらちらと他の領主貴族家の子たちの方にも視線を向けると、一際強い視線を感じる。フレミア嬢とエスペーシに挟まれる形でふんぞり返っている少年だ。真っ赤な髪をワックスでオールバックに固めた、金眼の少年。
「あちらがグロブス殿下ですか?」
「……はい」
声音から、インシグニア嬢的にも近付きたくないのが窺えた。となると、消去法的にギガントシブリングス家に囲まれたジュウベエ君の方へ行く事になるか。まあ、席はガラガラなので、別にどこに座ろうが関係ないが。そうなると、関係性を他の寮に探られる。それは避けたい。
「先に、グロブス殿下に挨拶してからで良いですか? ここで挨拶しないと、後々何を言ってくるか分からないので」
インシグニア嬢と出逢った初日に聞かされた事を考えると、その高慢な性格が引っ掛かる。
「……はい」
インシグニア嬢からの了承も出たので、俺たちはまずグロブス殿下の方へ向かう。
「初めまして、グロブス殿下。何の縁か、インシグニア嬢と婚約する事となりました、ヴァストドラゴン家のフェイルーラです」
「……ほう? お前がなあ?」
机に頬杖突いて上から下まで俺を見定めたグロブス殿下は、「ふん」と鼻息を鳴らす。
「こんな使えない奴と婚約しないといけないとは、グリフォンデン家もお終いだな。あの家にもう一人子供がいれば、第三婚約者として受け入れてやっても良かったんだかな」
言いながら詰まらなそうにそっぽを向くグロブス殿下。ははは、確かに王族の血を絶やさないように、王位継承者には第三妃(配)まで持つ権利があるけれど、これまでの通例として、殆どの王位継承者は第二妃(配)までしか召し上げていない。それを、仮にも姉妹である第一婚約者となったフレミア嬢と、前第二婚約者のインシグニア嬢の前で言うのは、神経が理解出来ない。
「では、済みませんが、派閥の者が愚かにもギガントシブリングス家の者に捕まっているので、我々はこれで」
多分これ以上話をしても噛み合わないと思った俺は、ジュウベエ君をダシに、この場から逃げ出した。結局インシグニア嬢は何一つ声を発しなかった。それがグロブス殿下の前でのインシグニア嬢なりの抵抗だったのかも知れない。
✕✕✕✕✕
「いやあ、悪いねえ。一応挨拶くらいはしておかないといけなかった相手だったんでね」
ギガントシブリングス家の者たちに囲まれたジュウベエ君に声を掛ける。それにしても、ギガントシブリングス家の人間と言うのは皆体格が良い。一人なんて、二メータくらいあるんじゃなかろうか? その大きな少年が睥睨するようにこちらを見下している。
そんな中で、一人だけ小さな子供のような少年がいた。黄土色の髪はインシグニア嬢に似ており、その金色の瞳はアウレア嬢を彷彿とさせる。
「ちょっと、後ろを通らせて貰っても良いですか? 小さな巨人さん」
俺が話し掛けると、その小さな少年ではなく、周囲のギガントシブリングス家の者たちが少し驚いたように目を見張る。逆に少年の方は冷静だ。
「何故、僕に話し掛けたんだい?」
少年が尋ねてきた。
「何故も何も、君に少し退いて貰わないと、私たちがジュウベエ君の隣りに行けないからだけど? それとも、君に話し掛けると言う事には、何か特別な意味が付随するのかな?」
「…………いや、そうだね。僕は兄弟たちの中に埋もれるくらい小さいから、話し掛けられると思っていなかったんだ」
「…………へえ」
体格的に嘘ではないのだろうけれど、含みがあると感じる。魔力量とか分かれば、彼がどれくらいの魔力量を保有しているのか分かるのだけれど。ここでそれをインシグニア嬢に尋ねるのを聞かれるのも、こちらの事情を晒す事になるからやめたい。
「何故も何も、それだけの魔力量なんだ。話し掛けられるに決まっているだろ?」
そんな状況をぶち壊すように、ジュウベエ君が口を開く。
「フィルフィンだったか? お前がこいつらの首領だろ? 魔力量を誤魔化しているみたいだけど、あっちの王子よりもお前の魔力量の方が多い。首領に首領が話し掛ける。普通だろ?」
ジュウベエく〜ん、色んな意味で声が大きいなあ。そうか、この少年、そんなに魔力量が多いのかあ。俺は本当に少し邪魔だったから、退いて貰おうと思っていただけなんだけどなあ。
大声でこの場の勢力図をひっくり返し兼ねない事を口にするジュウベエ君に、フィルフィンと言われた少年、そしてギガントシブリングス家の者たちが固まる。そして、全員でギギギと、まるでブリキの人形のようにこちらを向くギガントシブリングス家の全員。
「こう言う性格なのを知っていて、話し掛けたんじゃないのかい? それともまさか、ただの簡単に情報を漏らすお馬鹿さんだとでも思っていたのかな?」
俺が口の端を上げて尋ねると、これに似せて口角をひくつかせるフィルフィン君であった。




