イレギュラー
「うげえ、何だこれ?」
王立魔法学校にやって来た俺とインシグニア嬢を待っていたのは、正門前を埋め尽くす人、人、人と、大勢の人混みであった。そしてその殆どの人が王立魔法学校に向かって祈っている。
「噂には聞いていましたけど、こうして実際に目の当たりにすると、圧巻ですね」
どうやらインシグニア嬢はこの光景に心当たりがあるようだ。
「この方々は、一般受験生の親族の方々です」
「ああ」
この王立魔法学校に入学出来るかどうかで子供の今後の人生が決まるのだ。親としては家で待ってなどいられまい。多分国中から子供の応援の為にここまで駆け付けたのだろう。
しかし悲しいかな、幾ら魔法学校内が広いからと言っても、一般受験生の身内を中で待たせる訳にはいかない。そこでトラブルでも起こせば、その受験生は一発不合格だからね。
「裏門に回りましょう」
「そうですね」
✕✕✕✕✕
「こちらもまあ凄いですね」
「そうですね」
まだ学校の敷地内に入っていないが、そこから見える縦格子の門内の様子だけで、本気度が分かる。何せ、普段ならば搬入くらいにしか使われないであろう裏門先の駐車場が、バスの群れで埋め尽くされているからだ。アダマンティア王国には王領も含めて六十七の領があるが、それよりもバスの数は明らかに多い。同じ領でも派閥だ何だとあるからだろう。しかしそれら全てを駐車させられるだけの敷地があるのも凄いが。
「観光かい? ならすぐに帰り給え。今日は年に一度の王立魔法学校の受験日だ。その邪魔になるから、ここら辺でうろちょろされたら困る」
俺たちがスクーターから学校内を見学していたら、門兵さんに注意されてしまった。裏門もどこかピリピリした雰囲気がある。
「いえ、派閥の応援に来たんですけど」
「派閥の? …………領主貴族家の者なのかい?」
まあ、受験日にバイクに乗ってやって来る領主貴族家の人間と言うのもいないだろう。しかももう午後だし。今頃? と訝しむのも分かる。
取り敢えず俺たちはスクーターから降りて、これをグローブに仕舞うと、声を掛けてきた門兵さんの方へ向かう。
「済みません、どうしても午前中に片付けないといけない用件が急遽入りまして」
「……そうか。門の横の事務所で手続きすれば校内に入れる。が、トラブルを起こすのはやめてくれよ」
これに俺は顔を引き攣らせる。それを不審に思ったのだろう。半眼で睨んでくる門兵さん。思わず目を逸らしてしまった。
「本当に領主貴族なのか?」
「いや、そっちの証明はIDカードで簡単に出来ますけど、トラブルを起こさないかどうかは……」
「あのな」
「いえ! 私の方からトラブルを起こす気はさらさらないのですが、何故かトラブルの方からこちらへやって来るので、私も頭を痛めているんですよ!」
「何だそりゃあ!?」
俺では話にならないと思ったのか、門兵さんはインシグニア嬢の方へ顔を向ける。
「この方は私が不利益を被らないように、善意で動いてくれているだけなのです。しかしと言いますか、当然と言いますか、相手はその善意に対立するような方ばかりなので。この方が私を守ろうと動くと、どうしてもトラブルに巻き込まれてしまって」
これに眉間にシワを寄せて、何とも言えない顔になる門兵さん。多分、理屈は理解出来たが、だからと言って、普通はそうはならんだろ。と顔に書かれている。俺だってそう思っている。
「………はあ〜〜」
暫く俺たちを交互に見てから、深い溜息を漏らす門兵さん。
「毎年だ。受験生たちは問題を起こす事は少ないのだが、その派閥のボスクラスになると、面子やら何やらがあるのか、対立する派閥のボスとトラブルを起こす。軽度であれば注意程度で済むが、派手に暴れれば、入学初日から停学もある。その事を頭の片隅にでも入れて、校内で過ごす事だな」
「あはは……」
門兵さんの言葉は他人事じゃないので、乾いた笑いしかでない。本当に、俺の方からトラブル起こしている訳じゃないんだよねえ。……いや、半分くらい俺のせいか? え? どうしよう。トラブル起こさないように、ここで待つか? いや、それでインシグニア嬢を一人で校内に向かわせる方が、何が起こるか分からないし、対処が遅れるから、俺の心情的に無理だな。
「お仕事ご苦労様です」
軽く会釈して、その場から逃れるように事務所に向かう。
「済みません、派閥の応援で校内に入りたいのですが?」
「はあ……?」
事務所で暇を持て余して本を読んでいた中年男性の事務員さんに声を掛ける。事務員からしても、この時間に? って感じなのだろう。
「じゃあ、そこの魔導具にIDカードを翳した後に、この用紙に名前と入門時間を書いて下さい」
しかしそこは流石は事務員と言うべきか、門兵さんとは違って、何か尋ねるでもなく、とても事務的に淡々と仕事を行う。ありがたい。
まずは俺が魔導具にIDカードを翳して、用紙に名前を書く。時間は……、
「そこに時計があるので」
俺が名前を書いている間に、事務員さんがゲスト用のネックストラップを用意してくれていた。そんな事務員さんが、小さな事務所の奥に掛けられている時計を指差す。俺はそれを確認して時間を書く。
「じゃあ、これを。帰る時には返却して、それと同時に退門時間を自分の名前のところに記入して下さい」
ゲスト用のネックストラップを渡され、それを首に掛けながら頷く。その間にインシグニア嬢が用紙に名前と入門時間を記入していく。
「はい。ではお嬢さんも」
事務的にインシグニア嬢にもネックストラップを渡すと、
「あの車両用の大門じゃなくて、隣りの小門の横の魔導具に、ストラップのIDカードを翳せば中に入れますので」
これも事務的に説明してくれる。
「分かりました。変な時間に来て、丁寧な対応、ありがとうございます」
俺が礼を言うと、キョトンとした顔をされた。そう言えばチョコレート店でも同じような対応をされたと思い出す。何これ? 何かしくじったか?
などと勘繰っていると、事務員さんはハッとなって用紙と魔導具を交互に見直し、またハッとなって立ち上がると、
「済みませんでした! まさか、四大貴族であるヴァストドラゴン領とグリフォンデン領の方とは知らず、適当な対応を……」
「いえ、気にしないで下さい。さっきあそこの門兵さんにも、トラブルを起こすな。と注意されたばかりなので」
俺が門兵さんを引き合いに出せば、その門兵さんが真っ青な顔になっている。あれ?
「俺、何か失礼な事しましたかね?」
状況が読み込めず、隣りのインシグニア嬢に耳打ちするも、
「いえ、とても丁寧な対応だったかと」
と問題なしとの返答を貰えたので、俺は「失礼しまーす」と何とも微妙な雰囲気となった裏門から王立魔法学校へ、インシグニア嬢とともに入っていったのだった。




