三方良し
「マーチャルか?」
『フェイルーラ様ですか。何か進展がありましたね』
俺がテレフォンを掛けるなり、マーチャルからそんな言葉が返ってくる。どうやら何か動きがあると構えていたらしい。商人の勘でも働いたのだろうか?
「ああ。大聖堂がうちのマナポーションを気に入ってくれたみたいでな」
『更なる発注ですか?』
「いや、少し違うな。味には納得してくれたのだが、容器がな」
『あ〜あ。でもうちの技術じゃ、ディヴォーティーズ工房程の精巧なガラス容器は作れませんよ?』
「そのディヴォーティーズ工房と、共同で事に当たって欲しいんだよ。ガワはディヴォーティーズ工房で、中身はうちって感じで」
『…………フェイルーラ様、そう言うのを、世の中じゃ詐欺っていうんですよ』
知っとるわ!
「これは教会からの要請で、グリフォンデン領のアグニウス卿も了承済みだ。王都のディヴォーティーズ工房に連絡入れれば、話は通っているはずだから、すんなりデウサリウス神のガラス容器を用意してくれるはずだ」
『おお! 流石はフェイルーラ様ですね! 三方良しの問題解決!』
「苦肉の策を褒められても嬉しくないし、今回限りだ。向こうさんを困らせるような事はするなよ」
『分かっていますよ。商人は信用が第一ですから』
これに溜息を吐く。本当に分かっているのやら。
「折角なので工房を見学させて下さい。なんて、絶対言うなよ」
『…………はい』
やっぱり分かってなかったな。
「それと、話は変わるんだが、俺のバイクあるだろ?」
『スクーターですね? 故障ですか?』
そう言えばそんな名前だった気がする。
「いや、そっちも受注だ。ファラウェイインダストリーに設計図を持っていってくれ。こっちは次第によっては恒常的な取り引きになる」
『よっしゃ!! あれは売れると思っていたんですよ!!』
テレフォンの向こうでガッツポーズしているのが想像出来るな。しかし、マーチャルも売れると思っていたのか。何と言うか、またしても何も知らない俺。って感じだな
『設計図だけで良いんですか!?』
「ん? どう言う事だ?」
『スクーターなら、プロトタイプが幾つかありますよ』
ああ、そう言えば、乗り心地の実験とかしたなあ。
「じゃあ、それも持っていって。あのバイク、仕組み簡単だし、向こうさんの技術者なら、すぐに丸裸だろう」
『そうですね! 量産もすぐに実行に移せそうです!』
やる気だなあ。いや、『乗り気』だなあ。
『いやあ、流石はフェイルーラ様!! よっ!! この人誑し!!』
「褒められている気がしないのだが?」
『いやいやいや、昨日の大聖堂との取り引きに続き、今日になって二つもの大口取り引き、王都の大商会のトップでも、簡単に出来る事じゃありませんよ!!』
これは大口なのか? 領で文官見習いしていたからか、数字的には恐らくこれよりも桁が違う大きな数字を見てきたせいで、これがどれくらいの取り引きのランクなのか分からん。まあ、ワースウィーズ商会的には大口なのだろう。
「じゃあ、後はそっちに任せる」
『任されました!!』
…………不安だ。
「先方は俺が領婿入りするグリフォンデン領の商会だ。失礼のないようにな?」
『あ』
『あ』じゃないのだが?
「ガラス瓶の方は教会も関わっているんだし、神に見放されるような事はしないように」
『肝に銘じておきます』
はあ。暴走前に止められて良かった。
「んじゃ、切るから」
『分かりました。こちらも粛々と仕事しますので』
そうして貰えると助かる。はあ。と溜息を吐きながら俺は受話器を置くと、教皇猊下の方へ向き直る。
「済みません、長々テレフォンを使わせて貰って」
「構わん。それよりも話が纏まって何よりだ」
口元を脂でギトギトにしながら笑う教皇猊下。う〜ん。この方は何をどうやって教会の頂点まで上り詰めたのだろう? それとも教皇になった事で、心境の変化でもあったのだろうか?
「それでは、我々はこれでお暇させて頂きます」
「ふむ? 食事くらいしていったらどうだね?」
確かに、朝にサンドイッチ、途中でボールスクッキーを口に入れただけなので、凄くお腹は減っているが、どうにも俺はこの方と食卓を共にするのにまだ抵抗感がある。
「今日は王立魔法学校の受験日なので、派閥のボスである我々が、そこにいない。と言うのも外聞が悪いので」
と適当な理由を口にする。
「おお、そう言えば先程もそんな話になったな。それでは引き止めるのも悪い。うむ。行くが良い」
「ありがとうございます」
教皇猊下に礼を述べて、俺たちは執務室を後にした。
✕✕✕✕✕
「良かったです。猊下の前でお腹が鳴らないで」
神官に裏口に回された俺たちは、グローブからスクーターを出して、すぐに大聖堂を後にした。途中の交差点で官憲の指示待ちをしている時に、インシグニア嬢がそんな事を口にする。
「そうですね。あそこでお腹が鳴っていたら、確実に大聖堂から出して貰えなかったでしょうからねえ」
「はい」
教皇猊下から歓待されて、あの脂塗れのお肉を食べさせられた事だろう。空きっ腹には重そうだ。
「それにしても、お腹空きましたねえ」
「……はい」
もう午後だ。サンドイッチとクッキーだけでは、空腹は満たされていない。
「魔法学校って、食堂ありますかねえ?」
「はい。練習で幾度も訪ねた事がありますから、食堂があるのは知っているのですが……」
「今日現在開いているかは微妙ですね」
「はい」
困ったなあ。最悪、空間魔法陣の中のレーションかなあ。なんて頭の中で思い浮かべながら、官憲の指示が出たので、俺たちはスクーターで魔法学校へ向かったのだった。




