反りが合わない
北の王城から南の大聖堂まで、普通なら一直線なのだが、ここ王都アダマンタイタンは全体が大きな魔法陣となっているので、直線の道と言うのは殆どない。そのうえ、王都の中心部はマーケットエリアとなっており、特に入り組んでいて、そこには様々な店が軒を連ねたり、カラフルな雨除け布の露店などが道路脇に並んでいて、堅牢な王都の中でも華やかだ。
「ふふ、まるでそよ風になったようです」
特に飛ばすでもなく、緩く流すようにバイクを走らせているので、確かに頬に当たる風はそよ風だろう。
「酔いは大丈夫ですか?」
「はい?」
初めてインシグニア嬢とバスで出掛けた時は、途中でインシグニア嬢が車酔いしてしまったので、チョコレート店で休憩する事になったが、今回は大丈夫なようだ。初めてのバイクに酔いより興奮の方が勝っているのだろう。
カラフルな商店や露店が連なる中をバイクで流す。一応迷わないようにと、王都の地図を王都に来るまでに頭に叩き込んでおいて良かった。
王都は六つの尖塔に、王城、大聖堂がシンボルとして鎮座している。そして中央がマーケットエリアで、王城に近い北側は貴族街と呼ばれ、貴族の邸宅や分館が多い。闘技場のある南西側は職人街と呼ばれ、工場や工房などが集まっている。王立魔法学校のある南東側は市民街で、城壁内で暮らせるくらいの身分の者たちの家が立ち並んでいる。そこで暮らせない低所得者層や、農業や畜産をしている者たちは、城壁の外で暮らしている。それが王都アダマンタイタンの大体の概要だ。
マーケットエリアを走っていると、ちょっとした大通りに出た。そこで一旦止まる。十字路の中央には官憲が台の上に立っており、手旗信号とホイッスルで交通整理に精を出していた。これも人通りの多い王都の名物だ。自分が注目されているからか、それとも職務に忠実で、交通事故を起こさない為か、その動きはキビキビしている。
「?」
ふと後ろにしがみついていたインシグニア嬢の感覚が軽くなったので、何かあったのか? と後ろを振り返ると、道路脇に手を振っていた。そこにいるのは親子連れや若い女性などだ。女性たちはキャッキャと笑顔を見せ、子供は「あれ欲しい!」と親に強請っている。
「お知り合いですか?」
「えあ? いえ、こちらを向いていたので思わず」
インシグニア嬢の言葉の最後は尻すぼみだ。テンションが上がってやってしまって、今になって恥ずかしくなったのだろう。しかし、「売れる」と言っていたインシグニア嬢の予感は当たっているのかも知れない。
ピピーッと交通整理の官憲からホイッスルでこちらを指摘されたので、ゆっくりとバイクを走り始めさせる。それを街道の人々が見送るのが良く見えた。
✕✕✕✕✕
「どうも、いきなりで済みませんが、中の方に取り次ぎって出来ますか? 出来ないようでしたら、寄進の品だけ渡して帰りますから」
もう昼だと言うのに、大聖堂を一目見たいと言う列は長い。その整理をしている神官の一人にバイクから降りて声を掛ける。
一瞬怪訝な顔をされたが、俺がヘルメットを外すと、俺が誰か理解出来たらしいその神官は、
「少々お待ち下さい!」
と声を上げて大聖堂の中へ早足で入っていった。流石は王都の神官だ。みだりに走ったりしない。俺は領都の聖堂でウェルソンに追い掛け回された記憶が呼び起こされる。
どうやら取り次ぎはしてくれるようなので、今のうちにバイクを空間魔法で仕舞う。これに、列から「ああ」と残念そうな声が疎らに耳に入る。そちらへ目を向けると、何故か目を逸らされた。窃盗も怖いし、空間魔法で仕舞っておいて良かった。でも、やはりこのバイクには一定の需要はありそうだ。
「そのバイクは、フェイルーラ様だけがお持ちなのですか?」
「いえ、ボールス卿やウェルソンも持っていますね」
「え?」
ちょっと理解出来ない。みたいな顔をされてしまった。
「ボールス卿もウェルソンも、結構アクティブなんですよ。ウェルソンは領都内だけの移動に使っていますけど、ボールス卿用のはタイヤ周りを悪路でもある程度移動出来るように改造してあるので、このバイクで近くの村まで走っていきますね」
「……それは、凄い行動力ですね」
「ええ。西に病人ありと耳にすればそちらへ、東に怪我人ありと聞けばそちらへ、落ち着きのない方です」
もう老齢だが、教皇になる程の魔力量の持ち主だ。そこら辺の魔属精霊や魔物なんて蹴散らして進んでいくからなあ。
「お待たせしました」
そんな話をしていたら、さっきの神官が帰ってきた。その神官に連れられて大聖堂の中に入っていくのを、列に並んでいる信徒たちが、恨めしそうに見てくる。完全に横入りだからなあ。そりゃあ、敬虔な信徒でも悪感情を抱くと言うものだ。
✕✕✕✕✕
「良く来てくれた二人とも」
出迎えてくれたのは教皇猊下本人だった。前のように控え室で待たされる事もなく、直接教皇猊下の執務室に通された。
「王城で何か酷い目に遭わなかったか? 教会は君たちの味方だ」
昨日の今日で凄い変わり様だ。ボールス卿の影響だろうか?
「はい。今回は行き違いによる手打ち。と言う事でカタを付けました」
「手打ち? 何故だ。不利益を被ったのだから、君たちの有利な条件を引き出すのが妥当だろう?」
そんな事を口にしながらも、教皇猊下の手と口は止まらない。執務に従事ている訳じゃない。ソファで昼食の真っ最中なのだ。人間、そうそう変わらないよね。名前も分からない脂ぎった肉料理の数々を口に運びつつ、疑問を口にする教皇猊下。
「ここで有利な条件を得ると、魔法学校で我々の派閥は王家に対抗する派閥と認識されてしまいますので」
「成程な。だがそうなったら、教会が君たちの後ろ盾となろう。そうなれば、王家や他の貴族たちもおいそれと合戦を仕掛けてはこれまい」
「それはありがたい申し出ですね」
合戦は決闘の寮対抗版だ。一対一の決闘とは違い、寮から数名、多いと寮生全員による合戦を行う。その内容は決闘のような戦闘だけでなく、魔法問題や魔法工学による製作物、果ては料理など多岐にわたる違いがある。
教会がバックに付いてくれるのは素直にありがたい。これが実現すると、王族のグロブス殿下がいるグリフォンデン寮に、数で押してくるギガントシブリングス寮、他国からの留学生の受け皿であるタイフーンタイクン寮に対して、教会勢力として対抗出来るからだ。
「まあ、本当に困ったらお願いするかも知れません」
「そうかね?」
教皇猊下は少し残念そうだ。悪いけれど、俺はまだこの猊下を完全な味方とは見做していないので、教会勢力と言う世界的な大勢力の下に付くのは、ちょっと勘弁したいところだ。それよりも俺としては一刻も早くこの場を去りたい。これには猊下は関係……、なくはない。料理がテーブルにところ狭しと並べられているので、サンドイッチとボールスクッキーだけでここまで来た俺の腹の虫が鳴かないか心配だからだ。
「本日不躾にもお伺いさせて頂いた理由なのですが……」
「うん?」
「素早く対応して頂いたお礼の品をお持ちしました」
「おお! そうだ! そのような話をしていたな!」
嬉しそうに脂でギッタギタの両手を叩く教皇猊下。どうしても目を細めてしまう。何と言うか、いつまで経ってもこの方個人に馴染めない気がしてならない。
俺は口の端が引き攣るのを感じながら、グローブからウェルソンの楽譜を取り出した。それを……、教皇猊下のギタギタの手に渡すのは忍ばれたので、お付きの神官に渡す。
「手打ちと言う事で、王家にも渡したもので恐縮ですが……」
俺がそのように前置きすると、嫌そうに眉を顰める教皇猊下。この方は顔芸が苦手のようだ。
「ウェルソンの新譜です」
「何だと!?」
これに腰を浮かす教皇猊下。教皇猊下でもこの反応になるのか。
「どこで手に入れた!?」
「ウェルソンは今、ボールス卿に付いて、我が領で司教をしています」
「何だと!?」
どうやら教会でもウェルソンの行方は探していたらしい事を察する。
「ボールス卿が我が領に来てから急いで来たそうなので、行き違いになったのかと」
これに、ううむ。とギタギタの手を顎に当てる教皇猊下。はあ。これ以上ここにいるのは精神衛生上無理だ。
「それでは、我々はこの後魔法学校の方へ行かないといけませんので」
「ぬ? ……ああ、今日は受験日だったか」
「はい」
「もう少しだけここにいる事は出来ぬか?」
「はい?」
ウェルソンの話でも聞きたいのだろうか? 同じ教会勢力なんだから、それって俺伝いじゃなくても良くない?
「昨日貰ったマナポーションに付いてなのだが」
差し上げた覚えはありません。市場よりも安く販売しただけです。いや、マーチャルなら初回と言う事で売らなかった可能性もあるか。しかし、
「数が足りなかったですか?」
「いや、数ではなく、味と形がな」
教皇猊下の思わぬ言葉に俺とインシグニア嬢は顔を見合わせるのだった。




