踊る阿呆に見る阿呆
「では、セガンにはその立場となれるように、すぐに公文書を発行しよう」
「ありがとうございます」
ローテーブルに公文書用の用紙と万年筆が用意され、書き慣れたように文言を書き込んでいくガイシア陛下。最後にガイシア陛下、セガン陛下、俺、インシグニア嬢のサインが書かれ、そこに『王命』を示す朱印が押されて、これで両陛下と我々の間は手打ちとなった。
「何故か我々が得をしたのだが?」
朱印を押したガイシア陛下が微妙な顔だ。
「そこはこちらが損をしなかった。とお考え下さい」
そう説明しても、微妙な顔は元に戻らない。う〜ん、話題を変えよう。
「謁見の間で給料五割カットされたのって、どこまで影響があるんですか?」
「どこまで?」
これにもガイシア陛下は微妙な顔になったが、セガン陛下は俺の意図を汲み取り、はっきり答えてくれた。
「君とインシグニア嬢以外の全員だね。僕とガイシアも含まれる」
「そうなのか!? …………そうなるか」
これは初耳だったようで、ガイシア陛下も驚いているが、自分でも昨日の事には反省しているらしく、納得している。いや、五割カットとか、一般市民なら悶絶する額なのですが? やはり高給取りのようだ。
「それって、全額プールされて、来期の公共事業の補填に充てられる形ですか?」
「良く知っているね」
驚くセガン陛下。隣りでガイシア陛下も頷いている。
「まあ、元々文官志望で、領では文官見習いをしていましたから。ヒューマンエラーでその部署全体の給料が減額されるのも見た事ありますし」
これには両陛下も苦笑いだ。似たような事例が王都でもあったのだろう。
「公共事業の補填って、何に使われるんですか?」
隣りのインシグニア嬢が首を傾げている。まあ、内情を知らない人ならそんな感想になるよね。
「市町村の外壁や橋の補修に道路整備、列車のレールの交換とか、テレフォン用の回線の敷設、後は軍の兵器類の補修や交換もあります。地味だけど必要な事業ですね」
「成程?」
まだ首を傾げているインシグニア嬢。
「まあ、お察しの通り、元々そこにも予算が組まれてはいますけど、天災や魔属精霊により、予期せぬ事態が発生し易いので。天災が起きたら、教会と協力して、備蓄してあった食料や水を放出したり、魔属精霊の大量発生に対抗する為に、他領から武器兵器を購入したり、他領から騎士兵士を派兵して貰ったりですかね」
「……ああ」
う。ここでこの話は失敗だったな。インシグニア嬢は普段と変わらない素振りだが、インシグニア嬢の兄上であるイグニウス卿は、この派兵により亡くなったのだ。前に座る両陛下も、微妙な顔をしている。
「ま、まあ、つまりはそんな感じの使われ方なのですが、元々予算が組まれているのだから、天災や魔属精霊に対して、そもそも、始めからもっと余裕のある予算を組むとか、一般市民にも日頃から注意喚起し、いざそうなった時に慌てないように行動出来るようにしておくのが良いと、私は愚考する訳です」
「迂遠で何を言いたいのか本筋が見えんのだが?」
ガイシア陛下が、不思議なものを見る目をこちらへ向けてくる。
「詰まるところ、フェイルーラ君は、今回カットされた給料を、公共事業以外の別の事に使いたい。と言う事だね?」
セガン陛下が聡明で良かった。女王とその王配から、何だこいつ? と今後変な奴認定されるのは辛い。
「ええ。五割カットされた。と言う噂がどのように一般市民に伝わるのかは分かりませんが、市民が気にするのは、その使われる先です」
「使われる先?」
両陛下とともにインシグニア嬢が首を傾げる。
「インシグニア嬢も先程お聞きになられましたが、カットされたそのお金が、何に使われているのか知らない者が殆どです。それに、そのお金が本当に公共事業に使われているのか市民側には知る術がない」
「……まあ、そうだな」
俺の言葉に対して、吟味するように腕組みしながら、ガイシア陛下はソファの背もたれに身体を預ける。
「それに今回の件は、考えるだけでも相当な範囲に噂が広まるでしょう。多分我々が思うよりも広く、功罪縺れて遠方まで伝わり、どのような影響が起きるが想像も付かない」
「確かにね。既に醜聞だ。色々悪い方向に進む可能性は高いだろうね。そしてそれが何を齎すのか、想像し難い」
セガン陛下も、今回の件の影響に気を揉んでいるようだ。気持ちと同様に眉根を揉んでいる。絶対これを利用して、周囲を出し抜こうとする輩は現れるだろうからなあ。俺も当事者として頭が痛い。
「私も、領で文官見習いとして働いていた頃に、街の人たちから、色々言われた経験があります。公共事業に使っている。と説明しても、それを信じない人と言うのは一定数いるものです」
俺の言葉に、両陛下も嘆息をこぼしながら、難しい顔になる。
「なので、考えたのですが、これに関してはオープンにする方が良いと思ったんです」
『オープンに?』
両陛下の声が揃い、胡乱な視線を向けてくる。
「はい。公共事業の予算にプールするのではなく、もっと派手に使うのが良いかと」
これに両陛下ともに首を傾げる。同調しているのが可愛らしい。
「どうしたいのだ?」
考えても俺の頭の中なんて分かる訳ない。と割り切ってか、ガイシア陛下がすぐに答えを求めてきた。
「宝くじにするのが良いかと」
『宝くじ!?』
これには両陛下だけでなく、インシグニア嬢や女性騎士、リガス卿まで驚いている。
「はい。王家がヘマをした。何でも給料五割カットらしい。「そんなの俺たちには関係ないだろ?」これが市民の意見です」
これに皆がこくりと頷く。
「そこへ、そのお金が自分のところへやって来るかも知れない。となれば話は別です。市民からしたら、「おいおい、俺たちにお金を配ってくれるなんて、王家は太っ腹だな!」に変わる訳です」
「な、成程」
俺の案に首肯するガイシア陛下。
「しかし、宝くじなど、どのように行うのだい? それを行う為には、別に予算を組まないといけなくなるだろう?」
セガン陛下はそちらが気になったようだ。
「そこは簡単です。この国にいる者は全員、赤子から老人まで、IDカードを持っています。当確はそのIDカードのナンバーからランダムで選べば良いのです。これなら予算も大幅に少なく出来ます」
これにインシグニア嬢はうんうんと頷くが、セガン陛下は懐疑的だ。
「発表はどうするつもりだい? 今回の件に関わった者たちのお金を全額集めれば相当な高額だ。IDカードのナンバーは変えられないから、当選者に群がるならまだ優しい。襲う者も現れるかも知れない」
これに俺はこくりと頷く。
「はい。だから、当選日は発表しても、当選者の発表はしません」
「それだと、市民から本当に当選者はいるのか? とフェイルーラ君が危惧するように、市民から疑惑の目を向けられるだろう?」
このセガン陛下の懸念にも頷く。
「はい。ですから当選者をバラけさせます」
「バラけさせる?」
「一等、二等、三等までは高額の当選金を支給しますが、その下、四等の当選者は出来るなら十人に一人、少なくても百人に一人に、端金程度の金額が支給されるようにするんです。そうすれば、もし自分が当選しなかった者も、隣りの誰かさんが当選した。と耳にすれば、王家は間違いなく約束を履行した。と思うでしょう」
これに深く頷くセガン陛下。
「悪くない。いや、かなり最良に近い答えなんじゃないか?」
口元に握り拳を当てながら、うんうん頷きながら、セガン陛下は自分を納得させる。
「う〜む。しかし、公共事業に使えないのは……」
こちらは対照的に、俺の案の痛いところを突いてくるガイシア陛下。そうなんだよなあ。そこがこの案のネックだ。
「いや、天災や魔属精霊による災害が起きた時には、僕が個人資産から捻出するよ。幸い、あまりお金を使う機会がないからね」
『!?』
これには当人のセガン陛下以外が目を見開いて驚く。やはりセガン陛下は本質が豪胆だ。なら、
「では、今回の宝くじは『セガン制裁くじ』と命名するのはどうでしょう?」
「良いな、それは!」
俺の提案にガイシア陛下が食い付く。セガン陛下はそれに対して少し恥ずかしそうにしていたが、当事者と言うか、この状況に至る大元を作った張本人なので、否定はしなかったのだった。




