心身膠着
「先に尋ねておくが……」
両陛下を前にして、陛下たちの方に一騎打ちの被害が及ばないようにと、両者とも背中を側壁の方へ向ける形となりながら、何とかさんがそんな事を言ってきた。因みにインシグニア嬢も、セガン陛下の方へ避難している。安心安心。
しかし、ここまできて難癖付けるなよ。こっちは勝とうが負けようが、入学式の練習に参加する事が決まっているんだよ。こんな茶番さっさと終わらせたいんだよ。それくらい察しろよ。
「貴様が敗けた場合、親が出てくる。何て事はないだろうな?」
「は?」
思わず素で返答してしまった。駄目だ脳みそが機能していない。
「貴様が敗けた事に憤慨し、父上なり母上なりが、今回の件に難癖付けてくる事はないな」
ああ、そこが気になっていたのか。
「ちっさ」
「何だと!」
ギリッと何とかさんが歯ぎしりする音がここまで聞こえてきた。
「今更そんな事に脳のリソースを割けるなら、最初から「膝を突け」とか文句言わずに、俺たちをここから追い出せば良かったじゃねえか。それをここに来て、「四大貴族の息子を倒しちゃったら、四大貴族に目を付けられるんじゃ?」なんて日和ってんじゃねえよ」
「貴様!!」
顔を赤くして何とかさんは腰から長剣を抜く。こっちが先手って事忘れてないよな。はあ。
「事後に関しては気にしないで良いよ。うちは武闘派だから、敗けて親に泣き付いたところで、「鍛錬が足りん」って、俺がしごかれるだけだから」
「そうか」
懸念点がなくなり溜飲が下がったのか、少し平静な態度となる何とかさん。
「それで、先手を貴様に譲れば良いのだったな?」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
これに「はん!」と鼻息を飛ばす何とかさん。
「先手を譲った後は何をしても良いのだな?」
「良いよ。別に俺を殺しても、うちの両親が何か言ってくる事はないね。インシグニア嬢の方は分からないけれど、まだ結婚した訳じゃないし、出会って三日だからね。婚約者をすげ替える事に躊躇いも少ないだろう」
「ふん! そうか」
俺より頭一つ高いところにある顔から、口角をこれ以上ないまでに上げながら、俺を見下してくる何とかさん。女王の騎士なら、表情が読み取られないように、鉄仮面でも貼り付けておくべきだと思う。今はそんな忠告をするのも億劫なので、言わないけれど。
俺はニタニタしている何とかさんを無視して、ズボンのポケットからグローブを取り出す。…………いや、良く身体検査なく謁見の間に入れたな。四大貴族としての信用だろうか? それともインシグニア嬢への信用? それとも騎士たちへの信用? ああ、駄目だ。考えが纏まらない。もう、何でも良いか。
「ああ、ええ〜と、それじゃあ、始めて良いですか!?」
俺が女王陛下に尋ねると、深く頷き返してくれた。ここから一騎打ちの始まりだ。始まりだが、こちらが先手と決まっているので、何とかさんはゴテゴテの長剣を肩に担いだだけで、特に他に動きはない。はあ。こちらが先手と決まっているのだから、何が起こるか分からない以上、せめて防御姿勢くらいはして欲しいところだ。
「それで良いんですか?」
「はん! こちらが問いたいね。そんなグローブが通用すると本気で思っているのか?」
「…………はあ。ええ〜と、何とかさん」
「タフレングスだ!」
そんな名前だったっけ?
「これで俺に敗けたら、近衛騎士団長の座からは下りた方が良い。陛下の身を守る者として、あまりに危機感がなさ過ぎる」
「貴様!! …………ああ、構わん。こんなか弱い者に敗けてまで、女王陛下の近衛騎士団長の座にのうのうと居座ってなどいたら、それこそ良い笑い者だ」
これに反応しているのは、周囲の騎士や大臣、文官などだ。皆、この……何とかさんが勝つのを確信しているらしく、ニヤニヤと見下した視線でこちらを見てくる。どこも同じだなあ。ヴァストドラゴン領での実家での生活を思い出してしまった。
「じゃあ、取り敢えず、何とかさんの後ろの人は、退いて貰って良いですか? 二次被害は避けたいので」
俺がそんな事を口にしたら、謁見の間に爆笑が起きた。
「はあっはっはっはっ! 気にするな。これで二次被害が出たところで、誰も貴様に文句など言わん」
何とかさんの後ろの人が、腹を抱えながらそんな事を言ってくる。皆も同様らしく、大臣らしい人や文官らしい人も、動く気配がない。ちらりとガイシア陛下へ視線を送ると、頷き返された。このまま続行で問題ないようだ。
「では言質は取ったので、このまま行かせて貰いますね」
「ああ、そうだな。こんなくだらない事はさっさと終わらせるに限る」
いや、あんたが愚痴愚痴言わなければ、俺はとっくにこの謁見の間から消えていたのだが? ああ、腹立つし、腹減るし、頭回らないし、大聖堂での演奏の影響がここに来てどっと身体を重くする。気を抜いたら倒れそうだが、我が国の国王の前で、それは流石に不敬過ぎる。それを理由に殺されかねない。なので、さっさとこの一騎打ちを終わらせよう。
俺はゆらりゆらゆらと何とかさんに近付いていく。剣の間合いに入っても、全く警戒する事なく、長剣を肩に乗せている何とかさんに向かって、空間魔法陣の描かれたグローブの掌を向ける。
直後、爆発音が謁見の間を揺らした。燃える爆炎が生み出された訳ではなく、爆風と、それが生み出した爆発音。これによって何とかさんは吹き飛ばされ、その後ろにいた騎士や大臣、文官たちごと、側壁まで何とかさんを吹き飛ばした。
何の用意もなく、壁に強く叩き付けられた何とかさんは口、鼻、目から泡を吹きながら気絶し、これに巻き込まれた者たちも、何とかその場から這い出そうと藻掻いている。大臣や文官たちなど、巻き込まれただけで気絶している者もいた。何か蟻の行列を突いた時の、わらわらしているあれを思い出す。
「…………今のは、インビジブル・バースト!! フェイルーラ! お主、母上よりその必殺技を授かったのか!?」
ああ、誰かが何か言っているけど、全力で一撃与えたから、もう頭ボーで、身体ズーンだ。ノイズにしか聞こえない。
「聞いているのかッ!?」
その誰かから武威を放たれ、反射的にこちらも竜の武威を放った。その影響で、謁見の間が揺れ、天井の窓ガラスやシャンデリアが割れて、バラバラと降ってくる。
「フェイルーラ様!」
霞んだ視界の中、インシグニア嬢がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。必死になって、俺を何かから助け出そうかとこちらへ向かってくるインシグニア嬢。そんな悲壮な姿は、貴女には似合わないよ。そんな事を口にしようとして、俺の意識はそこで途切れた。




