エンカウント
しかし困ったな。入学式でのインシグニア嬢の歌奏に関しては、セガン陛下の人柄、それにガイシア陛下の人柄にも拠るので、ここでは一旦脇に置いておくとして、パフォーマンスとしてこの会議室から出ていこうと見せたのだが、実際に会議室から出て、王城内を部外者がふらついたら、呼び止められるよなあ。これ、あの王城担当者が戻ってくるまで、ここで待っていないといけないのか? あの脳みそだ。下手したら俺たちの事忘れて、ここに戻ってこない可能性があるぞ。
「う〜ん」
俺は唸りながら、誰か適当な人物はいないかと、明け放たれたままのドアから、廊下側を覗く。すると、スッとした姿勢に、緩いウェーブの金髪、真紅の瞳に肌がインシグニア嬢よりも白い、年齢不詳の成人男性であろう人が、部下四人に囲まれて廊下を歩いている。う〜ん、恐らくは貴族か、大臣か、高位の文官なのだろうが、ここであの王城担当者に待たされたままなのは時間の無駄だ。と言うか腹の虫が鳴いており、ああ、ジュウベエ君たちの礼儀作法も教え直さないといけない。と思い出す。
帰らないといけない理由を思い出し、俺は意を決して大臣らしき人に声を掛けた。
「済みません、今、時間ありますか?」
俺が声を掛けると、四人の部下が瞬時に大臣を守護するように囲む。何あれ? 警戒し過ぎじゃないか? いや、もし他国の要人だったら、警戒もするか?
「ええと、どなたでも良いのですが、車両用の出入り口まで付いて来て頂けないでしょうか? それが出来ないようでしたら、誰か人を呼んで貰えると助かるのですが」
俺の発言に対して、物凄く怪訝な顔をする四人。それとは対照的に、大臣か他国の要人らしき人はどこかのんびりした雰囲気だ。
「ええとですね。打ち合わせの為に王城まで来たのですが、担当者が戻ってくる気配がないもので。こちらもこの後予定があるので、向こうに合わせて行動するのも限界があるんです。でも、担当者が戻って来ないと、王城内を部外者が勝手に彷徨く事も出来ませんし。困り果てていたところに、お兄さんが現れたもので、どうにかなりません?」
部下四人が更に怪訝な顔になる。本当に何これ?
「それは困ったねえ。リガス、この少年を車両用の出入り口まで案内してあげてくれるかい?」
大臣(仮)さんから、リガスと呼ばれた熊のように大柄の男性以外の三人の部下が驚いている。あり得ない! って顔だ。だがリガスと呼ばれた男性は、大臣(仮)さんの命令ならば、と頭を下げる。
「あの、会議室内にまだ四人のご令嬢がおられるのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳ないだろう!」
怒られた。いや、怒鳴られた。大臣(仮)さんでもなく、リガスさんでもなく、四人の部下の中で一番背の低い男性が声を張り上げたものだから、キーンと耳に響く。
「このお方を誰だと思っている! それをそこら辺の小間使いの如く命令しよって!」
いや、知らんけど? 大臣か他国の要人じゃないの? 三人の部下は怒っているが、『このお方』自身はニコニコしているので、俺としたら特に問題は感じていない。リガスさんもスンとしているし。
「この場で一番位の高い方なのだろう事は察せていますが、その威を借りて、貴方にその方の意向を翻す権限があるとは思えませんが? 主人の意向を翻して、その上、その威を無断に使って、勝手にその意向をねじ曲げて、こちらへ命令する権限が貴方にあるのですか?」
俺が尋ねれば、ぐうの音も出ないと、小柄な男性は口を噤む。こんな状況でもニコニコとしている大臣(仮)さん。大物だ。これは本当に声を掛けてはならない人に掛けてしまったのかも知れない。でももう声掛けちゃったしなあ。
「ふふ。この少年の言う事が間違っているとは僕は思わないかな? どう?」
大臣(仮)さんが諭すように小柄な男性に声を掛ければ、男性は「仰る通りです」とその場で胸に手を当てて頭を垂れる。まあ、視線は俺を睨んでいるんだけど。器用だな。
「それでは、改めて車両用の出入り口までの案内を頼んでも宜しいでしょうか?」
「構わないよ。リガス」
リガスと呼ばれた大柄な男性は、大臣(仮)さんの指示に従い、こちらへと歩いて来て、ドア前で会議室内を見て固まった。え? 何その不穏な行動。不安になるから止めて欲しい。
リガスさんは目を瞑ると、一度深呼吸してから自身の主である大臣(仮)さんの方を振り返る。
「陛下。中におられるのはインシグニア嬢です。挨拶の一言くらい、交わされても宜しいかと」
……………………陛下かあ。思わず天井を仰ぎ見てしまった。どうやら、あの担当者さんとは入れ違いになったようだ。多分、セガン陛下を探して、王城内を今も徘徊している事だろう。
「そうだったのかい?」
セガン陛下の視線がこちらに向けられる。ニコニコ笑顔だが、他三人の視線が俺を突き刺すようで気分が悪い。結果論だろ! わざと説明しなかった訳じゃないから! などとはこの場で言えず、俺は片膝突いて、セガン陛下に頭を垂れる。
「初めまして、セガン陛下。私はこの度、インシグニア嬢の新しい婚約者となりました、フェイルーラ・ヴァストドラゴンと申す、しがない地方貴族の一息子です。このような場が初面会となった事、先程までの無礼、誠に申し訳ありませんでした」
「そうか。君がインシグニア嬢の新しい婚約者か」
「はい。陛下が今ご自身で仰られた通り、陛下のご子息であらせられるグロブス殿下とは、縁がなかったようで、改めて私と婚約する運びとなりました」
ここで、ふう。と息を整える。ああ、ドキドキする。セガン陛下はインシグニア嬢を気に入っていた。そのセガン陛下が、自分の子とインシグニア嬢の婚約が解消され、新たに婚約者となった俺を前にして、どのような感情を抱いているか分からない。と言うか、それを表情から読み解くのが怖くて顔を上げられない。
「今日王城に参じたのも、入学式での打ち合わせの為です。本来であれば明日だったのですが、ご存知の通り、色々と状況が変化したもので、出来るならば前倒しで事を終えようと、私が提案して無理矢理本日こちらへ来させて頂きました」
「そうだったんだね」
セガン陛下の声音は、最初から一貫して変わっていない。どこかふんわりした軽やかさがある。その為に感情が読み取れない。天上人だからか、国務をガイシア陛下が行っているからか、セガン陛下からは浮世離れした感を感じる。
「はい。今回の打ち合わせはとても重要であり、今後のインシグニア嬢の行動を左右するものの為、私が強引に動きました」
そんな話をセガン陛下としている内に、会議室内の様子も慌ただしくなり、インシグニア嬢たちが部屋から出てきて、インシグニア嬢はおれの横で、俺と同じように膝を突く。これに勇気を貰い、ふう、気合い入れろ、俺! と顔を上げる。
セガン陛下の三人の部下から俺を見下すような視線を感じる。これが俺が膝を突いて見上げているからそう見えるだけなのか、本当に見下しているのかは分からない。セガン陛下自身は最初に顔を見た時と特に変わった様子はないが。
「セガン陛下に上奏したい旨があります」
「…………」
セガン陛下は国務、国政には携わらない。社交場でも他の貴族たちと距離を置いている。とアウレア嬢たちから聞いていたので、無反応なのは予想の範囲内だ。さて、これを言ったら、俺の処遇はどうなるやら。
「誠に申し訳ありませんが、今度の入学式でインシグニア嬢に歌奏をさせる旨、今後、国家のセレモニーで歌奏させる旨に対して、全て白紙にさせて頂きたく、今日ここへ参上しました」
「んな!? ふざけるな!」
「…………」
小柄な男性は先程の王城担当者と同じような反応だが、セガン陛下は沈黙を貫いている。表情からは何を考えているか読み取れなかった。




