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SPIRITS TIMES ARMS  作者: 西順


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38/70

時間切れ

「管楽器! ペダルの踏み込みが遅い! そのタイミングだと、楽器の最初の音に魔力が乗らない! ペダルを押すタイミングは、音を出す半拍前に揃えて!」


『はい!』


「弦楽器! 曲を弾くのに集中し過ぎ! ペダルがずっと押しっぱなしになってるよ! ちゃんと曲に合わせて強弱付けて!」


『はい!』


「打楽器も! 大きな音と小さな音でペダルを使い分けて! 大きな音出す時、音を出すのに気を取られて、ペダルの踏みが甘い!」


『はい!』


「合唱隊も! ペダルが加わって、合唱がバラバラになっているよ! しっかり声とペダルとを合わせつつ、他の歌手の歌声にも耳を傾けて! そこがバラバラになると、曲が崩れる!」


『はい!』


「じゃ! もう一回、歌い出しからいくよ!」


「済みません!」


 俺がオルガンを弾こうと鍵盤に手を置いたところで、誰かが声を上げた。聖歌隊の練習に集中していたせいで、中断させたの誰だよ? と思わず眉根を寄せて、声が発せられた方へ厳しい視線を向けてしまう。


「インシグニア様、フェイルーラ様、時間です! そろそろ王城に向かって頂かないと!」


 声を上げたのはティンパニ担当のインシグニア嬢の侍女だった。そう言われて、そう言えばこの後王城でも入学式の打ち合わせをねじ込んで貰っていたのを思い出した。それと同時に身体から気力が抜けて、ずっしりとした疲労感が襲ってくる。


(うっわ、だっる〜。これだけ練習した後に、更に王城で打ち合わせとか、想像しただけで更に身体が怠くなるわ〜)


 しかし行かねばならない。入学式の担当者を待たせては、こちらの意向など聞き入れて貰えないだろう。まあ、大聖堂のこの顛末からして、入学式の歌奏をキャンセルするのは難しい事は容易に想像出来てしまうが。


 俺は重怠い身体を引き摺りながら、オルガンのある場所から降りていく。途中、自分が汗だくなのに気付いて、空間魔法陣の描かれたグローブからタオルを取り出し、顔やら首やら腕やらを拭いていく。


 インシグニア嬢の方もそれなりに疲れたのだろう。ハンカチで顔や首などを押さえている。これが魔力量の違いか!


 はあ。と嘆息しながら、汗臭いまま、インシグニア嬢に近寄るのも憚れたので、香水を取り出して自分に振り掛ける。あれ? 昨日はどうだったかな? ジュウベエ君と決闘して、そのままだった? 動けなかったしなあ。汗臭い思いをさせてしまったかも知れない。


「お疲れ様です」


「お疲れ様でした」


 へにょんと笑いながらインシグニア嬢に近寄ると、向こうの笑顔もお疲れ気味だ。


「教皇猊下! 済みませんが、この後、王城で王立魔法学校の入学式での歌奏の打ち合わせが入っていまして、我々はここでお暇させて頂きたいのですが!」


「うむ。分かった」


 ん? 何か猊下の反応が最初より柔らかくなった気がするな。


「では聖歌隊の皆さんも、ここまでで」


『はい!』


 元気に返事してくれるが、皆もうボロボロだ。


「『契約召喚の儀』まではまだ一ヶ月程ありますし、こうなった以上、こちらも何度か合同練習に合流しますので、その都度、歌、演奏、ペダルの連動の練習して、楽曲の精度を高めていきましょう!」


『はい!』


 返事は良いが皆、これからの事に思いを馳せて苦笑いだった。


 ✕✕✕✕✕


「フェイルーラ様!」


 大聖堂の建物から出ると、いきなり声を掛けられた。疲れているので、誰だよ? と己の顔が険しくなるのを感じながらそちらへ視線を向けると、知った顔だった。


「マーチャルか」


 茶髪をぴっちりと七三にした紺色の瞳の身なりの良い少年が、トラックの方から駆け寄ってきた。トラックからは同じ制服を着た男性たちが何やら搬入中だ。


「何かお疲れです?」


「まあ、教会の相手は骨が折れるって事だ」


「ああ……」


 俺が軽く愚痴れば、何やら思い至る事でも思い出したのか、苦笑いとなるマーチャル。それも一瞬の事で、マーチャルの視線が俺からインシグニア嬢へ向けられる。


「インシグニア嬢、こちらはヴァストドラゴン家の御用商人の一つでもある、ワースウィーズ商会を任されているマーチャルです」


 これに、「ああ」と納得顔をするインシグニア嬢。


「マーチャル、こちらは俺の婚約者のインシグニア嬢だ」


「初めまして、ではないですね。お久しぶりと言うべきでしょうか? インシグニア様におかれましては、ご健勝のようで何よりです」


「ええ。いつも良質な商品を融通して頂き、ありがとうございます」


 マーチャルの言葉に応えるインシグニア嬢。


「え? 知り合いなの?」


 疲れのせいで、単純な疑問が口から(まろ)び出た。いや、王都でも商売していたら、顔を合わせる事もあるか。しかしこれに嘆息を漏らすマーチャル。


「何を言っているのですか。ワースウィーズ商会は、フェイルーラ様が立ち上げた商会でしょう? 顧客の貴族様方くらい覚えていて下さいよ」


「え? インシグニア嬢って、ワースウィーズ商会のお得意様なんですか?」


「え? ワースウィーズ商会って、フェイルーラ様が立ち上げられたのですか?」


 思わず互いに顔を見合わせてしまう。そして流れる沈黙。これは俺が説明した方が良いのか?


「……ええ、まあ。我がヴァストドラゴン領が、王国の食糧庫と呼ばれているのはご存知かと思われますが……」


 ヴァストドラゴン領は元々王国なので広い。それに基本的になだらかな平原がどこまでも続く立地なので、食料生産にとても向いている土地なのだ。故に小麦をはじめ、穀類に野菜、果物と、様々な植物系の食料生産が税収の主な収入源だ。


 もう少し詳しく説明すると、東の平原、ヴァストドラゴン領が野菜や果物や植物油、加工品などの生産、北のギガントシブリングス領はなだらかな丘陵地帯の為、野菜などの生産には向かないが、家畜を飼うには向いているので、牛、豚、羊、山羊、鶏など、様々な肉類や、乳製品、卵の生産、西のグリフォンデン領は、ギガントシブリングス領よりも急峻な山々が連なるが、鉄をはじめとした様々な鉱物の産地であり、南のタイフーンタイクン領は河川が多く、その氾濫などで食料生産には向かないが、海に面しているので、昔から漁業が盛んであり、近年は港湾が整備されて、ニドゥーク皇国など様々な他国から、貿易品のやり取りをしている。


「野菜の生産って、ロスが多いんです」


「ロス、ですか?」


 俺の説明に首を傾げるインシグニア嬢。


「はい。人間が食べれる部分は一部で、他は油を採ったり、家畜の餌としてギガントシブリングス領に売ったり、肥料にしたりと色々してきたのですが、それでも使われない部分と言うのがどうしても出てしまいまして……」


「ああ……」


 インシグニア嬢も思うところがあるらしい。ヴァストドラゴン領では取れる鉱物も限られるので、想像するしかないが、確か鉱物も全てがインゴットになる訳ではないらしいからなあ。掘り出しても、ロスが出るのは理解しているのだろう。


「それで、近年では、タイフーンタイクン領から、他国の希少な食品類や香辛料などが流入してくるようになり、ヴァストドラゴン領としてはそれに対抗しないといけなくなったので、使わないもの。使用頻度の低いものをどうにか出来ないかと考えて、肌に優しい美容品類や、QOL、生活の質を向上させるものを中心に、様々な商品開発を行っている訳です」


「そうだったのですか」


「まあ、領としては王国を飢えさせない為に、野菜などの安定生産が第一なので、こっちは少しでも黒字になれば及第点だったんですけどねえ」


「王都では、美容品や部屋に焚く香などが貴族を中心に売れ、そこが発信源となって市井でも評判ですよ。タイフーンタイクン領でも、他国との交易品に加えられているくらいです」


 マーチャルの説明に、そんなに売れていたのか。と感心する。開発に注力していたし、商会の売り上げの数字だけ見ても、実感なかったんだよなあ。


「では、昨日や先程使われた香水も?」


「ええ」


 どうやら昨日も香水を使ったらしい。誰か、ブルブル辺りが振り掛けてくれたのだろう。


「こちらの商品は、ただ汗と混ざって良い香りを放つだけでなく、虫除け効果のある草も含まれているので、寝る前などに、部屋に振り掛けるだけでも、良い睡眠の手助けとなる代物です」


 ここぞとばかりにマーチャルが説明を加える。商魂逞しいねえ。


「興味がおありでしたら、私の余りで良ければ、試供品として差し上げますよ?」


「あら、本当ですか?」


 インシグニア嬢の口角が上がる。興味があったようだ。


「それでしたら、私が出しますが?」


 マーチャルとしても、お得意様に商品を覚えて貰う機会を逃すまいと、上着の内側の空間魔法陣から、何やら取り出そうとしているが、


「マーチャルがここにいるって事は、大聖堂にマナポーションを納めに来たのだろう? そっちを優先しろよ」


 と俺が指示すると、ハッとこの場に来た理由を思い出したらしい。


「そうでした! フェイルーラ様! 大口契約、ありがとうございます!」


「たまたまだよ」


「いえ、流石です! では、私はこの場を失礼させて頂きます! ですが、皆様お疲れのご様子! ですので、これだけはお納め下さい!」


 マーチャルは空間魔法陣から四つのポーションを取り出すと、一礼しては慌ただしく俺たちの前からトラックの方へ駆け出していった。


「あの歳でもう商会を任されているのですね」


「まあ、私が立ち上げた商会なので、彼の親を巻き込む訳にもいかず、ですね。まあ、彼も王立魔法学校志望ですから、学校でまた会うでしょう」


 俺は肩を竦めながら、先程から車の後部座席のドアを開けたままの運転手とともに、苦笑いするのだった。


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