上下関係は気にするらしい
「お会い出来て光栄です、マルカッサン教皇猊下」
俺は左手を胸に当てて礼をする。
「いや、こちらこそ、『歌姫』の未来の婿殿にお会い出来て嬉しく思います」
結局、ゴネた大聖堂側が折れ、俺は教皇猊下にお目通し出来る事となった。俺がゴネた結果。とも言う。
教皇と挨拶を交わす。態度こそ朗らかだが、その目が笑っていない事は一目瞭然だ。しかもこちらは立っての挨拶だが、向こうはソファでふんぞり返っている。後ろに二人の見目麗しい神官を従え、運動不足と贅沢な食事のせいで出来上がったであろう丸い身体が、どっしりとソファに沈み込んでいた。
しかし、控え室もそうだったが、この教皇の執務室も豪華だ。基本的に執務室なんてのはその名の通り事務仕事をする場所なのだから、ゴテゴテに飾り付ける事などしないのだが、この部屋は金銀魔石を使った装飾品が至るところに置かれており、控え室よりも豪華だ。
「では、猊下にも挨拶出来ましたので、失礼させて頂きます」
俺がそう口にすれば、教皇猊下の態度も先程よりは険が取れた。早々に俺が退出するのが嬉しいのだろう。まあ、ただ挨拶するだけなら後日にしろ。と顔に書いてあるが。
「では、行きましょうか、インシグニア嬢」
「はい」
「んなっ!? ちょっと待ちなさい!」
俺がインシグニア嬢とともに退出しようとすると、慌ててこれを引き止める教皇猊下。
「何か?」
「何か? ではない。インシグニア嬢は今日、ここに『契約召喚の儀』で歌奏する曲の打ち合わせに来たのだ。君が帰るのは構わないが、インシグニア嬢を連れ帰るな」
慌てて身体をバタバタさせているが、ソファがふかふかだからだろう。バタバタするばかりで立ち上がるのにも苦労していそうなのが、俺からは滑稽に映る。
「ああ。そう言えば、そうでしたね。あんまりにも控え室で長く待たされていたものだから、てっきり訪問した理由は話した後だと勘違いしていました。『契約召喚の儀』でインシグニア嬢は歌奏をしません。では」
「ちょッ! ちょちょちょちょちょちょっと待ちなさい! 何を勝手に、決定事項のように自分の用件だけ述べて帰ろうとしているのだ!」
「あ、理由が聞きたかったんですか。インシグニア嬢が今期の王立魔法学校の入学生だからです。では」
「では。ではない! 勝手に約束を反故にするなと言っているのだ! 馬鹿なのか君は!」
馬鹿を演じてはいるが、だからと言って四大貴族の息子を馬鹿呼ばわりとは、教皇猊下(笑)はどれだけ自分が偉いと勘違いしているんだ?
「う〜ん、そう言われましても〜、だって〜、新入学生の為の『契約召喚の儀』じゃないですか〜? それなのに〜、何で同じ入学生の〜、インシグニア嬢が〜、大聖堂で〜、歌奏しないと〜、いけないんですか〜? 酷い仕打ちなので〜、お断りしま〜す。では」
「だから、では。ではない!! ふざけているなら、君だけ退出しなさい!! ここは子供の遊び場ではないのだ!!」
おお、おお、人間ってあそこまで顔が真っ赤になるんだな。
「そうですね。私たちはまだ未成年。正式なセレモニーを飾るには不適切ですよね。インシグニア嬢、では退出しましょう」
「違う違う違う!! そうではない!! インシグニアだけ、ここに置いていけと言っているんだ!!」
丸い身体がソファで暴れて、まるで子供が駄々をこねているかのようだ。後ろの神官たちもそんな教皇猊下の姿にオロオロしている。
「インシグニア? 家族でもないご令嬢を教皇猊下ともあろうお方が呼び捨てですか?」
「お前には関係ないだろう!!」
関係大ありだが? こちとらインシグニア嬢の婚約者なのだが?
「兎に角! インシグニアの……」
「インシグニア『嬢』です」
「……ぐぐっ、インシグニア『嬢』の歌は神より遣わされしものだ! 神聖なる『契約召喚の儀』で歌う義務がある!」
義務ときましたか。
「はあ。そう言われましても。インシグニア嬢の歌奏が素晴らしいのは理解していますが……」
「ならば何故儀式で歌う事を止めさせようとするのだ!」
「え? 私の話を聞いておられなかったのですか? インシグニア嬢が新入学生だからですが? 何で祝われる側が、祝わないといけないんですか?」
自分に都合が悪い事は聞き流すタイプだな。何かさっきも相手したなあ。ジュウベエ君とかジュウベエ君とか。
「だから、インシグニアの……」
「インシグニア『嬢』です」
「インシグニア『嬢』の歌は神より遣わされしものだと……」
「デウサリウス神が、自らそう仰られたのですか?」
俺がそう口にすれば、教皇猊下も押し黙る。インシグニア嬢の歌を神より遣わされしものと称したのは、デウサリウス神の神託ではなく、教皇猊下個人だからだ。
「正式にデウサリウス神より、インシグニア嬢の歌奏が、デウサリウス神より遣わしたものだと証明されましたら、またご指名下さい。では」
「待ちなさい!!」
うざい。何が何でもインシグニア嬢に歌わせたいらしい。俺が辟易しながら教皇猊下を振り返ると、後ろの神官二人が真っ青な顔をしている。どう言う事? ちらりとインシグニア嬢を横目で見ても、微かに震えていた。あ、これもしかして教皇猊下が殺気でも放っているのか? そう思えば、室内の魔力濃度が濃くなった気がする。
父上の竜の武威に慣れているせいで、今、教皇猊下がどれだけの殺気をこちらに放っているのか分からない。まあ、分かったところで、教皇と言う役職の人物が、殺気を放って良い訳ないが。取り敢えず、インシグニア嬢を落ち着かせる為に、僭越ながらその手を握らせて貰う。これで少しでも落ち着いてくれたら良いが。
「では、インシグニア『嬢』を聖女認定しよう」
今度の教皇猊下の言葉はここまでの言葉遣いと違い、重く低い響きがあった。だから何だって話なんだけど。自分が本気で、真剣な素振りでもアピールしているつもりかな?
「馬鹿にしています?」
「んなっ!? 馬鹿にしているのはどっちだ!! 聖女だぞ! 聖女!!」
「え? だって、聖人聖女認定するには、教皇猊下の認定だけでなく、枢機卿の半数以上の賛成がないと認められないじゃないですか。それもテレフォンではなく、正式にここ大聖堂に集まって決める一大行事のはず。それを一ヶ月後の『契約召喚の儀』までに世界中に散らばる枢機卿を集めて、聖女認定まで持っていける訳がない」
俺が真っ当な反論をすると、俺以外の全員が目を見開いて驚いている。何これ?
「お詳しいのですね?」
インシグニア嬢は、聖人や聖女がどのように認定されるのか知らなかったようだが、向こうの三人が知っていないのはおかしい。仮にもデウサリウス神の神官なのだから。あれ?
「今の発言って、こちらを騙す意図があったんじゃ? 教皇猊下ともあろうお方が、未成年の少女相手に騙ろうとされたのですか?」
聖職の人間が、信徒に嘘を? それも教皇が? 自然と俺の目付きが険しくなるのが、自分でも分かる。
「ち、違う……!」
「何が違うと言うのです?」
「インシグニアを……」
「インシグニア『嬢』」
「インシグニア『嬢』を聖女認定する件は、確かに教会内で出ているのだ。後は枢機卿の賛成を勝ち取るだけで……」
「それを世間では騙りと言うのですが? 幾ら世俗から離れているからと言って、言い逃れにしても厳しいですね」
きっとインシグニア嬢を聖女になんて話も、この大聖堂内で噂話として上っている程度だろう。はあ、もっと誠実なら、こちらにも譲歩する用意もあったが、この教皇猊下の下でインシグニア嬢を働かせるのは俺的に無理だ。とは言え、あの丸いの、俺の話では聞き入れないだろう。
「済みません。口が過ぎました」
「おお! 分かったかね!」
俺がそう口にすれば、自身の騙りがバレて汗だらだらだった教皇猊下の顔も明るくなる。が、俺はまだインシグニア嬢を『契約召喚の儀』で歌奏させる気はない。
「一信徒の話など、聞き入れて貰えない事が理解出来ました。済みませんが、テレフォンをお貸し頂いても宜しいですか?」
「…………何をするつもりかね?」
教皇猊下の目が座る。警戒しているなあ。
「いえ、信徒の話に耳を貸さないなら、もっと上の立場の方からなら、聞き入れて貰えるかと思っただけです」
「ははは。好きにすれば良い」
どうやら教皇猊下からしたら、馬鹿な信徒よりも、神官を相手にする方が与し易しと考えたらしい。神官に執務机からテレフォン本体を持ってこさせて、テーブルに置く。
俺の付き合いのあるデウサリウス教の神官で、一番位の高い人物など一人しかいない。テレフォンでヴァストドラゴン領の領都ドラゴンネストにある聖堂へ繋ぐ。
「あ、ボールス卿ですか? フェイルーラですけど」
俺がテレフォン先の相手の名を口にしただけで、教皇猊下も二人の神官もギョッとする。まあ、まさか教皇猊下も枢機卿の名前が出てくるとは思わなかっただろう。しかもボールス枢機卿の名が。
俺は埒が明かない話し合い? に終止符を打つべく、ボールス枢機卿にこれまでの経緯を説明したのだが、
「え? 決定事項なのだから、今回は従え? いや、でもですね、インシグニア嬢の負担が……、え? なら俺が支えろ? ……はい。はい。分かりました。まあ、それなら……」
俺が渋い顔となるのと対照的に、明るくなる教皇陣営。まさかこんな事になるとは。俺は一度受話器から顔を離して、インシグニア嬢に確認する。
「あの、大聖堂のオルガンを私が弾くなら、って言われたんですけど、インシグニア嬢はそれでオーケーですか?」
「是非!」
オーケーらしい。何か声が弾んでいるし。オーケーならって事で、またテレフォンに戻る。
「インシグニア嬢もオーケーらしいので、俺がオルガン弾くのも吝かではないのですが、大聖堂……、いや、教皇猊下が何と言ってくるか……」
側のソファに身体を預ける教皇猊下は不満顔だ。まあ、いきなりどこの馬の骨とも分からん奴に、神聖な儀式を掻き乱されたくはないよなあ。
「え? はい。分かりました。猊下、ボールス卿が話があると」
「うえっ!?」
まさかそんな展開になるとは思っていなかっただろう教皇猊下が、慌てて俺から受話器を奪い取る。
「はい。マルカッサンです! いえ、いえ、お世話になっております! はい。はい。え? インシグニア嬢をセレモニーに出すのは今回限りにしろ? いや、今後も行事が……、いえ! はい! はい! 分かりました! ……え? こいつを、いえ! フェイルーラ君をマエストロ扱いですか? いえ、問題ありません!!」
問題ないんだ。そしてボールス卿の教皇猊下への最後の言葉は、「コンクラーベを楽しみに待っていなさい」で締め括られた。
何か、変な方向に話が進んでしまったなあ。




