おもてなし
「はいはい。ブルブルもジュウベエ君を苛めるのはそれくらいにして。インシグニア嬢たちが楽しく昼食摂れないよ」
これにハッとなったブルブルが、こちらに頭を下げると、無言で給仕に回る。
「ジュウベエ君も。ブルブルが言った事は正しい。私の派閥は実力主義だ。たとえ将軍家の子息であろうと、もし君が君の派閥の少年たちよりも使えないなら、私はそれ相応の対応をするよ。まずは、シャミセンの腕前から見させて貰おうか」
俺の挑発に歯ぎしりしたジュウベエ君は、ドスンと椅子に座ると、こちらの指示を待つ事なく、シャミセンを鳴らし始めた。はあ、受験では試験官の合図で弾き始めないとならないのに。ちらりとグーシーへ視線を向けると、後で説明しておきます。とばかりに、首肯するグーシー。聞き入れてくれると良いけど。
「はあ、それじゃあ、食事を始めましょうか」
インシグニア嬢も苦笑気味だ。そりゃあそうなるよねえ。
ジュウベエ君たち五人のシャミセンの実力は、それなりだった。下手ではないが凄く上手かと言われれば、インシグニア嬢のように魅了する程ではない。
「やはり、異国情緒と言うのでしょうか? 独特なメロディですね」
「ええ。深い余韻がありますし、独特な間や掠れもあります。なりより、半音階がなく、音階の数が七音階ではなく五音階ですね」
「それも曲によって抜けている音階に違いがある」
「それも関係しているのでしょうか? 一曲の中に繰り返しが多くて、耳心地が良いですね」
「そうですね。でも、途中に変調を挟む事で、飽きさせない工夫がされています」
初めて聴くシャミセンの旋律に感嘆を漏らしながらも、俺たちは食事をする手は止めず、ジュウベエ君の、「屈伏させてやる!」と言う意気込みを感じる演奏を食事の話題にして、三十分で食べ終えた。
✕✕✕✕✕
「……はあ、はあ、くうッ。普通に食事しやがって」
曲を三十分奏でると言うのは、とても大変な事だ。息の上がったジュウベエ君が、普通に食事を終えた俺たちに、恨みがましく半眼を向けてくる。
「うん。中々どうして、上手だったよ。これなら受験で加点が貰えるんじゃないかな?」
「はい。途中で音が外れた部分もありましたが、恐らく試験官さんたちもシャミセンには精通しておられないでしょうから、気付かないかも知れません」
「バレてる!」
インシグニア嬢の指摘に、ビクリとするジュウベエ君たち。
「はは。まあ、『歌姫』だからねえ。それに曲に繰り返しが多いから、前回と今回で違うな? と初見でも思うね。それが正しいのか間違えたのかは判断付かないところだけれど」
「フェイルーラにもバレてる!?」
ジュウベエ君が頭を抱えた。まあ、面白いものが聴けたので、今回はそれだけで満足だよ。今回は、ね。
「入学が決まったら、飽きられないように、新曲も練習した方が良いだろうね」
「俺はこんな事より闘いたいのだが?」
「残念だけど、今期のヴァストドラゴン寮にはインシグニア嬢が入寮するからねえ。これまでの生活よりも、音楽に時間を取られる事になるのは確定だね」
これにまた頭を抱えるジュウベエ君だった。
✕✕✕✕✕
「さて、第一の正念場か」
車で荘厳な大聖堂に乗り付ける。大聖堂で働く、神官たち尼官たちが一斉に出迎え、インシグニア嬢が車から降りるなり、頭を下げる。これだけでインシグニア嬢が大聖堂でどれだけ重宝されているかが窺える。
インシグニア嬢と侍女二人に続いて俺が降りると、怪訝な顔、いや、不快な顔をされた。神官たちがして良い顔ではないと思うけど? 因みに俺は側近のグーシー、アーネスシス、ブルブルを連れていない。余計に警戒されると思ってだ。まあ、三人には、ジュウベエ君たちの午後の勉強を見て貰わないといけなかった。と言うのもあるが。
「インシグニア様。婚約者様の同席は許可されなかったはずですが?」
「フェイルーラ様が、どうしても。と望まれましたので。やはり無理でしょうか?」
「直ちに教皇猊下にお伺いしてきます。その間、控え室で待っていて頂く事となります」
服装からして、大司教と思われるお偉いさんが、そんな事を口にしながら、部下の神官を使いに出す。インシグニア嬢に頭を下げてはいるが、その視線はこちらを向いており、また、すこぶる厳しい。
午前中にインシグニア嬢に、大聖堂への同行の許可を貰おうと、大聖堂へテレフォンをして貰ったが、許可は下りなかったのだ。それなのに恥知らずにも同行してきた俺を、快く思わないのは当然だろう。
✕✕✕✕✕
「…………贅沢だな」
本番で歌奏を行う大聖堂の礼拝堂には入らず、裏口より横の通路に反れて、関係者通路を通って、控え室に通された。
控え室は床にふかふかの絨毯が敷かれ、ソファやテーブルも上等。壁には絵画なども飾られている。上から垂れ下がるシャンデリアもキラキラだ。多分インシグニア嬢がいるから、このような上等な控え室に通されたのだろう。俺が来たところで、もっと質素な控え室に通されたはずだ。そもそも、地元の聖堂にはこんな贅を凝らした控え室などない。
ヴァストドラゴン領の聖堂を預かるボールス枢機卿は、質素倹約を常とすると言うか、清貧を美徳とすると言うか、神に使える者ならば、世の為人の為にこそ尽くすのが正道である。を地で行くお方だったから、こんな贅沢な控え室に俺は違和感しか感じない。
「どうぞ」
尼官の一人が、ソファに座る俺たちの為に、お茶とお茶菓子を持ってきてくれた。またチョコ菓子だ。まあ、インシグニア嬢が来ると分かれば、その好みのものを用意するのは当然と言えば当然なのだが、チョコ菓子は高級品だ。やっぱり違和感しかない。
聖なる場所で高級品のチョコ菓子に手を付けるのが躊躇われたので、お茶を飲もうとしてカップを手に取り、口元まで持ってきて、俺の手が止まる。
(この香り、オブリウスのところの最高級品じゃないか)
オブリウスの地元、シルキーティーリーヴス領は、その名の通り、絹と茶葉の名産地だ。そこの最高級品ともなれば、たかがお茶も馬鹿にならない値段となる。そもそも流通量的に、貴族でも一年の行事で最たるものである聖誕祭の日に飲むものだ。こんな、音楽の打ち合わせで飲めるものではない。
ちらりとインシグニア嬢の方へ目をやると、口元を嬉しそうに歪めてお茶を飲んでいる。所作に違和感がない事から、ここに来るといつもこのお茶が出されているであろう事が窺えた。
「…………」
はあ。貴重な茶葉を無駄にするのも憚られる。お茶は飲んでおこう。一口くぴり。…………苦味や渋みがまるでなく、砂糖も加えられていないお茶なのにまろやかにして甘い。そして鼻を抜けるこの薫香。草原を駆ける爽やかな春風に花の香りが溶け込み、心を落ち着かせる。流石はオブリウスのところの最高級品だ。いつ飲んでも極上の味わいを堪能出来る。
などと心の中でソムリエの如くお茶の感想を呟いていると、控え室の扉がノックされた。
「どうぞ」
俺が呼び込むと、まだ若い神官が現れた。
「教皇猊下とインシグニア様が打ち合わせをしている間、フェイルーラ様に大聖堂内部を案内せよ、とのご下知を受けました」
ふ〜む。どうやら俺は教皇猊下からかなり警戒されているらしい。
「私もインシグニア嬢と同席します」
別に大聖堂の内覧なんていつでも出来る。
「いや……」
「私も、フェイルーラ様の同席を望みます」
何やら言い掛けた神官だったが、インシグニア嬢にこのように言われては、それを否定出来ないようだ。何度か目を泳がせた後、
「もう一度、猊下にお伺いして参ります」
と扉を閉めて退席していった。はあ。王都はいちいち面倒臭い。これと比べれば、自領での生活がどれだけ気が楽だったか分かると言うものだ。などと思いながらまたお茶を一口。……う〜ん、美味しい。




