静かな人を怒らせてはならない
「おお……」
ジュウベエ君たちは、食べるのも忘れてインシグニア嬢らの歌奏に見入っているが、それでは困る。普段の社交場なら二〜三時間で食事や団欒をするものだが、受験では三十分と短いのだ。その短い時間で、テーブルを同じくした他の受験生たちと団欒しながら優雅に食事をする事になる。音楽を話題にしても、それに聴き入っている時間はない。
俺が少しばかり眉根を寄せてジュウベエ君を見ると、それに気付いたのか、ハッとなるジュウベエ君。テーブルにはうちの派閥の者二名が同席しており、二人に話し掛けられていた事に、どうやら今気付いたらしい。
「今、曲を聴いていたのだが?」
うん。「曲を聴いていたのだが?」じゃないのだが? 曲を聴いているから邪魔するな。じゃないのだが? 俺の視線はジュウベエ君を見ると言うより、睨む形に自然と変化していく。これに対して、あれ? 俺、何かやっちゃいました? みたいな反応をされても困る。
「同席の者と会話をしながら食事をして下さい」
困ったグーシーが、ジュウベエ君にはっきり言葉を叩き付ける。どうやら、迂遠な言動ではジュウベエ君に通じないと学習したようだ。
「受験での食事時間は三十分です。その間に同席の者と会話を弾ませ、食べ切らなければ、食事は下げられ、午後の受験に響きます」
「食べるのは分かったが、え? 会話?」
混乱したように眉根を寄せて、グーシーの発言に首を傾げるジュウベエ君。これにグーシーも眉根を寄せる。
「先程、フェイルーラ様が仰られていたでしょう? これはただの昼食ではないと。社交場での態度を見る試験の一環なんです。貴方は社交場で、同席の者と葬式のように黙り込んで食事をするおつもりですか?」
珍しい。グーシーに苛立ちが見える。どうやらグーシーとジュウベエ君は相性が悪いようだ。それでも同じヴァストドラゴン寮となるので、何とか折り合いを付けて、ともに寮生活をしていかないといけないのは大変そうだ。と言うか、ジュウベエ君は魔力量や戦闘力は問題ないが、あの態度では魔法学校でも問題起こしそうで俺も困る。…………俺も他人の事言えないけれど。
「グーシー、もう良い。ジュウベエ君、君たちの食事時間は終わりだ」
「は? ちょ、待てよ! まだ三十分経っていないだろ!?」
俺はそう発言して、演奏を打ち切る。
「言ったよね? これは受験勉強だと。何で真面目に受験勉強をしない君たちの為に、こちらが時間を無駄にしないといけないの? こっちだって午後に予定があるんだよ。周囲の意見も聞かず、我儘を通すだけの君たちに付き合って上げる時間なんてない」
「いや、それは…………、済まなかった」
俺の言葉を噛み砕き、ここで謝罪出来るのはジュウベエ君の偉いところだけれど、それでも時間切れだ。
「悪いけれど、今言ったように、こちらにも予定があるんだよ。君らに会わせていたら、こちらが不利益を被る。食事のマナーは夕食時にするとして、ジュウベエ君たちはシャミセンの用意して貰える?」
「え? ちょ、おい!?」
俺の言葉に従うように、テーブルに並べられた、まだ手を付けられていない食器を片付けていくうちの派閥の面々に、止めるようにジュウベエ君が声を掛けるも、それを聞き入れるうちの派閥ではない。
「マジかよ。午後の勉強どうするんだよ?」
俺に聞かれてもねえ。
「空腹のまま、夕食まで我慢するんだね」
「いやいや、俺はまだ良いが、派閥の奴らはキツいだろ」
「君の派閥の事情をこちらに言われても。君の派閥の事なのだから、君がどうにかするのが筋だろう?」
「筋だろう? って食事を取り上げたのはそっちだろ!?」
「受験対策を何もしてこなかったのはそっちだろう? 今日は受験前日だよ? 他の受験生たちは、もう受験対策を終えている頃なんだよ。ここで足掻いているのがそもそもおかしいんだ」
「ぐっ」
俺の正論に、言い返せないジュウベエ君が下唇を噛みながら俺を睨むが、それでもここでのらりくらりしている時間はない。
「さっさとシャミセンの用意を」
「…………分かったよ!」
苛立ちを隠す事もなく、小舞台に向かうジュウベエ君とその派閥の四人。はあ。彼らは何をしにこの国に来たのやら。あれじゃあどの寮に入寮したところで、お荷物確定だ。
「アーネスシス」
「はい。分かっています。午後の勉強前に、それとなく、隠れて携行食を食べさせましょう」
「気を使わせて悪いね」
「彼らを入寮させるのは、フェイルーラ様の決定ですから」
俺を立ててくれるのはありがたいが、その苦労に報いるだけの恩賞を与えられれば良いんだけど。せめて、魔法学校卒業後に職や縁談に困らないように動こう。
「……済みません。何度も何度もバタバタと」
インシグニア嬢に、先程と同じ言い訳をしながら、テーブルの椅子を引き、彼女が座り易いようにする。
「いえ、苦労なさっているのは、私よりもフェイルーラ様でしょう?」
椅子に座りつつ、俺の事を慮ってくれるが、振り回している自覚があるので、インシグニア嬢へ向ける笑顔がやや苦笑になってしまう。うう、もっとスマートに行きたい。
「あいつ、女に甘いよな」
俺たちがそんな会話している一方で、小舞台に椅子を用意してきたブルブルに、ジュウベエ君がそんな愚痴をこぼす。
「先程から、何様のつもりですか?」
滅多に喋らないブルブルが、ハスキーな声でそんな棘のある言葉をぶつけてきたので、目を見張るジュウベエ君。ブルブルだけではなく、うちの派閥の女性陣が、物凄い形相でジュウベエ君を睨んでいる。これには身を縮めるジュウベエ君。
「貴方が将軍の子息か何か知りませんが、フェイルーラ様も四大貴族家の子息です。同等である自覚があるのですか? それとも、昨日の今日で、まだあんな魔力量の奴は格下だとでも仰るつもりですか?」
「え? いや、そんな事は……」
「そんな事は、何です? 私から見れば、昨日とまるで態度が変わっていないようにしか見えません。自身の失敗の責任を、さもフェイルーラ様のせいかのように語り、擦り付け、自分たちが上手くいかないのはフェイルーラ様のせいだと罵る。昨日もフェイルーラ様は仰られましたよね? 自分の落ち度を楽な方法で解決しようとするな、と」
「は、はい」
「それだと言うのに今日も愚痴愚痴と口を開けば文句ばかり。こちらの方がお聞きしたい。貴方、ご自分が将軍家の子息で、派閥のボスである自覚があるのですか?」
「いや、それは、勿論」
「勿論? 勿論ありませんよね」
「あるよ」
「ご冗談を。派閥のボスである自覚のある人間と言うのは、フェイルーラ様のような方を指すのです。フェイルーラ様と貴方の態度を比べれば、その差は魔力量差を差し引いても天と地程に差がある」
「…………」
「フェイルーラ様が女に甘い? 違います。世の男性方が、女を男よりも格下に見ているから、フェイルーラ様の行動が女を立てているように見えるだけです」
「…………」
「断言しておきますが、フェイルーラ様の派閥は実力主義です。男だとか、女だとか関係ありません。フェイルーラ様は、その実力に応じた対応をなされる方なのです。フェイルーラ様は女に甘いのではありません。正当に評価なされているだけです」
「……………………はい」
普段静かな人って、怒らせると怖いよね。




