気が抜けない
「ただいま〜」
「お帰りなさいませ」
昼前にヴァストドラゴン領分館に戻ってくると、グーシーがお出迎えしてくれた。グーシー一人だけなのは、他の面々が勉強部屋で部屋中だからだろう。インシグニア嬢とその侍女二人がいても何も言わない。むしろ当然と言う形で、彼女たちを分館内に招き入れた。
「ブルブル嬢、今度はいつ会えますか? また明日来ても良いですか?」
「迷惑です」
ブルブルに代わって俺が断言すると、お前には聞いていない。とばかりに俺を睨んでくるオブリウス。何も聞かずに俺たちを送ってくれたオブリウスには感謝しかないが、分館のエントランスでイチャイチャされても迷惑だ。
「はいはい、こっちは予定詰まっているんだから、時間取らせないでよねえ」
「ぐぬぬ」
睨まれても、俺の側近であるブルブルの予定は変えられない。まあ、グーシーとアーネスシスと三人で回しているので、休日はあるが、教えると絶対にオブリウスがやって来るので、教えてやらない。
「じゃ、ありがとうございました〜」
ハンカチをひらひらさせながら、最後に俺が分館に入ると、グーシーは当然のようにオブリウスをその場に置き去りにして玄関扉を閉めたのだった。
✕✕✕✕✕
「どう?」
「純粋数学、実用数学は皆さん高レベルなのですが、魔法学、魔法工学、精霊学と組み合わせると、ミスが増えます。それと留学生なので国語の代わりに論文となるのですが、スペルミスとそもそもスペルを知らない場合があります」
勉強部屋に入るなり、グーシーに進捗具合を尋ねると、そのような応えとともに彼らが解いた問題集のバラを渡してくれる。
それらをパラパラと捲っていけば、どこでミスが出ているか分かる。数学は確かに高レベル。いや、下手したらアダマンティアの学生よりも上か? それなのに魔法学や魔法工学、精霊学でミスが出るのは、やっぱり度量衡の単位が違うせいだろう。自国の単位と違うから、そこで計算ミスが出ているのが分かる。
論文もスペルミスが点在している。まあ、俺もニドゥーク皇国の名前をしっかり発音出来ないのだから、彼らを責められない。
「ニドゥーク皇国の度量衡がどんな感じか分かった?」
「はい。ワースウィーズ商会がタイフーンタイクン領を通してニドゥーク皇国と交易を行っており、そこから取り寄せました」
「じゃあ、それを元に、この国の度量衡とニドゥークの度量衡の単位換算問題を作成して。数学が高レベルなら、度量衡の反復学習をさせた方がミスが減るだろうから」
「分かりました」
「それから、論文も、スペルミスで減点とかお粗末だから、これまでの論文問題で頻出しているスペル集を作成、その反復学習でスペルミスがなくなってから、小論文を幾つも書かせる方向で」
「分かりました。皆、聞いた通りだ」
『はい!』
うちの派閥は元気が良いねえ。
「これから昼食だから、半数は残って問題作成。ジュウベエ君たちは昼食だよ」
「やっと休憩かあ……」
俺が指示を出すと、ジュウベエ君とその派閥の少年たちが一斉に伸びをする。まあ、ジュウベエ君派閥は、外で元気に走り回るタイプっぽいもんなあ。でも、
「休憩じゃないよ」
「は?」
やっと受験勉強から解放されると思っただろうが、この国の最高峰の学校に入学するにはまだ足りないものが多い。
「言ったろう? 礼儀作法の問題があるって。実際の受験でも、昼食風景は試験官の目視の下に行われる」
「マジかよ?」
これにがっくり項垂れるジュウベエ君たち。
「大マジだよ。確かジュウベエ君たちはシャミセンなる楽器が出来たよね?」
「一応な」
「昼食は交代制で、歌奏が流れ、ダンスが踊られる中で行われる。歌奏やダンスも受験生が行う。先に歌奏となるか、先に昼食となるかは当日にならないと分からない」
凄く嫌そうだけれど、試験なんてものは嫌なものだ。試験を解くのが好きな人間なんてほぼいないだろう。
「昨日、歌奏は絶対じゃない。って言っていなかったか?」
「うん。歌奏は国内貴族は絶対だけど、一般受験生や留学生は申告制だね。で、当日、受験前に試験官に、どの楽器が出来るか、どの歌を歌えるか、どのジャンルのダンスを踊れるか申告する事になる。シャミセンが弾けるのは恐らく君たちだけになるだろうから、四人は一緒に演奏する事になるだろうね」
「成程?」
余りピンときていなさそう。
「昨日も言ったけど、この国の社交場では、歌奏はとても地位が高い」
「……みたいだな」
ジュウベエ君の視線が、俺の斜め後ろにいるインシグニア嬢に向けられる。
「だから、受験の点数分配も結構高得点になっているんだ。やりたくなくても、シャミセンは披露した方が良い。そうすれば、計算ミスやスペルミスをカバー出来るから」
「ああ、そう言う事か」
納得出来たようだ。
「ジュウベエ君自身も、ここで覚えておかないと、受験に出るって事は、それを通過した前提で魔法学校の授業内容は組まれるって事だから、入学後に困るのはこの四人よりも、矢面に立つ、四人のボスであるジュウベエ君かも知れないよ?」
「それで俺様も受験勉強させられていたのか」
今になって納得したらしい。ちらりとグーシーへ視線を向けるも、軽く首を振られてしまった。恐らくグーシーは何度となく説明したのだろうが、ジュウベエ君は問題を解くのに必死で聞き流していたのだろう。目に浮かぶ。
「今日の昼食は、私とインシグニア嬢が先に歌奏を披露するから、ジュウベエ君たちは食事マナーに気を付けて昼食を」
「……おう」
待ち遠しかった昼食だろうけれど、そんな時でも気を抜けないのが、アダマンティア王立魔法学校なのだ。
✕✕✕✕✕
いつも使う小食堂ではなく、来客用の大食堂へ移動する。
「済みません、バタバタと」
楽器を演奏する為に、大食堂には付き物である小舞台で楽器の用意を始めるインシグニア嬢に、今のうちに謝っておく。振り回してばかりだ。
「いえ。私の派閥の者たちにも、昨日、フェイルーラ様から頂いた、対策問題集を渡したのですが、とても分かり易く纏められており、勉強が捗ると、皆言っていました」
口角を上げるインシグニア嬢に、ホッとする。その辺だけでも役に立っていたなら良かった。まあ、そのお腹に掲げる八弦のエラトは厳ついが。
どうやら侍女さん二人も大聖堂で演奏するらしく、一人は縦笛のクラリネットで、もう一人なんて打楽器(太鼓)のティンパニだ。四つの太鼓を前に、先がフェルトで覆われたバチを持った侍女さんが、音程を調節している姿は、中々に堂に入っている。
「大聖堂では、何を弾く事になっているんですか? やっぱり『主より、大地に満つる喜望』ですか?」
「いえ、『夜明け、始まりの陽射し』です」
「うわ〜お……」
え? いや、格好良い曲だし、好きだけど、あんな難しい曲を弾くの? しかもインシグニア嬢は歌もあるよね? 凄え自信満々な感じだけど。いや、自信があるのだろう。
「では、私は四弦のエラトで伴奏と言う事にさせて下さい。主線はインシグニア嬢で」
「苦手でしたか?」
インシグニア嬢は俺が六弦のエラトを弾ける事を知っている。だからだろう、四弦を選んだ事に首を傾げた。
「オルガンならバッチリなんですけど、エラトとなると………」
「ああ」
これを聞いて納得してくれた。昨日ピアノを弾いた事で、俺がエラトよりもオルガンの方が得意だと思ったのだろう。実際は六弦のエラトで弾けるけど、インシグニア嬢と並んで主線を弾く勇気がない。情けないなあ、俺。




