お呼びが掛かる
「う、う〜〜〜ん、やっと着いたあ」
列車から降りるなり、グンと背伸びをする。着いたのが王都でも大きな駅である為か、王都の玄関口らしく、広くて立派だ。各所の装飾なども凝っている。しかし、ここまで長かったなあ。
ヴァストドラゴン領は王領と一つの領を挟んで隣りにあるとは言え、領都ドラゴンネストから王都アダマンタイタンまで、長距離急行列車で四日である。王領が大き過ぎなんだよなあ。王領は王家の威を見せ付けるかの如く、他領全てを合わせたくらいの大きさがある。王族とその親族で管理運営しているそうだが、色々大変そうだ。
「ここからバスだっけ?」
「はい。バスでヴァストドラゴン領の王都分館へ向かう手筈となっています」
グーシーが俺の補佐として色々気を回してくれるから助かるねえ。
「バス、ねえ」
これに眉をひそめたのはアーネスシスだ。
「何だよ? 大貴族らしく高級車の方が良かったか?」
「いや、そんな贅沢を言うつもりはありませんけど、エスペーシ派の奴らと一緒かと考えただけで……」
「ああ」
あの後、衝突はなかったが、列車内の空気はピリピリしていたからなあ。それが続くとなると、今から気が重いか。
「それなら問題ない。バスは二台用意されていて、我々とエスペーシ派は別々のバスで移動するからな」
グーシーがアーネスシスに指を二本立てて説明する。
「本当か? いやあ、分館までとは言え、あいつらと同じ空気を吸わずに済むと思っただけで、気が楽になるわ」
これにはブルブルも同意の首肯をしている。まあ、ぶっちゃけ俺も同意だ。
「さて」
俺が振り返ると、俺の派閥の面々が俺に注目する。
「諸君! ここであーだこーだ騒いでいても、他のお客様の邪魔になるだけだ。さっさと移動しよう」
『はっ!』
うんうん。元気な返事ありがとう。
✕✕✕✕✕
「良くぞ来た、フェイルーラ、エスペーシ。列車旅は満喫出来たか?」
歴史ある建物の並ぶ街を通り、分館に着いた俺たちを歓待してくれたのは、長男であるジェンタール兄上だった。俺たちより少し濃い空色の髪は肩まであり、金眼は嬉しそうに細められている。
兄上は現在王太子殿下の親衛隊に配属されている。なので王都住み。この分館の主と言って良いだろう。分館と言っても大きく、俺の派閥も、エスペーシの派閥も皆、魔法学校の寮に入寮するまで、ここを拠点とする。それを切り盛りしつつ、王太子の親衛隊として働いているのだから大変だ。まあ、実家に戻っても、今度はヴァストドラゴン領の運営をしなければならないのだから、その練習と言ったところか。
「何かありましたか?」
笑顔で迎えてくれた兄上だが、どことなく疲れが見えたので、そう尋ねれば、同意とばかりに嘆息する。
「ああ。何とも込み入った事態になっていてな」
「込み入った事態、ですか?」
聞き返すと、首肯を返してくる。
「悪いが、グリフォンデン家より、二人が着いたら、二人を連れて真っ先にグリフォンデン領の分館を訪ねるようにと、向こうから言付かっている」
グリフォンデン家から、か。そりゃあ、向こうさんだって、嫡男が逝去したからとか、長女が家を継ぐ事になったからとか、そんな理由で婚約相手をエスペーシから俺に変えられれば、一言と言わず、あれやこれやと言いたいだろう。
「分かりました。学校の制服の方が良いですか?」
一応、先に制服は注文してあるから、既に分館に届けられているはずだ。
「済まないな、疲れているところ。服装は……、準礼装で頼む。婚約し直しとなれば、それ相応の服装を求められるからな」
仕方がない。『グリフォンデン家』として俺たちを呼び出したのだ、覚悟を決めて行きますか。
✕✕✕✕✕
もう日も沈もうと言う夕暮れ、俺たちはセダンの高級車で、グリフォンデン領の分館へとやって来ていた。
グリフォンデン領の分館も、ヴァストドラゴン領の分館に負けず劣らず大きい。そんな分館に、俺、エスペーシ、ジェンタール兄上を乗せた黒い高級車が、エントランス前に横付けする。呼ばれたのはこの三人だから、グーシーたちや、エスペーシの取り巻きなどは連れて来ていない。長年それなりに良好な関係を築いてきた両家だ。袋叩きに遭うとか、毒が混入した食事を出されるなんて事は考えたくない。
運転手によって扉を開けられ、ジェンタール兄上、エスペーシ、俺の順に後部座席から外へ出れば、待っていたのはグリフォンデン家の家長、グリフォンデン領領主のアグニウス卿に、エスペーシの元婚約者であるフレミア嬢、それにフレミア嬢の母であるレティシア殿と勢揃い。いや、見た事のない女性と少女もいる。この方たちは何者だろう。
「ヴァストドラゴン家、ジェンタール、フェイルーラ、エスペーシの三名、グリフォンデン家よりの用命に応えて、参上仕りました」
兄上の口上に即して、俺とエスペーシも胸に左手を当てて、グリフォンデン家の皆様に礼をする。うん。向こうはぴくりとも笑っていないね。歓迎はされていないのが良く分かる。
「食堂へ移動しよう」
毛先の茶色い赤髪に、黒から黄色へとグラデーションをなしている瞳のグリフォンデン家の家長アグニウス卿は、俺たちが来た事に対して何も口にはせず、淡々とした口調で、早々に分館の中へ入っていってしまった。流石にこれは堪えるな。向こうの心情が良く分かる。
「?」
グリフォンデン家で最後に分館に入っていこうとした少女、何者か分からない、金髪と言うよりも濡れた艶のある黄土色の髪に赤いメッシュが入った長髪を腰まで下ろした、薄いピンク色のドレスを着た少女が、こちらを見た気がした。気がしたのは、彼女の前髪が目まで隠しているからだ。
「何を立ち止まっているのです?」
彼女の母らしき黄土色の髪の女性が呼ぶと、彼女はこちらへ一礼して分館の中へ入っていった。
✕✕✕✕✕
変な並びだった。分館の大食堂の長テーブルで、家長が座る最奥の短辺に座ったのは、アグニウス卿と、あの黄土色の髪の女性だったからだ。本来であれば、アグニウス卿の横に座るのはレティシア殿であるはず。それが、入口から左手の長辺の席、それも、奥から三番目に座っている。序列としておかしい。長辺の一番奥、アグニウス卿の近くに座っているのは、先程の目隠れ少女だ。その次にフレミア嬢が座っている。
そしてこちらの序列は、長辺の一番奥、アグニウス卿側から、俺、エスペーシ、ジェンタール兄上となっている。まあ、こちらは妥当だ。今回の再婚約の本人なのだから、俺が先頭になるのは分かる。だがこれだと、俺の婚約相手が、前に座る目隠れ少女と言う事になる。
「さて、では新たな婚約と、これによる両家の益々の発展を願って、乾杯をしようか」
こちらに何ら気を使う事もなく、まるで我々などいないかのように、グリフォンデン家が、乾杯の姿勢に入ったところで、堪らずジェンタール兄上が止めに入った。
「しょ、少々お待ちください! これでは二人は何が何やら」
手に持ったグラスを掲げようとしたのを邪魔され、アグニウス卿が顔をしかめる。
「説明していなかったのかね?」
「すぐに、とのご用命でしたので、説明する時間もなく」
ジェンタール兄上はどう言う事態なのか、一応把握はしているらしい。多分、グリフォンデン家の方から説明してくれると思っていたようだけれど、まさかこのような対応をされるとは思っていなかったのか、声に焦りがある。これに嘆息するアグニウス卿。
「ふう、見ての通りだ。フェイルーラ君。君の婚約相手はフレミアではなく、君の前にいるインシグニアとなった」
ふむ。前の女性はインシグニア嬢と言うのか。………ん?
「え? 私の前におられるのは、インシグニア嬢なのですか?」
思わず聞き返してしまった。これに顔色を変えずに頷き返すアグニウス卿。いやいやいや、待って? インシグニア嬢の事は、妹のフィアーナから聞いている。何故なら、妹のフィアーナは第二王子であるグロブス殿下の第一婚約者であり、インシグニア嬢は、グロブス殿下の第二婚約者だからだ。つまり、将来的にフィアーナがグロブス殿下の正室となり、インシグニア嬢が側室となると決まっていた。
そのインシグニア嬢が、俺の前にいる? 俺は思わずジェンタール兄上へジト目を向けた。これに堪らず、ジェンタール兄上が事の説明を始める。
「グリフォンデン家の嫡男であられたイグニウス卿が逝去され、第二家督相続者であったフレミア嬢は、ヴァストドラゴン家が、一方的にご自分とエスペーシとの婚約を解消し、フェイルーラと婚約せよと言い出した事に対して、いたく遺憾であったようで、エスペーシと結婚出来ないのであれば家督を継がないと、家督相続権をインシグニア嬢に譲渡なされたのだ」
「はあ」
まあ、魔力量も少なく、今まで特に関係性がなかった俺と結婚したいか? と言われれば、それはない。と俺でも分かる。分からなかったのはうちの父上くらいだろう。
「インシグニア嬢が家督相続者となった事で、インシグニア嬢とグロブス殿下との婚約が解消されてな、それでインシグニア嬢の代わりに、フレミア嬢が、グロブス殿下の新たな婚約者となったのだ。第一婚約者にな」
成程。貴族らしい意趣返しだ…………?
「え? 第一婚約者に?」
俺は思わずジェンタール兄上とフレミア嬢、それにエスペーシの顔を見遣るも、ジェンタール兄上は困惑、エスペーシなんて驚愕しているが、フレミア嬢はもう覚悟を決めているのか、真顔でスンとしている。
うわあ、うちがグリフォンデン家へ馬鹿な婚約変更なんて告げたから、妹が正室の座から降ろされちゃった訳かあ。俺は思わず天を仰ぎそうになるのをグッと堪える。
(馬鹿親父が……!)
心の中で悪態を吐きつつも平静を装い、俺はアグニウス卿へ視線を向ける。こちらもスンとしている。グリフォンデン家の胆力凄いな。
「そちらの要望は、こちらの家督相続者との婚約だろう? インシグニアも、側室の子であったから、第三相続者だっただけだ。その魔力量はフレミアにも比肩する。何か問題があるかね?」
フレミア嬢は、エスペーシと婚約するに相当するだけの魔力量を持つ実力者だ。家格もうちと変わらないので、父上もエスペーシとフレミア嬢の婚約を歓迎していた。そうかあ、インシグニア嬢は側室の子だから、領内での地位が低く、だけれども魔力量が多かったから、王家へ嫁がせる算段だったのか。
インシグニア嬢の方へ視線を送るも、前髪に隠れてその顔色は窺えない。アグニウス卿の横に座っている見慣れない女性は、アグニウス卿の側室の方で、インシグニア嬢の母親なのだろう。こちらはとても誇らしそうな顔だ。娘が第二王子の側室から、自領の領主となるのが気持ち良いのだろう。
「問題ありません。我が父が後から何か言ってきても、突っぱねて貰って結構です」
「ほう?」
アグニウス卿は目を細め、うちの兄弟は驚いて腰を上げる。前にいるインシグニア嬢も、少し驚いているように見える。
「フェイルーラ! 父上に何の断りもなく、勝手な約束をするな!」
珍しく声を荒げるジェンタール兄上。まあ、領と領の問題だ。領主でもない俺の意見で決定して良い事ではないのは分かる。が、
「元々が我々の父上が言い始めた事。ここまできて、こちらがごねるのはお門違いも甚だしい。今回の事は、ここまで読みきれなかった父上の過失です。私はヴァストドラゴン領を出る前にも、父上にフレミア嬢とエスペーシとの婚約解消は止めるように諌めましたが、聞き入れて貰えなかった。なら、グリフォンデン家の行いに対して、父上も何も言えません。今回の件、父上はグリフォンデン家を甘く見て、後塵を拝したのです。従うのが道理でしょう」
俺の言に苦々しい顔となるジェンタール兄上。まあ、簡単に言えば、我がヴァストドラゴン家は、グリフォンデン家との政争に負けたのだ。負けた者には口出しする権利はない。
「ほう、面白いな。フェイルーラ君だったか? あやつがどんな馬鹿を連れてくるかと思ったが、存外、ものの分別は弁えているようだな」
「いえいえ。どれだけ頭を回しても、私も政争の駒。盤面で踊らされる道化です」
「目はギラついているが?」
アグニウス卿と一言二言会話を交わし、互いに笑い合う。うう、腹の探り合いなんて趣味じゃないってのに。王都に着いてすぐがこれか。魔法学校も順調には行かなそうだ。もうお腹痛い。




