悪役ロール
「こんな午前中からお呼び立てして、申し訳ありませんでした」
話も纏まり、俺はここに集まって下さったご令嬢方々に礼を述べる。
「いえ、私の方も……、ここで言うのも憚られるのですが、イグニウス様との婚約がなくなり、私に擦り寄ろうと言う輩が多くなっているタイミングだった事を思い出しました。こちらの軽率な行動を未然に防いで頂き、ありがとうございます」
こちらを振り返りはしなかったが、アウレア嬢から礼を言われた。かなり珍しいのか、他のご令嬢方々は驚いている。
イグニウス卿━━。先の王領での魔属精霊との戦いで戦死したインシグニア嬢の兄上か。アウレア嬢はイグニウス卿の婚約者だった訳だし、あちらにも影響が波及していたか。ちらりとインシグニア嬢を見るが、スンとしていて、気にした様子は余りない。泣くのを我慢しているのか、王城暮らしだったから思い入れがないのか。俺には分からない。
「では、私たちはすぐに派閥の方々にこの事を伝えますね」
アウレア嬢が立ち上がり、それに続いて他のご令嬢方々も立ち上がる。ドアを開けるのは俺の役割かな? と入口へ向かうが、それよりも率先して、インシグニア嬢の侍女の一人がドアを開けた。良く気の回る侍女さん方である。
「インシグニア嬢も、今日はお休みでしたでしょうに、お呼び立てして済みませんでした」
「いえ。午後から大聖堂で『契約召喚の義』で奏でる曲の合同練習がありますから、その個人練習の為に、少し早起きしていましたので」
「え?」
固まる俺とは対照的に、アウレア嬢を筆頭に、ご令嬢方々は楽しみなのだろう。アウレア嬢の表情は変わらないが、他のご令嬢方々はぱあっと明るい表情となる。いやいや、
「インシグニア嬢も今期の入学生ですよね?」
「はい。そこら辺の打ち合わせもありますね」
いやいやいやいや、
「断って下さい」
「はい?」
俺の発言は、ここの方々には余りに異様だったのか、侍女さんは廊下に声が届かないようにすぐにドアを閉めるし、他のご令嬢方々からも、「何を言っているんだこいつは?」みたいな視線が一斉に俺に向けられる。あのアウレア嬢までが怪訝な表情だ。
「いや、だって、入学生ですよ? 祝う側じゃなく、祝われる側の人間が、何で大聖堂の為に曲を披露しなくちゃいけないんですか?」
意味が分からん。
「そんな! インシグニア様の歌奏を楽しみとしている入学生や、親御さん方は多いのですよ!?」
マドカ嬢が悲鳴に近い声を上げるが、
「そんな事関係ありません。何でインシグニア嬢が無駄に負担を強いられなくちゃならないんですか? え? もしかして、魔法学校の入学式でも歌奏するんですか?」
「え? ええ」
いやいやいやいや、え? 王都の奴らは何を考えているんだ。確かにインシグニア嬢の行動には情報収集の側面もあるから、セレモニーで曲を披露するのは分からなくもないが、そこは周囲の人間が、負担にならない範囲で気を使うべきだろ? インシグニア嬢はお前らの道具じゃないんだぞ?
「あの、もう一度言いますが、断って下さい」
「ええ……。でも、教皇猊下直々ですし……」
「分かりました。じゃあ、俺がその教皇猊下にお断りだと突き付けます」
『ええっ!!!?』
インシグニア嬢だけでなく、アウレア嬢もマドカ嬢も、他のご令嬢方々も、侍女の二人も、俺以外の皆が驚きで大声を上げる。
「あの、教皇猊下……ですよ?」
「分かっていますよ。デウサリウス教で一番偉い人でしょう?」
インシグニア嬢に念を押されるまでもなく、俺だってそれくらい知っている。デウサリウス神を信仰するデウサリウス教で一番偉い人物だ。デウサリウス教はアダマンティア王国の国教だが、アダマンティア王国だけが信仰している訳じゃない。世界人口の約半分はデウサリウス教を信仰しているとまで言われる宗教。その頂点。それが教皇だ。
「理解したら更に腹が立ってきたな。何で宗教のトップが、少女一人に負担を押し付けているんだ? インシグニア嬢の話では、王都の大聖堂は聖歌隊なり楽団なりを持っているんだろう? だったらその聖歌隊だけでやらせろよ。何でインシグニア嬢に曲を披露させるんだよ。ハレの入学生。人生で一度きりの舞台だぞ?」
『…………』
俺が愚痴愚痴言っている事が、どうやらここの皆さんには伝わらないらしく、皆ドン引きしている。しかしそんな事関係ない。俺の腸は煮えくり返っているのだ。今すぐにでも大聖堂に出向いてこの件を取り止めさせたい。が、
「ぐぐぐっ、私もこの後用事があるんですよねえ。まあ、昼に終わるので、午後のインシグニア嬢には付き合えますが」
この後、分館に帰って、ジュウベエ君たちの進捗具合を確かめないといけないのだ。しかし、その間にインシグニア嬢がどう動くか分からん。この事をアグニウス卿に進言されたら、アグニウス卿的には『契約召喚の儀』で歌奏をするなんて名誉だと、俺の行動を制限されるかも知れない。
そうでなくても、人の口に戸は立てられない。この場のご令嬢方々を信用していない訳ではないが、敬虔な信徒なら、教皇様にご迷惑だ。と一報を伝える可能性もある。ぐぐぐっ、何かこの場の全員が敵に思えてきた。いや、インシグニア嬢は敵ではないけど。
「…………インシグニア嬢的には、やりたいですか?」
俺が尋ねるのと同時に、ご令嬢方々もインシグニア嬢に視線を向ける。
「…………やりたい、かと言われましても、お勤めです。としか……」
『お勤め』か。歌奏が大好きだろうインシグニア嬢だが、人前に積極的に出るタイプかと言われれば、それは違う。だからセレモニー関係は余り好きな仕事ではないだろう。そして、教皇直々に頼まれれば、普通は断れない。いや、断らない。魔法学校も王立だから、そのトップは現女王のガイシア陛下となる。そこから打診されれば、幾ら四大貴族の一角、グリフォンデン家でも、断れば王家に対して隔意があると噂が広がるだろう。
「なら、私が悪役を買って出ましょう!」
「ふえ?」
俺の発言に対して、意味が分からない。と変な声を出すインシグニア嬢。
「私は幸い、王都に来て日が浅い。つまり周囲から見れば、王都の決まり事には疎いと思われるでしょう。そんな私が教皇猊下や女王陛下に対して、「私はインシグニア嬢の婚約者です! 彼女をセレモニーに駆り出すのを止めて頂きたい!」と声を上げたところで、王都の仕来りを知らない馬鹿が横からしゃしゃり出て来た。くらいにしか思われないでしょう。これでインシグニア嬢の負担が減れば万々歳。それでも向こうが負担を課してくるなら…………、相応の対価を支払って貰う」
どうやら俺は相当悪い顔をしているらしく、皆が更にドン引きしている。まあ、悪役をするんだから、これで構わないさ。




