二人の姫
おおおお、起きるのが辛い。
前日も同じ事を思った気がする。…………起きよう。
俺はせーのっで身体を起こし、ベッドから抜け出ると、枕元のカードで身体を浄化し、着替えて部屋を出る。
「はよ〜う」
『おはようございます!』
前日同様、アーネスシスとまた前日とは別の少年が、俺の部屋の前に立っていた。勤勉だ。俺を立ててくれるのはありがたいが、俺には分不相応に思えるので、何とも言えない顔になる。
「さて、食堂行きますか」
✕✕✕✕✕
「どうぞ」
食堂で皆揃って食事をしていると、入口のドアがノックされた。
「お客様が来られておいでです」
ドア越しに教えてくれたのは、ジェンタール兄上の部下だろう。エスペーシ派閥ならもっと雑だ。
「どちら様でしょう?」
一応尋ねるが、見当は付いている。
「ワダツミ・ジュウベエ・ヨシムネ様とその派閥の方々と、オブリウス・シルキーティーリーヴス様、サスティニース・ネムス様です」
おっと、ジュウベエ君派閥だけじゃないのか。オブリウスとは旧知だけど、サスティニース・ネムス? なる人物は知らない。まあ、正式な招待な訳でもないし、オブリウスが連れてきているなら、問題ないだろう。
「ここに入って貰って下さい」
「宜しいのですか?」
ジェンタール兄上の部下さんは驚いているが、今更気を使う相手でもない。ネムスさんには悪いけど。
「まあ、大丈夫だと思うので。相手が嫌がるようでしたら、理由を説明して、応接室で少し待っていて貰って下さい」
「了解しました」
部下さんの返事があった後、少しすると、またドアがノックされた。
「はい」
「俺だ」
「俺に『俺』って言う名前の知り合いはいないかなあ」
そんな返答をすると、「こほん」と咳ばらいが聞こえてから、律儀に問答をやり直す。
「オブリウスだ」
「おお! 我が友オブリウス! まさかそなたから尋ねて来られるとは、一体如何様な用事かな?」
「わざとらし過ぎだ。入るぞ?」
「どうぞ〜」
俺が入室を許すと、現れたのはカールした赤茶髪に、鮮やかな緑の瞳、頬にそばかすのある、何故か花束を手にした少年、オブリウス・シルキーティーリーヴスに、ジュウベエ君とその派閥の四人、そして緑に黄緑のメッシュの入った髪に、黄茶色の瞳をした少年。彼がサスティニース・ネムスなる人物なのだろう。最後に入ってきた彼が、ドアを閉める。
「悪いね。今食事中だから、適当な席に座ってくれる?」
俺の雑なやり取りにサスティニース君は眉を顰めるが、ジュウベエ君たちは別に気にも留めずに、近場の椅子に腰掛ける。
オブリウスはどうかと言えば、椅子に座る事なく、一直線にブルブルのところまでいくと、片膝突いて、手に持つ花束をブルブルに差し出す。
「このような形ではありますが、貴女のご尊厳を拝謁でき、私の心は天国でダンスを踊っているかのようです。貴女の美しさには敵いませんが、どうかこの花束をお受け取り下さいませんか?」
余程ブルブルに逢えた事が嬉しかったのだろう。潤んだ瞳のオブリウスと、これに少し困った表情となるブルブル。この急展開に、ジュウベエ君が俺に視線で説明を求める。
「シルキーティーリーヴス領は、ヴァストドラゴン領の隣りにあってね。昔から交流があるんだよ。特にブルブルの騎士領はシルキーティーリーヴス領と接していて、オブリウスとブルブルは婚約関係にあるからねえ」
これに納得するジュウベエ君たち。サスティニース君は驚いているから、知らなかった? いや、オブリウスの性格的に、ブルブルと婚約しているのを隠す事はしないだろうから、まさかここまで熱を上げているとは思っていなかった。ってパターンかな?
まるで忠犬のようにキラキラした瞳をブルブルに向けるオブリウスに戸惑いながらも、ブルブルはその花束を受け取り、さっさとリストバンドの空間魔法で仕舞ってしまった。食事の邪魔だしね。それでもオブリウス的には受け取って貰えた事が嬉しかったのか、ルンルンでブルブルの近くの席に着席する。
「君も座ったら?」
そんな光景に何とも複雑な顔となっているサスティニース君に、そう声を掛けると、こちらを警戒しながら、サスティニース君は俺から一番遠い椅子に座る。
「んで? ジュウベエ君たちをここに送り届けてくれただけじゃないんだろう?」
俺がオブリウスに声を掛ければ、先程までのルンルン顔はどこへやら、真面目な顔となり腕を組むオブリウス。
「全く、派手に動いてくれたな」
「動きたくて動いた訳じゃないよ。オブリウスだって知っているだろう。俺は文官志望で、今回の魔法学校でも、波風立てずに穏便に過ごしていくつもりだったんだ」
「それが、何をどうなったら、到着二日でグリフォンデン家次期領主に、ニドゥーク皇国将軍家の二人を、ヴァストドラゴン寮に入寮させるなんて離れ業をしているんだよ? 学校側もてんやわんやだぞ」
俺に対して厳しい視線を向けてくるオブリウス。まあ、今期のタイフーンタイクン寮の寮長であるオブリウスからしたら、インシグニア嬢はともかく、強力な戦力であるジュウベエ君とマドカ嬢を引き抜かれたのは痛いだろうからなあ。ん? となると、
「そちらのサスティニース君は、オブリウスの補佐か?」
「ああ。ネムス領の次期領主だよ」
へえ。領主貴族か。多分凄いんだろう。俺は魔力量が少ないので、周辺の魔力を探る探知系や、相手の魔力量を測る魔力感知とか殆ど出来ないので、いまいち相手の力量と言うものが肌身で感じられない。大体皆俺より魔力量多いし。チョコレート店でジュウベエ君がインシグニア嬢をその場のボス認定したのも、魔力感知により、彼女の魔力量を認識しての事だろう。あれ?
「確か、タイフーンタイクン寮には、今、タイフーンタイクン家の者がいるはずだろ? それなのに、オブリウスが寮長なんだな?」
これに深々と嘆息をこぼすオブリウス。どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
「そこが今回の問題なんだよ」
まあ、そうなのかも? ヴァストドラゴン寮では、ヴァストドラゴン家の者が寮長となる伝統があり、それは他の寮も同様のはず。つまり、グリフォンデン寮ならフレミア嬢が、タイフーンタイクン寮なら、タイフーンタイクン家の者が寮長となるはずだ。まあ、例外的に、寮対抗の為に能力の高い者を寮長にする事もあるが。
「俺の前任はタイフーンタイクン家のシルバ様だったのだが、その妹君であるアウレア様は、自分は寮長には相応しくないと辞退されてな。固辞されたので、俺にお鉢が回ってきたんだ」
「ふ〜ん。まあ、俺も、エスペーシがいたら固辞していただろうからな」
因みに現在のヴァストドラゴン寮の寮長は俺の派閥の者であり、寮長に次の寮長の指名権があるので、彼が俺を指名すれば、エスペーシがいたとしても俺が寮長になっていた。まあ、その前のすり合わせで、俺は寮長を辞退していたから、エスペーシがいた場合、寮長に指名されなかっただろうけれど。
「王都には二人の『姫』がいる」
「は?」
現王家の姫って、二人だけだったっけ? と首を傾げる。現国王はガイシア女王で、彼女には確か王子が二人、王女が三人いたはずだ。
「二人?」
「フェイルーラが思う姫ではなく、敬称として、姫と讃えられている人物が二人いる。と言う事だ」
ああ、成程?
「一人はお前の婚約者である『歌姫』インシグニア嬢」
成程、『歌姫』ね。
「そしてもう一人が、我がタイフーンタイクン寮におられる『黄金姫』。別名『不動の黄金』アウレア・タイフーンタイクン様だ」
それはそれは、また凄い敬称だな。
「髪も瞳も黄金で、その美しさはアダマンティア一とも謂われるお方だ」
「へえ」
興味ないなあ。インシグニア嬢と言う過分な婚約者がいると言うのもあるが、昔から美人に振り向かれた記憶がない。
「ここで名前が出たって事は、そのアウレア嬢が、今回の事に関係が?」
「そう言う事だ」
オブリウスは息を漏らしながら、天上を仰ぐようにして椅子の背もたれに身体を預ける。
「マドカ嬢はアウレア様の傘下だったんだ」
「へえ」
俺が阿呆みたいな相槌を打ったからか、オブリウスの顔が微妙な表情に歪む。
「理解していないな」
「うん? そう……だな。傘下を奪われたから、アウレア嬢がお冠とか? そう言う話?」
「違う」
違うのか。
「アウレア様の派閥は、言ってしまえばインシグニア嬢のファン派閥だったんだよ」
「はあ!?」
「そして傘下のマドカ嬢がインシグニア嬢のいるヴァストドラゴン寮に移る事が決定したから、アウレア様が、自分もヴァストドラゴン寮に移ると言い出してな」
「ああ……」
俺がグリフォンデン家のインシグニア嬢を、グリフォンデン寮からヴァストドラゴン寮へ移す前例を作ってしまった為に、「それなら私も!」とアウレア嬢が言い出したのか。
「『不動の黄金』が動く、か」
オブリウスの視線が痛い。




