説明聞いても分からない
闘技場には出入り口が二つある。観客用の出入り口と、闘技場で対戦する、決闘者用のものだ。その片方、決闘者用の出入り口側にある駐車場でバスを降り、俺たちは闘技場の前に立った。
「やはりデカいな!」
ジュウベエ君が額に片手を当てて闘技場を見上げる。
「百十階以上あるからね」
「百十階!?」
俺の答えに、もう一度闘技場を見上げるジュウベエ君たち。
「まあ、半分は冗談だよ」
「冗談かよ!」
「半分ね。中は空間魔法で空間拡張されているから、実際の建物自体は百十階も高さがないんだ」
「え? って事は……」
「うん。中はしっかり百十階以上あるから」
「マジかあ……」
闘技場もそうだけど、他の三つの尖塔も、戦時には避難所となるように設計されて建てられているから、収容人数が馬鹿多いんだよねえ。
「さて、中に行こうか」
「おうよ!」
ジュウベエ君はやる気満々だねえ。
✕✕✕✕✕
「ようこそ、闘技場へ。初めてのご利用ですか?」
エントランスロビーで、受付の女性がにこやかに話し掛けてくれた。
「はい」
「では、こちらにIDカードを翳して下さい」
「IDカード?」
ジュウベエ君、そこで首を傾げないで欲しい。マドカ嬢が頭抱えているから。
「これだよ」
俺は左手のグローブから、空間魔法でIDカードを取り出す。銀色の掌サイズのカードだ。精霊石を混ぜ込んだ魔鋼製で、三層になっており、滅多な事では錆びないし壊れない。中央の層に魔法陣が仕込まれており、ここに個人情報が書き込まれている。
アダマンティアで生活するには必須の品物で、結婚、引っ越しなどした場合、その土地の役所に行って情報の更新をする必要がある。まあ、俺たちが住所変更するのは、魔法学校入学入寮が決定してからなので、まだ住まいはヴァストドラゴン領のままだが。
「ああ、それか」
言いながらジュウベエ君たちが首に提げたポシェットからカードを取り出した。多分、マドカ嬢が気を利かせて、首から提げるポシェットを持たせたんだろうなあ。
「では、こちらへ翳して下さい」
受付の女性はこのような事態に慣れているのか、淡々と説明を続ける。それに倣って、俺たちは受付のテーブルに置かれた魔道具にIDカードを当てて、情報のやり取りをしていく。
「インシグニア嬢たちはどうします?」
一応尋ねてみるが、インシグニア嬢は首を横に振るい、マドカ嬢はと言えば、
「私は既に登録していますので」
との事なので、こちらだけ登録で問題ないようだ。
「ご苦労様でした。住所変更など、IDカードの情報が更新された場合は、速やかにその旨の報告と、闘技場でのIDカード情報の更新にご協力下さい」
「? どう言う事だ?」
訳が分からず俺の方を振り返るジュウベエ君。何か俺が説明役になっているけど、俺も昨日王都に着いたばかりなんだけどなあ。
「ここで行われるのは、基本的に賭け試合だから、その払戻金やら、試合の報酬なんかが、IDカード振込になっているんだよ。でも住所変更の手続きとかちゃんとしていないと、それが正常に機能しないから、報酬が支払われない事態が起こるんだ」
「成程。それは大事だな」
「そうだね。確定申告にも掛かってくるから大事だね」
「確定申告……!」
このワードに反応したのはマドカ嬢の方だ。どうやら確定申告で苦しんだようだ。ジュウベエ君は首を傾げている。
「この国の貴族は免除だけど、留学生は確定申告の義務が発生しますもんね」
マドカ嬢が口元を引き攣らせながら頷く。余程大変なようだ。まあ、貴族は税金を徴収して、それで領地運営する側だから、そこら辺の苦労は分からない。ただ、運営側は運営側で、どこへどのように税金を差配するかに苦労するみたいだけど。
「まあ、今回はフリーバトルだから、賭けは生じないし、ランクバトルは今度、個人的にやるんだね」
「ランクバトルか。それって頂上はどうなっているんだ?」
「一階から百一階まで分かれていて、チャンピオンは当然百一階にただ一人君臨しているらしいよ」
「百一階、なのか?」
これにも首を捻るジュウベエ君。まあ、さっきこの尖塔は百十階以上あるって聞かされたばかりだからね。
「え〜と、説明して貰えます?」
俺は受付の女性に助けを求める。
「はい。この闘技場は、地上百十二階、地下八階から構成されており、地上の階層は全てランクバトル用となっております。階層は十階毎に分けられ、その上の階、十一階や二十一階などは、決闘者専用スペースとなっており、階層としては欠番扱いです」
つまり、観客からしたら、十一階や二十一階なんかは、あってもないのと変わらない訳か。実際には十一階はあるけれど、観客は入れず、観客から見たら、そこを素通りして、十二階に進むけれど、そこが十一階扱いって事だろう。
「初心者の方は全員一階から始まり、その階で十二勝すると次の階へ勝ち上がり、十二勝する前に十二敗すると、下階に負け下がる仕組みです」
「何で十二勝なんだ? 切り良く十勝じゃ駄目なのか?」
ジュウベエ君が思う疑問は俺も思った。それにも受付の女性は答えてくれる。
「はい。百階の席は十二名様までとなっており、彼らをチェックメイターと呼び、その十二名が年に一度だけ、百一階のチャンピオンに挑戦する権利があります」
つまり、一年十二ヶ月だから、百階まで上り詰めた十二人のチェックメイターの誰かしら一人が、毎月チャンピオンに挑戦するって事か。
「チェックメイターも十二敗したら負け下がるんですか?」
俺の疑問に首肯を返す受付の女性。
「はい。チャンピオンへの挑戦は年に一回だけ、その一回に勝てばチャンピオンになれますが、それまでにチェックメイターは、九十九階を勝ち上がった者からの挑戦を、必ず毎月十二回は受けなければなりません」
多いな。チェックメイターは年間百四十四試合しないといけないのか。いや、チャンピオンとのバトルを加えると、年間百四十五試合か。上位ランカーは稼げるって聞くけど、これ一本に懸けないと、やっていけなさそう。
「身体がボロボロになりそうだな」
ジュウベエ君もそんな事を口にしているが、そこは問題ないだろう。受付の女性も首を横に振っている。
「そこは問題ありません。現実の肉体で戦う訳ではありませんから」
「ん? どう言う事だ?」
「決闘者の皆様の安全面を考慮し、バトルはアバターで行う事となっております」
「アバター?」
「はい。決闘者の皆様は、地下二階にある、または十一階や二十一階などにあるポットに入って頂き、そのポッドが生体情報や武器などの情報を写し取り、決闘者の意識と全情報をバトルフィールドへ移送し、そこで作られた架空の肉体で戦うのが、この闘技場の仕組みです」
これに半眼になるジュウベエ君。
「それって、決闘って言えるのか?」
「はい。肉体情報は現実の肉体と遜色ないものとなっております。動作には何の支障もございません」
淡々と語る受付の女性相手では話にならないとでも思ったのか、ジュウベエ君がこちらを向く。
「試合は殺し合いだよ。相手が死ぬか敗けを認めるか、場外に出るまで終わらない仕組みだ。現実の身体では敗ければ死だけど、ここなら何度殺されてもやり直せる」
俺がそう説明しても、ジュウベエ君の顔は渋い。
「う〜ん。でもそれだと、ここでの戦闘に慣れたら、外で魔属精霊なんかと戦った時に、死なないから何でも出来る。みたいな変な癖が付かないか?」
これには俺は何とも言えないかな。その可能性がないとは言えないので、俺は受付の女性の方へ視線を向ける。
「はい。毎年何人もの決闘者の方が、外での魔属精霊討伐などで命を落としておられます。ですから、努々、その事をお忘れなきようお願いします。こちらでは動きようのない問題ですので」
つまり、外で決闘者が魔属精霊に殺されたところで、闘技場は何の責任も負わないって事か。まあ、そりゃあそうだろう。そんな馬鹿の為に闘技場が見舞金を出すなり、あれやこれやする義理はない。でも受付の女性の言い方から、毎年何人か、外で死んだ決闘者の身内などが、闘技場に文句を言いに来ている事が窺える。
「結局、自己負担って事ね」
「はい」
そう断言されては、ジュウベエ君としても何も言えなさそうだ。
「フリーバトルは地下だよね?」
「はい。フリーバトル用のフィールドは地下一階にあり、地下二階にポッドがございますので、それをご利用下さい。ただし、フリーバトルを行うには、事前に利用料を支払って頂きます」
「確か、フリーバトルって観客はタダで観れるんだっけ?」
「はい。入場料のみとなっております」
入場料は取るのかよ。金にならない事はしないって感じだな。闘技場も慈善事業じゃないしな。フリーバトルなら好きな相手と闘えるし、観客も入場料だけで観れるけれど、闘いのレベルはマチマチだから、大体の観客はランクバトルの方へ向かうのが殆どだろう。
「じゃあ、フリーバトルの利用料と、ここの全員の入場料は私が払うよ」
「良いのか?」
俺の提案に引け目でも感じたのか、目を見開くジュウベエ君。
「まあ、そちらからの申し出だけど、こちらも無茶な要求をしているからね。それで相殺って事で」
「……おう」
さて、どんな闘いになるやら。




