再びのデュエット
『おおおお……!!』
インシグニア嬢の歌奏が終わると、その場の全員から自然と拍手が起こる。それだけの、いや、その場を圧倒するだけの歌奏だったからだ。八弦のエラトとか、脳と指がこんがらがって俺には絶対演奏出来ない。それだけでなく、歌まで披露されては、その場の皆が虜になるのも頷ける。
俺の派閥の面々もインシグニア嬢の凄さに驚いているが、ジュウベエ君たちとか店長とか泣いているし、マドカ嬢は……、
「マドカ嬢?」
不安になって思わず声を掛けてしまった。何せ、固まってピクリとも動かないからだ。
「…………こんなに近くで、インシグニア様の歌を……、もう、死んでも良い……」
そう言って、皆に遅れて滂沱の涙を流すマドカ嬢。いや、生きて下さいね。
「フェイルーラ様は、何やら店内を気になさっておられたようですが? 何か気になるものでも?」
「お前、こんな見事な歌奏を前に、聴いていなかったのか!?」
インシグニア嬢の一言に、ジュウベエ君が反応し、マドカ嬢が俺を睨む。店長も俺の派閥の面々も白い目で見てくる。
「ちゃんと聴いていたから、そんなに目くじら立てないでよ」
流石に店内の全員から白い目を向けられると、居場所がないんで止めて欲しい。
「それで? 何が気になったのですか?」
インシグニア嬢的には、特に怒っている雰囲気は感じない。まあ、彼女的には軽く演奏しただけだろうし。
「いや、奥のオルガンが気になりまして」
「オルガンですか?」
エラトをケースに戻しながら、インシグニア嬢が俺の隣りに並ぶ。俺が気になっていた艶のある黒色のオルガンに、インシグニア嬢も目を向ける。
「あれは……」
「あちらはピアノになります」
「ピアノ、ですか?」
答えてくれたのは店長だ。その視線は、田舎者はピアノも知らないのかと言外に語っている。済みませんね。
「フェイルーラ様は、領都の聖堂でセレモニーの時に弾かれるくらい、オルガンが上手なんですよ」
アーネスシスが、援護射撃のつもりか、そんな事を口にするが、ここでは悪手だ。
「まあ! それは聴いてみたいです!」
音楽大好きインシグニア嬢の声がワントーン上がった。うん。これは俺がピアノ? を弾かないといけない流れだね。
✕✕✕✕✕
「ピアノは、オルガンに代わり、王都で弾かれる事が増えてきた楽器でして、管楽器であるオルガンと違い、打弦楽器となっております」
そう言いながら、緩いカーブを描くフタを開けながら、店長が説明してくれた。確かに、中には弦が並んでいる。
「そして、こちらの鍵盤を叩くと音が出るのは、オルガンと同じですね」
ふむふむ。鍵盤の方のフタも開けて、店長が白と黒に分かれた鍵盤の一つを押すと、それに連動して弦の一つをハンマーが叩き、清冽な音が店内に流れる。
「…………悪くない」
いや、ぶっちゃけ良い。
「ちょっと、弾かせて貰っても?」
店長は少し迷惑そうだが、インシグニア嬢の手前、俺を無下に扱う事も憚られるのだろう。演奏席を譲ってくれた。
椅子に座り、まず人差し指で鍵盤を押せば、ポーンと音が鳴る。オルガンとは違う、しかし弦楽器かと言われればそれともどこか違う音。………良い。思わず顔がニヤける。
次いでポーンポーンポーンポーンと、次の鍵盤、次の鍵盤と音を鳴らしていく。はいはい、音の配列はオルガンと同じか。足下のペダルは……、はいはい、音を持続させたり、柔らかくさせたりするのか。聖堂のオルガンみたいに、足で低音を演奏したりするのとは違うな。
「これくらいなら」
俺は即席でピアノの演奏を始める。楽器自体が大きいから、清冽な音も良く響き、それが耳に心地良い。
ヤバい! 楽しい! などと演奏に夢中になっていると、後ろからエラトの旋律が流れてくる。振り返らずとも分かる。インシグニア嬢だ。図らずもデュエットをする事となったが、同じ楽器じゃないからか、気負いもなく、演奏を途絶えさせる事もない。俺が「こう弾く」と音で示せば、インシグニア嬢も「ならこれは?」と音で返してくれる。それが面白くて楽しくて、ああ、いつまでも演奏していたい。
✕✕✕✕✕
「お買い上げ、ありがとうございます」
気のせいか、店長の俺を見る目が柔らかくなった気がする。
「ピアノは、魔法学校入学後、ヴァストドラゴン寮へ届けて下さい」
「畏まりました」
そんな会話を店長と交わし、俺は皆と楽器店を出る。
「…………いつの間にか、ピアノを買っていた件」
「仕方ないですよ」
アーネスシスは両手を頭の後ろに置きながら笑っている。
「いや、結構なお値段を一瞬で散財したのだが?」
「ええ? でもフェイルーラ様、今日買わなくでも、多分、この楽器店に通い詰めて、結局ピアノ買っていたと思いますよ?」
「ぐっ」
そう言われると言い返せない。そうなんだよなあ。多分悩みに悩んで、結局買っていた未来しか見えない。それくらいには俺はピアノに心酔してしまっていた。これが一目惚れか。はあ、寮にピアノがやって来る日が、今から待ち遠しいぜ。
「フェイルーラ君!」
などと寮でピアノを弾く自分を想像していたら、マドカ嬢に声を掛けられた。振り向けば、何やら真剣な顔をしている。そして俺の手をギュッと両手で握るマドカ嬢。
「あなたをインシグニア様の婚約者として認めるわ!」
「…………はあ」
え? 何? この急展開。って言うか、マドカ嬢的には、ここまで俺の事をインシグニア嬢の婚約者として認めていなかったって事? いや、マドカ嬢に認められたから何だ? って話なんだけど? 皆に助けを求めようとしても、皆も何か生温かい視線を俺に向けるばかりだ。
「いや、え〜と、取り敢えず、この手を離して貰えますか?」
俺の言葉に、ハッと我に返ったマドカ嬢が両手を離してくれた。何か「あはは」とか愛想笑いで誤魔化しているし。周囲の視線はまだ生温かいし。まあ、悪感情は感じないから、別に良いか。
「さて、それじゃあインシグニア嬢のエラトも無事受け取った事ですし、ジュウベエ君お待ちかねの、闘技場に向かいますか」
「おお! とうとう闘技場に向かうんだな!」
ジュウベエ君はやる気満々とばかりに、左の掌を右拳で叩き、その意気を示す。俺相手に気合い入っているなあ。
全員でバスに乗り込み、闘技場へとバスが動き出したところで、隣りのインシグニア嬢が俺の耳元に口を近付けてきた。
「先程のデュエット、楽しかったです。もし、別の寮になっても、またデュエットして下さいね?」
「あ、はい」
うん。そのシルクのような声は心臓に悪いので、出来れば耳元で話さないで欲しい。脳が蕩ける。




