レート
「勝負だ!!」
「……は?」
「俺様が勝ったらその『対策問題集』を俺様に寄越せ!」
ほう? この期に及んで、そう来るか。
これは、分からせる必要がありそうかな? と俺がグッとジュウベエ君へ睨みを利かせると、まるで猫のように飛び跳ねて、俺から距離を取るジュウベエ君。その手には抜き身の刀が握られているが、さっきまで腰に差していた刀とは違い、今は両手に二本握っている。その二刀の柄頭は紐で繋がり、その紐には鳴子と鈴がぶら下がり、カラカラリンリン鳴っている。まつりちゃんの姿が消えた事から、それが彼女の能力である事が分かる。
(まつりちゃんは武器に憑依するタイプの精霊だったのか)
精霊の戦闘タイプにも色々ある。マスターとともに戦う相棒タイプ、まつりちゃんのように武器に憑依する武器タイプ、そしてマスターに憑依する憑依タイプと大まかにはこの三種類だ。勿論例外もあるが。しかし、
(まさか、マドカ嬢まで俺から距離を取るとはな)
マドカ嬢は俺から距離を取り、恐らく空間魔法で取り出した、槍……、いや、片刃で反っているから、グレイブ? ニドゥークなら薙刀かな? を俺へ向けている。その顔は険しく、一時も気を抜かないように俺を凝視していた。俺の隣りのインシグニア嬢は何が起こったのか分からず、キョトンとしているが。
「今、何をした?」
ジュウベエ君が、低く威嚇するような声を発しながら俺を睨む。それとともに、ふんわりと風がこちらへ香ってくる。どことなく塩味を感じるから、潮風かな? 海に行った事がないから確かな事は言えないが。
「何だと思う?」
「とぼけるな!」
大声を発するジュウベエ君の二刀が震え、鳴子と鈴がカラカラリンリン鳴り響く。これはジュウベエ君の手が震えているのではなく、あの刀の性能だろう。高振動ブレードか。俺のガンブレードの魔力刃で対抗しようとすると、一戦で刃先がボロボロになりそうだ。
「竜の武威」
「竜の、武威?」
一向に警戒心を解かないジュウベエ君に、説明をしてしんぜよう。
「ヴァストドラゴン領は、元々王国で、その王家の祖は、聖竜と、とある村の乙女の婚姻から始まる。まあ、つまるところ、私の家系には、ドラゴンの血が混ざっていると伝えられているのさ。だから殺気を飛ばせば、それはドラゴンの威圧のような効果を発揮するんだ」
「ドラゴンの威圧か……」
納得はしてくれたらしい。まだ警戒心は解いていないけれど。そのせいで、この場が正に一触即発のようにきな臭いままだ。
「ジュウベエ君」
「……何だ?」
「私は君のお守りじゃないんだ。ここに同席させているのも、私の善意だと言う事を忘れないでくれるかな? これでも四大貴族の一角だ。他国で無礼を働く人間を、見逃せる立場じゃないんだよ」
もう一度声を掛ければ、ごくりと喉を鳴らすジュウベエ君。俺の一挙手一投足に注意を払い、俺がどう動いても対応出来るように余念がない。魔力量差を考えれば、俺相手に、そんなにピリピリしなくても良いのに。
「対策問題集を賭けて、勝負? だっけ?」
「…………」
動きはなしか。
「先程も言ったけれど、こちらには君たちに対策問題集を渡す理由がないし、そもそも、自分の落ち度を楽な方法で解決しようと言う、その魂胆が気に障る」
「…………」
「だけど、まあ、対策問題集を渡しても良いし、そのうえで勝負を受けても良いよ」
俺の予想外の返答に目を見開くジュウベエ君。ここは絶対に渡さないと思ったのだろう。ジュウベエ君の性格的に、これで俺に恩義を感じる事はないだろうけれど、彼の姉上であるマドカ嬢は違うだろう。弟の尻拭いをしてくれた恩義に対して、彼女はこちらに何かしら融通してくれると考えられる。
「グーシー、ブルブル、アーネスシス」
三人は俺の呼び掛けに応えるように、俺とジュウベエ君の間に立つ。
「ただし賭けるのは君の処遇だ」
「処遇?」
「そう。この後、闘技場に向かう事になっていてね。そこでこの三人の誰でも良い。指名して一人と戦って勝てば、こちらは無償で対策問題集を渡す。でも負ければ、君にはヴァストドラゴン寮に入寮して貰う」
「ッ!」
顔が険しくなったな。まあ、海に面していて、他国との外交の窓口であるタイフーンタイクン家への完全な不義理となるからねえ。
「別に勝負を受けなくても良いよ。それでも対策問題集は渡すよ」
マドカ嬢が立会人の立ち位置でここにいるからね。
「優男に女に忍びか」
呟くジュウベエ君。忍び? …………ああ、ニンジャか。
「アーネスシス、ニンジャだと思われているよ」
「へえ、それは光栄と受け止めて良いんですかね?」
「違うのか?」
俺とアーネスシスが気軽に話してると、ジュウベエ君が尋ね返す。
「この国にニンジャは…………、少なくとも私は見た事ないかな?」
「父からは入り込んでいると聞いた事がありますよ」
「へえ、そうなんだ」
アーネスシスの実家は、ニンジャなり、他国の諜報機関が入り込んでいるのを察知しているようだ。
「で? 誰と戦う? それとも勝負はやめにする?」
少し挑発的にジュウベエ君に尋ねると、その刀の一本を、俺に向けるジュウベエ君。
「お前は戦わないのか?」
「私? 私と戦いたいのかい?」
尋ね返すと、ジュウベエ君は深く頷き返してきた。俺と、ねえ。ちらりとインシグニア嬢へ視線を向けると、インシグニア嬢も深く頷く。
「レートが足りないね」
「レート?」
「賭けるものが少ない。と言ったのさ。もし私と戦いたいのなら、そちらのマドカ嬢にも、ヴァストドラゴン寮に来て貰う」
自分の名を呼ばれ、固くなるマドカ嬢。ジュウベエ君は、流石に姉上を賭けの対象にするのは忍びないのだろう。眉間にシワが寄る。
「…………姉上」
「はあ。そんなに戦いたいの?」
「俺様は、強い奴と戦う為にこの国に来たので」
これに再び嘆息するマドカ嬢。苦労人だなあ。
「……フェイルーラ君、でも、私を賭けの対象に加えるなら、あなたは更に何を賭けの対象にするつもりなのかしら?」
「インシグニア嬢です」
俺の発言に、マドカ嬢だけでなく、ジュウベエ君まで絶句する。
「……本気で、言っているのかしら?」
マドカ嬢の視線が突き刺さる。婚約者を賭けの対象にしたのだから、そうなるのも頷けるが。
「そもそも、私はインシグニア嬢をグリフォンデン寮から引き離せれば良かったので、入寮するのがヴァストドラゴン寮でも、タイフーンタイクン寮でも、どっちでも良いのです。まあ、父上には怒られるでしょうけれど。慣れっこなので」
怪訝な顔となったマドカ嬢がインシグニア嬢へ視線を向けると、これに頷くインシグニア嬢。
「私も、問題ありません」
これには何とも複雑な顔になるマドカ嬢。自身の去就で、インシグニア嬢がどの寮に入寮する事になるかと考えると、すぐには答えは出せないだろう。だからもう一押ししてみる。
「インシグニア嬢が音楽が好きなのは本当ですから、インシグニア嬢がどちらの寮に入寮する事になっても、マドカ嬢は毎日インシグニア嬢の歌を聴けるようになるでしょうね」
「十兵衛、海神家の力を見せ付けてあげなさい!」
「おうよ!」
どうやら、ジュウベエ君対俺の対戦で決まりかな。




