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SPIRITS TIMES ARMS  作者: 西順


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11/15

理由が分からない

「まあ、セレモニーで曲を披露するなら、それで良いのでは?」


「いえ! そんなのインシグニア様不足です!」


 マドカ嬢は結構熱烈なインシグニア嬢ファンであるようだ。


「そうは言いますが、学校の勉強もありますから、ところ構わずインシグニア嬢が歌うとなると、そちらに支障が出てしまいますので」


「それは……、そうですね」


 シュンとしてしまったが、納得はしてくれたらしい。まあ、インシグニア嬢は頭の回転は良いようだし、勉強に支障が出るとも思わないが。こちらの内心としては、それだけ強力なカードを無駄撃ちしたくない。と言うだけなのが本音だ。


「………? いやいや、おかしくないですか?」


「何がです?」


 マドカ嬢が小首を傾げるのに合わせて、こちらも首を傾げる。


「フェイルーラ君がインシグニア様の負担を慮って、そのような発言をしたのは分かりますが、決めるのはインシグニア様では?」


「それは、インシグニア嬢が次期領主で、私が領婿だから、差し出がましいと?」


「いえ、それなら、そちらの方が納得出来ます。ですが、フェイルーラ君はヴァストドラゴン寮、インシグニア様はグリフォンデン寮に入寮されますでしょう? 寮の方針として、グリフォンデン家から歌うように命が下れば、インシグニア様は歌うかと」


 ああ、そこら辺の説明をしないといけないのか。


「それは、インシグニア嬢が、ヴァストドラゴン寮に入寮される事が決定しているからです」


「はへ?」


 マドカ嬢がまた百面相を繰り返し、何とか頭の中で言葉になったらしい事を発言してくる。


「それは随分と()ですね」


 マドカ嬢の中では、不平を感じる寮替えだろうから、そうなるよね。


「いえいえ、そんな事ありませんよ」


『お待たせしました』


 俺が更に説明を加えようとしたところで、追加のチョコ菓子がやって来た。


「おう! こっちだ、こっち!」


 ジュウベエ君は俺たちの話に興味ないのだろう。甘いチョコ菓子の匂いが流れてきたのを素早く察して、給仕を呼び付ける。


「甘い物の前で小難しい話は脇に置いておこうぜ」


 給仕の女性が、テーブルに綺麗なチョコ菓子を置いていくのをキラキラした目で見つつ、両手を合わせて舌舐めずりするジュウベエ君。


「あのねえ、インシグニア様がヴァストドラゴン寮に行くって事は、魔法学校での寮間の戦力バランスにも影響が出てくるのよ? 私たちだって無関係じゃないの」


「はいはい」


 全く耳に入っていないな。


「まあ、続きは食べながらで」


「そ、そうですね」


 仕切りに申し訳なさそうにするマドカ嬢。南のニドゥーク皇国から来たと言う事は、タイフーンタイクン寮の寮生なのだろう。それならば他人事ではないはずだ。などと思考を巡らせていると、リンッと鈴の音が聞こえた。どこから? と思う前に異常が起こる。


「え?」


「ええ?」


 俺とインシグニア嬢が驚いたのも当然で、ジュウベエ君の膝の上に、いきなり赤い着物を着た黒髪ボブヘアーの幼い少女が現れたからだ。年の頃はまだティーンに達していないだろう。


「ああ、こいつか? こいつは俺様の守護精霊である座敷童の『まつり』だ」


 言いつつザシキワラシ? の頭を撫でながら、ジュウベエ君はチョコ菓子を本格的に食べる為に、己の刀をテーブルに立て掛ける。その刀がリンッと鳴った。柄頭に鈴が付いているからだ。ザシキワラシが顕現する時にも鳴ったのだろう。


「ザシキワラシ?」


 ニドゥーク皇国の精霊には詳しくないが、アダマンティア王国では完全な人型の精霊は珍しい。いてもフェアリーとかピクシーと呼ばれる小型の精霊が殆どだ。いや、そんな事よりも気になる事が多数現れて、脳が混乱する。


「その、ザシキワラシさんは、野良の自然精霊ですか?」


「ああ。座敷童は日道国では有名な自然精霊で、契約すると契約者やその周囲に幸運を齎すと言われている」


 そう答えながら、ジュウベエ君はチョコ菓子を二つ取り、一つをまつりちゃんに渡して二人で食べる。え? 守護精霊がマスターの魔力以外のエネルギー摂取をするのか? 人型だから特殊なのだろうか? いや、それよりも、


「王都の大聖堂で『契約召喚の儀』をするのではなく、野良の自然精霊と契約したんですか?」


 俺の質問に眉をひそめるジュウベエ君。


「何か問題でもあるのか?」


「いや、気に障ったのなら申し訳ありません。他国では自然精霊と契約するのが一般的とは存じておりましたが、アダマンティア王立魔法学校に来る留学生は、大抵大聖堂での『契約召喚の儀』が目当てなところがありますから」


 王都の大聖堂が特殊なだけで、普通は野良の自然精霊と契約する。だがこれは相当難易度が高いので、普通は契約失敗、強力な精霊と契約しようとして失敗して死ぬ者もいる程だ。


 王立魔法学校無条件入学の条件の一つに、この自然精霊との契約者と言うものがある程には、弱い自然精霊と契約するのも難しい。


 無条件入学の他の条件として、他国でアダマンティアの四大貴族と同等以上の地位にある者の子女と言うのがあり、海神家は将軍の地位にあるので、これをクリアしている。


 大聖堂では何がどうなっているのかは知らないが、変な自然精霊や身の丈に合わない自然精霊と契約する事はなく、自分に合った精霊と契約が出来るので、それ目当てで他国から留学してくる者も少なくない。なのにジュウベエ君は、大聖堂での『契約召喚の儀』を拒否して、自然精霊と契約した事になる。一見すると不利とも思える行為だ。思わずマドカ嬢へ視線を向けると、首を横に振られた。マドカ嬢的にも仕方なしってところか。


「……味が違うな」


 俺たちの思惑など関係ないとばかりに、チョコ菓子の味の評価をするジュウベエ君。


「味が、『違う』? ですか? 美味しいとか不味いとかではなく?」


「ああ」


 俺が問い返すと、ジュウベエ君は味を確かめるように深く頷く。ニドゥークとアダマンティアでは、同じチョコ菓子でも味が違うのか? …………!


「ああ、多分、砂糖の違いかと」


「砂糖の?」


「ニドゥークでは確か、南大陸から輸入しているサトウキビから作られた黒砂糖を使っておられるようですが、こちらは甜菜(ビート)から作られたより淡い色の砂糖を使うのが一般的ですから」


「ビート?」


 聞き慣れない野菜名が出てきて、眉間にシワを寄せるジュウベエ君。


「別名『砂糖大根』と呼ばれています」


「大根が、甘い、のか?」


「大根が甘いのですか?」


 ジュウベエ君だけでなく、マドカ嬢まで食い付いてきた。かなりの衝撃だったらしい。


「そうですね。基本的には砂糖にするので、そのまま料理に使う事は稀ですが、スープにしたりはありますね。甘いです。多少土臭さは残りますが、それもまたアジと言う感じです」


「大根が……」


「……甘い」


 そんなに衝撃だったのだろうか? 二人して固まっている。同じ顔をしているので、姉弟であると良く分かり、ちょっと面白い。


「はっ! 大根なんてどうでも良いんです! インシグニア様の事です!」


 マドカ嬢が先に自我を取り戻した。


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