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SPIRITS TIMES ARMS  作者: 西順


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汚れた賭場

「うげえ……」


 一般観客席エリアに足を踏み入れるなり、俺は思わずそんな声を発してしまった。薄暗い階段型のフロアは、すり鉢状となっており、中央が一番低く、そこでは十二のバトルフィールドで決闘が行われている。


 そんな事がどうでも良くなるくらい、俺はこの生臭いニオいが耐えられなかった。試合に興奮している観客たちは、手に持った投票券やら酒やらツマミやらを握り締め、ハイテンションとなっている。そのせいか、いや、賭けに敗れた腹いせか、手に握ったツマミや酒、投票券をフロアにぶち撒けて、奇声を上げている。


 ツマミに油を使ったものが多いからだろう。床が何だかヌルヌルしているし、そこにツマミや酒、投票券が散乱しており、観客に踏み潰され、汚濁のような臭いが充満していた。


(どうしよう)


 すぐ近くの空いた木製の席へ目をやると、何だか汚れている。他の席も同様だ。こんな席に座りたくないし、インシグニア嬢を座らせるのも憚られる。


「どうかされましたか? 他の選手たちの試合が低レベルに見えますか?」


 俺が出入り口で眉間にシワを寄せているからだろう。女性記者がそんなありもしない事をでっち上げてくる。


「その目! やはり闘技場はレベルが低いとお考えですか!?」


 女性記者は俺のジト目をそのように捉えたようだ。そしてそんなジト目の俺を、男性カメラマンがパシャパシャ撮影している。人間って、本当に見たいものしか見ない生き物だよなあ。


「確認取れました。二人は日刊アダマン新聞の正規の記者ではなく、雇われているフリーの記者のようです」


 そこへアーネスシスがやって来た。そしてアーネスシスの言葉に、顔を引き攣らせる二人。


「に、日刊アダマン新聞から依頼されて、闘技場の取材をしているのは本当ですよ!」


 女性記者が焦りながら説明する。これに対して俺はアーネスシスへ視線を送った。そして首肯するアーネスシス。


「闘技場の取材であって、私個人への取材許可は取っていませんよね?」


「そ、それは……。でも、二十数年振りの大記録ですよ! 他の新聞社は、取材もせずにある事ない事書き連ねますよ!」


 王城での云々かんぬんも新聞になっているみたいだからなあ。憶測で記事にしていてもおかしくない。でも、


「先程から、貴女も私の発言を誘導するように質問していますよね?」


「うっ」


 これはわざとだと自覚があるのだろう。後退る女性記者。


「それに、写真撮影は許可していませんが?」


 これに今さっきまでパシャパシャ撮影していた男性カメラマンも動きを止める。


「まず、こちらが許可を出していないので、これまでに撮影した写真と、ノートの内容に関しては、掲載不許可とさせて貰います」


「…………分かりました」


 まるで苦渋の決断のように頷く女性記者。


「そんな残念そうな顔をしていますけど、載ったら勝ちだ。とか心の中で舌出してそうなんで先に言っておきますけど、掲載された場合、正式に抗議しますから。それはそちらの日刊アダマン新聞だけでなく、他の新聞社も同様です。他の新聞社がどのように動くかは知りませんが、日刊アダマン新聞は、フリーの記者をどのように扱うでしょうかねえ?」


 俺の言葉の意味を理解したらしく、女性記者と男性カメラマンの顔が、暗がりのフロアでも青くなっていくのが分かる。


「え? いや、ど、どうしろと?」


 それ、取材対象に聞く?


「いや、許可を取れば良いだけでしょう?」


「きょ、許可を貰えるんですか?」


 恐る恐る尋ねてくる女性記者。


「う〜ん。ここまでに、言動を誘導するような質問をしてきていますからねえ。こちらのそちらへの信用は低いと考えて下さい」


「は、はは」


 相手は乾いた笑いしか出せないようだ。俺からの許可の取り方が分からず、固まっている。これに対してにこりと笑う俺。それがどこか不穏に感じたのか、二人はまた後退る。


「ですが、俺の手伝いをして貰えたら、お二人からの取材を受けても良いですよ?」


「ほ、本当ですか!?」


 一気に顔を明るくさせたな。


「ええ。それに特別な情報も漏らすかも知れませんねえ」


 俺の発言に、更に顔を輝かせる二人。


「そ、それで何を手伝えば良いのでしょう?」


 やる気だなあ。その前に、


「ここまでの取材ノートの内容と、撮影した写真は使わないで下さい。これは前提です。それを反故にしたら、こちらは取材を受けても抗議します」


「分かりました!」


 良し。一応言質は取れたかな。レコーダーで録音しておけば良かったなあ。まあ、良いか。ここまでの内容や写真が使われても、二人が日刊アダマン新聞から尻尾切りされるだけだろうし。


「では、これを」


 俺が出したのはエプロンだ。


「え、エプロン?」


「それから、これも」


 モップを取り出す。


「え? え? ええ?」


「では、諸君。やる事は分かっているな」


『はい!』


 うちの派閥の全員がエプロンをしている。モップを持つ者もいるし、雑巾や、背中に背負い籠と手にトングを持っている者、洗剤水の入ったバケツを持つ者もいる。


「では、散開!」


 俺の号令とともに、俺たちはここ二十五階フロアに散り散りとなり、フロアを掃除していく。


 俺もエプロンをして、背中には背負い籠、片手にはトング、もう片方の手にはモップ、エプロンの前ポケットには雑巾が入っている。そんな俺の後を、アーネスシスがバケツと背負い籠、トングに雑巾を持ちながら付いて来る。


(まずは近場からかなあ)


 俺はモップをアーネスシスのバケツに浸し、すぐ近くの床から掃除していく。アーネスシスは木製の椅子を雑巾で綺麗にしていく。


「あの、何をされているのですか?」


「? 掃除ですけど?」


 恐る恐る尋ねてくる女性記者。これのどこが掃除以外に見えるのか。


「何故?」


「え? フロアが汚いからです」


「それは……、はい」


 モップを持ったまま、女性記者はフロアへ視線を向ける。と言うか、ボーッしていて欲しくないのだが?


「あの、手伝って下さい。手伝わないなら、取材には付き合いませんよ?」


 俺がそう誘導すれば、女性記者はハッとなってモップを動かし始めた。


「あの、私たちはどうすれば良いでしょうか?」


 また質問? と声の方へ視線を向けると、インシグニア嬢やジュウベエ君の派閥の少年たちが手持ち無沙汰となっていた。


「掃除、したいんですか?」


 これにインシグニア嬢の侍女二人が難色を示す。四大貴族のグリフォンデン領の次期領主に、掃除をさせるのは憚られるだろう。でもインシグニア嬢はやりたそうだ。逆にジュウベエ君派閥の少年たちは何やら幅広の袖の着物を、紐で器用に縛り、手伝う気満々のようだ。


「女性に手荒れになるような事をさせるのはあれですね。インシグニア嬢はモップで床を洗って下さい。モトナリ君たちは椅子を雑巾で綺麗にして」


「はい」


「了解した」


 インシグニア嬢がやる気となってしまっては、侍女二人も従わざるを得ないらしく、嫌々ながら、ジルッタたちからモップを貰い、床掃除を始める。


 ちらりとジルッタたち女性陣の方へ視線をやると、「分かっています。先に床に落ちたゴミは処分しておきます」と頷いてくれた。気が回ってくれて助かる。


「良し! ドンドン行こう!」


「はい!」


「何でこんな事に!?」


 俺はアーネスシスと記者とカメラマンを引き連れ、フロアの掃除に乗り出すのだった。


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