持つ者と持たざる者
全身に雷を纏いながらストライクは説明する。
「『崇到雷躯』。俺の代で到達した、俺と同じ名前の雷震神拳の到達点。雷速などと言う不遜な事は言わないが、この状態の俺の肉体は、突きだけでなく全身全てが確実に音速を超える。付いて来られるかな?」
ストライクはそう宣告すると、震脚の音を置き去りにして、閃光を曳行させてフェイルーラへと超音速の突きを繰り出した。
「ぐ、うわああっ!?」
が、直後に悲鳴を上げたのはフェイルーラではなくストライクだった。
ストライクの右拳はフェイルーラの左肘のカウンターを食らい、その痛みで拳士らしからぬ悲鳴をこぼしてしまう。
「肘は人体の上半身の中で一番硬い場所だ。その肘による完璧なカウンター。拳を痛めるのも当然」
「くっ、まぐれだ! 来ると分かったところで、超音速の突きに対してカウンターを決めるなんて、出来る訳がない!」
「おや? それを君が言うのかい? 食らって分かったはすだろう? このカウンターが、まぐれじゃない事は」
フェイルーラの言葉にストライクは苦虫を噛み潰したような顔をする。確かに身体の速度を雷速まで上げる事は不可能でも、視力は別だ。脳に近く、ほぼ一瞬で脳と視野のやり取りがなされる為、その動体視力は雷さえも捉える。その視力が確かに捉えていた。自身の突きに対して、まるでそれが来るのが分かっていたかのように、突き出された拳の先に、フェイルーラが肘を置いたのを。
だからこそ脳が理解を拒絶した。フェイルーラの身体から感じる魔力に、魔力属性による変調が現れなかったからだ。それは属性魔力に頼らずに、超音速に対応した事を物語っているからだ。
(いや、そんな事あり得ない。それよりも最初からフェイルーラが属性魔力を使用していた。と考えた方がまだ納得がいく。同じ雷属性か? それとも磁力か? いや、光か?)
フェイルーラの肘で拳を痛めたものの、そもそも身体強化の魔法を施してある身体。右拳が使えなくなる程ではなかった。ストライクは手を振りながら、その後何度か握り、これならまだ使えると確信して、また拳を構える。
「何で向かってこなかった?」
不様な姿を晒したのだ。その隙を突くくらいフェイルーラには出来たはずだ。それなのにストライクが再起するまで待っていた理由が分からず、ストライクはフェイルーラに問う。
「何で? …………何でだろ? う〜ん、拳士同士の闘いだから、かな? 俺も分からないや」
これまでのフェイルーラの闘いは闘いと言うよりも陰惨で、殺人と呼ぶ方が適切だった。が、ストライクとの闘いは、フェイルーラにとって同列の拳士同士の闘いと言う事なのだろう。とストライクは推測する。
「高評価痛み入る」
「まあ、楽しませて貰うよ」
動いたのはフェイルーラだ。それは最適化された動きだった。まるで蛇の如くフィールドを滑るようにストライクへと近付き、その左手の牙をストライクの顔面目掛けて突き出してくる。
雷速に対応出来るストライクからすれば、それは至極遅い動きであったが、洗練されたその突きを避けるのは、ストライクをもってしてギリギリであった。
頭を首ごと後ろに振り、フェイルーラの初撃の突きを躱す。ゾッとしたのはフェイルーラの突きの軌道だ。真っ直ぐだった。そう、これまでストライクが闘ってきたどの拳士よりも真っ直ぐだった。一直線と言っても良い。その突きは三つ指で作られた先端がストライクに向かって一直線に迫ってきたのだ。これによりストライクの脳が錯覚を起こした。その為に避ける事がギリギリとなった。
人間の視覚と言うものは、左右に約200度、上下に約130度と言われている。では前後はどうだろうか? 点となった三つ指が、正確に、真っ直ぐに、一直線に向かってきたら? 脳はその距離感を錯覚して、その点がどの位置にあるのかを誤認する。
それ程にフェイルーラの突きは正確だった。いや、正解だった。目指すべき突きの正解をお出しされた気分となり、ストライクは顔を歪めつつフェイルーラから距離を取るが、フェイルーラはそれに追い縋る。
正しく獲物を定め狙う蛇蝎の如く、フェイルーラは蛇を思わせる独特な動きでストライクに近接する。
これにもまたゾッとするストライク。速度で言えば圧倒的にストライクの方が上のはず。それなのにフェイルーラに詰められると言う事は、ストライクの移動に無駄がある事を示唆し、フェイルーラにそのストライクの無駄な動きから先読みをされている示唆でもあったからだ。
フェイルーラの突きがストライクを襲う。正面から、右から、左から、下から、斜めから。
(嫌らしい!)
ストライクは歯ぎしりする。フェイルーラの突きの何が嫌らしいかと言えば、突きを繰り出す前に、ほんの一瞬、まるでここから突きを繰り出しますよ。と教えるかのように止まるのだ。そうなると人間はどうしてもそちらを見てしまう。これが罠だ。
人間が得る情報の八十%は視覚と言われており、上述した通り、フェイルーラの突きは一直線に敵に向かう。距離感を誤認させる為にわざと見せられているのだ。そのせいでストライクは避けるタイミングが本当に、ほんの一瞬だけ遅れる。そのせいで先手が取れず、後手に回らずにはおれず、ストライクが自分の得意な戦法が取れずにいた。
(くっ!)
フェイルーラの突きが更にその鋭さを増し、ストライクの左頬に直線の傷を残す。これがスイッチだった。
パチッと言う小さな破裂音に、フェイルーラは一足飛びでストライクから距離を取った。
「ああ、本当にやり辛いな」
拳士としては褒め言葉だ。相手に何もさせず、自分の得意な戦法を押し付ける。これが出来て拳士として一人前と言える。だからこそ、ストライクのプライドがそれを許さなかった。拳士としてフェイルーラよりも自分が劣っていると言う事を。
ストライクの身体を先程よりも多くの雷が包む。身体強化と崇到雷躯の割合を変えたのだ。身体強化による身体能力向上ではなく、崇到雷躯による身体への刺激による強制駆動へ。
ドズンッ!! そんな音が二十階で鳴動する。ストライクの震脚が起こしたそれは、直径五十メータあるバトルフィールド全体にひび割れを起こす程に強力なものだった。
そしてそこから放たれた超音速の一撃をフェイルーラは左腕を横に払う事でギリギリいなす。
が、相手は雷を身に纏ったストライクだ。拳をいなす事は出来ても、その電撃がフェイルーラを襲う。強烈な電撃がフェイルーラの左腕から全身に伝播し、フェイルーラの身体を内側から焼く。
この一撃さえもいなされた事実にストライクは驚愕したが、電撃は与えられた。次で決める! と右拳を引きながら、それと連動させて左拳をフェイルーラの胴に突き入れようとした刹那、ストライクの視界が左から右へ流れる。それは攻撃を食らった事を意味し、ぎょろりと眼球を動かすと、フェイルーラが右回し蹴りを放っていた。
理解の外の出来事だったが、これでストライクは確信した。吹き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直し拳を構えるストライク。
「お前、雷属性だな」
「いや、違うけど?」
「は?」
確信を持ってフェイルーラに突き付けた言葉は、フェイルーラによって即座に否定された。
「馬鹿な! 雷属性でないなら、あの雷撃から即座に攻撃に移る事など不可能だ!」
「ああ、俺、痛みには強いんだよねえ」
そんな単純な話ではない。雷を食らえば、どんな人間であれ神経が電気に反応して動きが止まるのだ。それなのに直ぐ様動くなど人間の出来る芸当ではない。
しかしそれを成すのがフェイルーラの身体であった。幼少に魔漏れにより激痛に苦しんだ事で、少しでも痛みを和らげる為、神経系と魔力路が複雑に絡み合い、痛い、熱い、冷たいなどの触覚はもとより、五感全てが魔力路と密着し、痛みは確かに感じるが、フェイルーラにとってそれは即座に魔力路に送られ、ただの信号となる。ただし、長時間電撃に晒されればそれだけ痛みを感じる時間は伸びるが。
「くっ、あり得ない。それでいて超音速の拳をいなす? やはり磁力か?」
「いいや」
「斥力の類とか?」
「いいや」
「単純に衝撃波か?」
「いいや」
「プラズマ」
「いいや」
「光」
「いいや。はあ。まあ良いか。いずれ知られるだろうから。俺は無属性だ。属性魔力は持っていない」
「は?」
フェイルーラのあり得ない答えに、ストライクは思わず間抜けな顔を晒す事となったのだった。




