白と碧の物語
むかしむかし、ある国に「白」と呼ばれる少女がおりました。
白は市井の小さな家に住み、毎日をこつこつ働いて暮らしていました。けれど胸の奥には、ひとつの夢をずっと大切にしまっていたのです。――いつかお姫様になること。
ある日のこと、白は町の祭りでひとりの娘に出会いました。
絹のような髪、星のように澄んだ瞳。その娘こそ王城に住まう碧姫でした。
二人は互いの素性を知らぬまま、市井の雑踏を歩き、言葉を交わしました。
白は手作りの小さな紙飾りを売っていて、碧はそれを興味深そうに手に取りました。
「これ、あなたが作ったの?」
「はい。花の形に折ると、願いごとがかなうって言われてます」
碧はふっと笑って、その飾りを髪に挿しました。
「じゃあ、願いごとをしてもいいかしら」
「きっとかないますよ」
二人は屋台の甘い菓子を分け合い、路上の踊り子を並んで見ました。
碧は初めて口にした焼き菓子の熱さに目を細め、白はその仕草を見て笑いました。
「市井って、こんなににぎやかで温かいのね」
「お姫様って、きっと遠い存在だと思ってた」
やがて宵の空に灯籠が流れると、二人は並んで川に立ちました。
白は小さく祈りをこめて灯を流し、碧もそれにならいました。
「願いごとは秘密にするの」白が言うと、碧は頷きました。
「でも、あなたと同じ方向に流したい」
二つの灯籠は並んで、ゆるやかに水面を進んでいきました。
ほんの一日の出会いは、白にとって夢のような時間であり、碧にとっては新しい世界を知る扉でした。
◆
城へ帰った碧は、胸をときめかせてなかなか眠れませんでした。
けれどそれをよろこばぬ者がいました。王国を操ろうとする宰相です。
碧が政略の婚姻を拒めぬよう、宰相は暗い呪いをかけました。
こうして碧は永遠の眠りに落ちてしまったのです。
「姫を目覚めさせた者には、褒美を授ける」
王の御触れが国じゅうに届きました。
◆
その夜、王城の奥深く。
人の声も届かぬ石の間で、宰相はただひとり、魔術師を呼び寄せました。
灯火は細く震え、壁に映る影ばかりが大きく揺れています。
「この眠りを解けるのは誰だ」
宰相の声は低く、石床を這うようでした。
魔術師は冷たい汗をにじませ、やがてかすかな声を絞り出しました。
「……姫が最後に心をゆらした相手。ただひとりの娘のみ」
「名を言え」
「白。市井に生きる、夢見がちな少女です」
しん、と静まり返った間。
やがて宰相は笑いました。けれどその笑みは、氷が割れる音のように冷たく、誰の心も凍らせました。
「ならば、その夢をへし折ってしまえばよい。夢を失った器など、ただの抜け殻だ」
宰相は掌を広げ、青白い光の中に少女の影を浮かび上がらせます。
それは白と同じ顔をした幻影――「水色の白」。
「真実の光には、偽りの影を添えてやればいい」
宰相のささやきとともに、幻影は音もなく闇へと溶けていきました。
◆
一方そのころ、白は御触れを耳にし、胸の奥が熱くなるのを感じました。
たった一日しか会っていなくても、碧の笑顔は生きる支えでした。
「わたしが姫を救うんだ」
白は決意し、城を目指しました。
やがて白は、不思議な存在に行き当たります。
自分に瓜二つの姿をした「水色の白」。宰相の幻影です。
「姫を救うなら、お前の夢を差し出せ」
水色の白はささやきました。
白は震える手で、祭りの日に碧へ渡した紙飾りを握りしめました。
「夢を手放したら、姫を救う意味がなくなる」
彼女は勇気を振り絞り、偽りの影を打ち破りました。
そして白は、眠れる碧のもとへ辿り着きます。
碧の枕元に、祭りで流したのと同じ形の灯籠を置き、そっと手を握り言いました。
「わたしの夢は、あなたに出会ったこと。それだけでいい」
灯籠の小さな炎は揺らぎながら碧の頬を照らし、深い眠りをほどきました。
ゆっくりと瞳をひらいた碧は、微笑んで囁きました。
「また、会えたのね」
王は褒美を授けようとしましたが、白は首を振りました。
「夢はもう叶いました。だから、いりません」
その日から、白は再び市井で暮らしはじめました。
けれど夜に灯を流せば、碧の瞳のような青が水面に映ります。
二人をつなぐ秘密の絆は、だれにも消すことはできませんでした。
――これは、お姫様になりたかった少女が、お姫様を救ったお話。




