表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

白と碧の物語

作者: 雨宮 巴
掲載日:2025/08/17

むかしむかし、ある国に「白」と呼ばれる少女がおりました。

白は市井の小さな家に住み、毎日をこつこつ働いて暮らしていました。けれど胸の奥には、ひとつの夢をずっと大切にしまっていたのです。――いつかお姫様になること。


ある日のこと、白は町の祭りでひとりの娘に出会いました。

絹のような髪、星のように澄んだ瞳。その娘こそ王城に住まう碧姫でした。

二人は互いの素性を知らぬまま、市井の雑踏を歩き、言葉を交わしました。


白は手作りの小さな紙飾りを売っていて、碧はそれを興味深そうに手に取りました。

「これ、あなたが作ったの?」

「はい。花の形に折ると、願いごとがかなうって言われてます」

碧はふっと笑って、その飾りを髪に挿しました。

「じゃあ、願いごとをしてもいいかしら」

「きっとかないますよ」


二人は屋台の甘い菓子を分け合い、路上の踊り子を並んで見ました。

碧は初めて口にした焼き菓子の熱さに目を細め、白はその仕草を見て笑いました。

「市井って、こんなににぎやかで温かいのね」

「お姫様って、きっと遠い存在だと思ってた」


やがて宵の空に灯籠が流れると、二人は並んで川に立ちました。

白は小さく祈りをこめて灯を流し、碧もそれにならいました。

「願いごとは秘密にするの」白が言うと、碧は頷きました。

「でも、あなたと同じ方向に流したい」

二つの灯籠は並んで、ゆるやかに水面を進んでいきました。


ほんの一日の出会いは、白にとって夢のような時間であり、碧にとっては新しい世界を知る扉でした。



城へ帰った碧は、胸をときめかせてなかなか眠れませんでした。

けれどそれをよろこばぬ者がいました。王国を操ろうとする宰相です。

碧が政略の婚姻を拒めぬよう、宰相は暗い呪いをかけました。

こうして碧は永遠の眠りに落ちてしまったのです。


「姫を目覚めさせた者には、褒美を授ける」

王の御触れが国じゅうに届きました。



その夜、王城の奥深く。

人の声も届かぬ石の間で、宰相はただひとり、魔術師を呼び寄せました。

灯火は細く震え、壁に映る影ばかりが大きく揺れています。


「この眠りを解けるのは誰だ」

宰相の声は低く、石床を這うようでした。


魔術師は冷たい汗をにじませ、やがてかすかな声を絞り出しました。

「……姫が最後に心をゆらした相手。ただひとりの娘のみ」


「名を言え」


「白。市井に生きる、夢見がちな少女です」


しん、と静まり返った間。

やがて宰相は笑いました。けれどその笑みは、氷が割れる音のように冷たく、誰の心も凍らせました。


「ならば、その夢をへし折ってしまえばよい。夢を失った器など、ただの抜け殻だ」


宰相は掌を広げ、青白い光の中に少女の影を浮かび上がらせます。

それは白と同じ顔をした幻影――「水色の白」。


「真実の光には、偽りの影を添えてやればいい」

宰相のささやきとともに、幻影は音もなく闇へと溶けていきました。



一方そのころ、白は御触れを耳にし、胸の奥が熱くなるのを感じました。

たった一日しか会っていなくても、碧の笑顔は生きる支えでした。

「わたしが姫を救うんだ」

白は決意し、城を目指しました。


やがて白は、不思議な存在に行き当たります。

自分に瓜二つの姿をした「水色の白」。宰相の幻影です。

「姫を救うなら、お前の夢を差し出せ」

水色の白はささやきました。


白は震える手で、祭りの日に碧へ渡した紙飾りを握りしめました。

「夢を手放したら、姫を救う意味がなくなる」

彼女は勇気を振り絞り、偽りの影を打ち破りました。


そして白は、眠れる碧のもとへ辿り着きます。

碧の枕元に、祭りで流したのと同じ形の灯籠を置き、そっと手を握り言いました。

「わたしの夢は、あなたに出会ったこと。それだけでいい」


灯籠の小さな炎は揺らぎながら碧の頬を照らし、深い眠りをほどきました。

ゆっくりと瞳をひらいた碧は、微笑んで囁きました。

「また、会えたのね」


王は褒美を授けようとしましたが、白は首を振りました。

「夢はもう叶いました。だから、いりません」


その日から、白は再び市井で暮らしはじめました。

けれど夜に灯を流せば、碧の瞳のような青が水面に映ります。

二人をつなぐ秘密の絆は、だれにも消すことはできませんでした。


――これは、お姫様になりたかった少女が、お姫様を救ったお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ