表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/48

第43話『妹、みたいな顔』

「夏帆ちゃん!」


澪の、今まで聞いたこともないくらい、本気で慌ててた声がリビングに響く。

夏帆さんは、そんな澪の反応を面白がるように、悪戯っぽく笑っている。


「いいじゃない、見せてあげなよ。自信作なんでしょ?」

「そういう問題じゃ……!」


結局、夏帆さんの押しに負けた澪は、観念したように、リビングの隅に置いてあった自分のノートパソコンを持ってきた。その動作が、どこかぎこちない。

私たちは、ソファに三人で並んで、小さな画面を覗き込んだ。

クリックされるたびに、画面に映し出されるのは、私の、知らない私の姿だった。

駅前で不安そうに佇む私。

路地裏で、少しだけ和らいだ表情の私。

そして、夏祭りの夜、花火を見上げる、浴衣姿の私。

その全てが、澪の優しい視線を通して、切り取られている。恥ずかしさで、自分の体温が上がっていくのが分かった。


「へえ、詩織ちゃん、こんな顔もするんだ。……澪、あんた、本当にいい腕してるじゃない」

夏帆さんの感心したような声が、どこか遠くに聞こえる。私はただ、画面の中の自分と、その写真を撮ったであろう隣の澪の横顔を、交互に見つめることしかできなかった。


写真を見終えた後、夏帆さんが「さ、ご飯にしよう!」と明るい声で立ち上がった。キッチンからは、食欲をそそるスパイスの香りが漂ってくる。


食卓に並んだのは、夏野菜がごろごろと入った、少し甘口のカレーだった。

三人でテーブルを囲む。その、あまりに普通の、温かい光景に、私は少しだけ戸惑っていた。


「澪、あんた、またTシャツ裏返しに着てるよ」

「え、うそ!?」

「ほんとほんと。詩織ちゃんの前で恥ずかしいんだから」

「べ、別にいいじゃん、家の中なんだから!」


夏帆さんに指摘されて、口を尖らせて反論する澪。

海星館で見る、どこか大人びて、ミステリアスな彼女とは、全く違う。

私が知っている月島さんは、自分の世界を持っていて、寂しげな哲学を語る、特別な女の子だった。でも、今、目の前にいるのは、従姉妹にからかわれて、カレーのルーを口の端につけて、慌ててそれを拭う、ごく普通の女の子。


その、私が今まで知らなかった「妹、みたいな顔」。

その無防備な一面を知ってしまったら、私は、もう、彼女のことを、ただの憧れの対象として見ていられなくなる。もっと、身近で、かけがえのない、守ってあげたい存在なのだと、思ってしまう。


食事が終わり、夏帆さんが食器を片付けている時だった。

澪が、少し照れたように、私に言った。


「私の世界……宝箱っていうより、ガラクタばっかりでしょ」


詩織さんの部屋は宝箱みたいだった、という、以前の彼女の言葉。

私は、温かい光に満たたリビングと、その中で柔らかく笑う彼女の顔を見つめながら、静かに首を横に振った。


「ううん」

私は、言った。

「すごく、温かい場所だと、思う」


私のその言葉に、澪は、一瞬だけ、驚いたように目を見開いて、そして、心の底から嬉しそうに、ふわりと、笑った。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ