第43話『妹、みたいな顔』
「夏帆ちゃん!」
澪の、今まで聞いたこともないくらい、本気で慌ててた声がリビングに響く。
夏帆さんは、そんな澪の反応を面白がるように、悪戯っぽく笑っている。
「いいじゃない、見せてあげなよ。自信作なんでしょ?」
「そういう問題じゃ……!」
結局、夏帆さんの押しに負けた澪は、観念したように、リビングの隅に置いてあった自分のノートパソコンを持ってきた。その動作が、どこかぎこちない。
私たちは、ソファに三人で並んで、小さな画面を覗き込んだ。
クリックされるたびに、画面に映し出されるのは、私の、知らない私の姿だった。
駅前で不安そうに佇む私。
路地裏で、少しだけ和らいだ表情の私。
そして、夏祭りの夜、花火を見上げる、浴衣姿の私。
その全てが、澪の優しい視線を通して、切り取られている。恥ずかしさで、自分の体温が上がっていくのが分かった。
「へえ、詩織ちゃん、こんな顔もするんだ。……澪、あんた、本当にいい腕してるじゃない」
夏帆さんの感心したような声が、どこか遠くに聞こえる。私はただ、画面の中の自分と、その写真を撮ったであろう隣の澪の横顔を、交互に見つめることしかできなかった。
写真を見終えた後、夏帆さんが「さ、ご飯にしよう!」と明るい声で立ち上がった。キッチンからは、食欲をそそるスパイスの香りが漂ってくる。
食卓に並んだのは、夏野菜がごろごろと入った、少し甘口のカレーだった。
三人でテーブルを囲む。その、あまりに普通の、温かい光景に、私は少しだけ戸惑っていた。
「澪、あんた、またTシャツ裏返しに着てるよ」
「え、うそ!?」
「ほんとほんと。詩織ちゃんの前で恥ずかしいんだから」
「べ、別にいいじゃん、家の中なんだから!」
夏帆さんに指摘されて、口を尖らせて反論する澪。
海星館で見る、どこか大人びて、ミステリアスな彼女とは、全く違う。
私が知っている月島さんは、自分の世界を持っていて、寂しげな哲学を語る、特別な女の子だった。でも、今、目の前にいるのは、従姉妹にからかわれて、カレーのルーを口の端につけて、慌ててそれを拭う、ごく普通の女の子。
その、私が今まで知らなかった「妹、みたいな顔」。
その無防備な一面を知ってしまったら、私は、もう、彼女のことを、ただの憧れの対象として見ていられなくなる。もっと、身近で、かけがえのない、守ってあげたい存在なのだと、思ってしまう。
食事が終わり、夏帆さんが食器を片付けている時だった。
澪が、少し照れたように、私に言った。
「私の世界……宝箱っていうより、ガラクタばっかりでしょ」
詩織さんの部屋は宝箱みたいだった、という、以前の彼女の言葉。
私は、温かい光に満たたリビングと、その中で柔らかく笑う彼女の顔を見つめながら、静かに首を横に振った。
「ううん」
私は、言った。
「すごく、温かい場所だと、思う」
私のその言葉に、澪は、一瞬だけ、驚いたように目を見開いて、そして、心の底から嬉しそうに、ふわりと、笑った。
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