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第40話『私、お父さんみたいになりたくない』

「私ね、お父さんみたいになりたくないんだ」


その唐突な言葉の意味を、私はまだ、理解できずにいた。

ただ、それが、彼女の心からの叫びであることだけは、痛いほど伝わってくる。私は、彼女が次の言葉を紡ぐのを、息を詰めて待った。


澪は、一度、視線を落とし、それから、ゆっくりと顔を上げた。


「私のお父さん……自分の父親、つまり、私のおじいちゃんのことが、大嫌いだったみたいなんだ。海星館みたいな、夢みたいなものを追いかける人が、許せなかった。……現実的じゃないって、価値がないって、そう言って、おじいさんのカメラも、写真も、全部捨てちゃった」


彼女の淡々とした声が、静かな海星館に響く。それは、彼女が今まで見せたことのない、乾いて、ひび割れた声だった。


「大切なものから、目をそらして、無かったことにして。そうやって、自分の過去から、ずっと逃げてる。……それが、私の父親なの」


彼女は、そこで言葉を切ると、自嘲するように、ふっと笑った。


「私も、同じだった。詩織さんといると、どんどん君に惹かれていくのが、怖くなった。夏休みが終われば、どうせ、いなくなってしまうから。だったら、初めから無かったことにした方がいいって。……そうやって、君から逃げようとした」


ああ、そうか。

だから、彼女はあんなに苦しそうな顔をしていたんだ。私を避けることで、彼女は、自分が一番なりたくないはずの人間の影を、自分自身に見ていたのだ。


「でも、もうやめる」


澪は、涙の跡が残る瞳で、私を真っ直ぐに見つめた。


「大切なものから逃げるのは、もうやめる。だから、嬉しいけど、少し怖いんだ。君といると、おじいちゃんのことを、たくさん思い出すから」


運命的な、二人の祖父の繋がり。

それは、手放しで喜べるような、ただ美しいだけの物語ではなかった。彼女にとっては、憎んでいる父親の影と、愛しい祖父の記憶が複雑に絡み合った、痛みを伴う道標だったのだ。

その全てを知った上で、彼女は、私の前にいることを、選んでくれた。


私は、何と言葉を返せばいいか分からなかった。だから、ただ、そっと手を伸ばし、彼女の白いTシャツの袖を、指先で、つまんだ。

大丈夫だよ、と。私も、ここにいるよ、と。

全ての想いを、その指先に込めて。


私のその仕草に、澪は、驚いたように少しだけ目を見開き、それから、本当に、心の底から、安心したように、優しく、優しく微笑んだ。


「ありがとう、詩織さん。……聞いてくれて」


夏の終わりの光が、窓から差し込み、私たちの間に漂う、埃をきらきらと照らし出していた。

もう、私たちの間に、言葉は必要なかった。

ただ、確かな体温と、慈しむような視線だけが、そこにあった。

幕は、静かに下りた。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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