第34話『嬉しいけど、少し怖い』
「君みたいな、光だったんだ」
その言葉は、私の鼓膜を通り越して、心臓に直接突き刺さった。
慌てて手を離し、「ごめん」と俯く彼女に、私は、どんな言葉を返せばいいのか、全く分からなかった。
ただ、分かったことが一つだけあった。
彼女が写真に撮ろうとしているのは、私の姿形だけではない。彼女は、私の内側にある、私自身でさえ気づいていない何かを、見つけようとしているのだ。その、あまりに真剣で、切実な眼差しが、私を射抜いていた。
光、だなんて。
この、星の知識くらいしか取り柄のない、臆病で、いつも何かに怯えている私が?
ありえない。けれど、彼女の震える声は、それが嘘ではないと告げていた。
長い、長い沈黙が落ちる。
気まずさとは違う、もっと重くて、大切なものが、私たちの間に満ちていた。
私は、その沈黙を破るように、ゆっくりと口を開いた。尋ねたいことは、山ほどあった。お父さんのこと、おじいさんのこと、そして、さっきの言葉の、本当の意味。でも、今の彼女に、それを聞くことはできなかった。
「……おじいさん、本当に、この場所が好きだったんだね」
私が選んだのは、そんな、ありきたりな言葉だった。テーブルの上に開かれたままの、古いアルバムに視線を落とす。若き日の祖父の隣で笑う、彼女の祖父。
私の言葉に、澪は、はっとしたように顔を上げた。その瞳は、まだ少し、潤んでいる。
彼女は、何も言わずに、ただ、こくりと小さく頷いた。
その仕草だけで、十分だった。言葉にしなくても、彼女の抱える痛みの、ほんのひとかけらが、私に伝わってきたような気がした。
その日は、それ以上、私たちはあまり話さなかった。
夕暮れが迫り、澪は「そろそろ帰るね」と言って、静かに私の部屋を出て行った。私は、引き留めることもできずに、ただ、その背中を見送ることしかできなかった。
一人きりになった部屋で、私は、テーブルの上に残されたハーブティーのカップを眺める。
「君みたいな、光だったんだ」
澪の声が、何度も頭の中で反響する。
誰かに、そんなふうに求められたことなんて、今まで一度もなかった。
その言葉は、嬉しかった。心の底から、どうしようもなく。
でも、それと同じくらい、怖かった。
彼女が見ている「光」が、もし私の中に本当にあるのだとしたら、私は、その光に、どう応えればいいのだろう。
彼女の期待を、裏切ってしまったら、どうしよう。
胸に生まれた、温かい感情と、冷たい恐怖。
その両方を抱きしめながら、私は、夏の終わりの、長い夜の始まりを、ただ一人、迎えていた。
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