第32話『海星館を創った男たち』
佐伯さんの言葉は、夏の午後の、埃っぽい空気に、しん、と染み渡っていった。
海星館の、もう一人の創設者。
月島総一郎。
私の祖父のかけがえのない親友で、そして、澪のおじいさん。
今まで点と点でしかなかった出来事が、一本の、確かな線で結ばれていく。澪がこの町に来たこと、海星館に惹かれたこと、そして、私と出会ったこと。その全てが、偶然ではなかったのかもしれない。そんな、運命めいた考えに、私は立ち尽くしていた。
「総一郎さんはな、都会の写真家じゃったが、この町の、特に海から見える星空に惚れ込んでな。しょっちゅう、東京から通ってきては、写真を撮っておった」
佐伯さんは、遠い昔を懐かしむように、ゆっくりと語り始めた。
「君のじいさん――徹さんとは、すぐに意気投合してな。徹さんが語る星の物語と、総一郎さんが撮る星の写真。二人は、自分たちの『好き』を、いつか形にしたいと、そう夢見ておった。それが、海星館の始まりじゃ」
その話は、私の知らない祖父の姿を、ありありと描き出した。星の話をする時の、情熱的な横顔。親友と、未来の夢を語り合う、楽しそうな笑顔。
「まあ、わしは、そんな二人の夢に、少しばかり力を貸しただけじゃ。資金集めに走り回ったり、建設の段取りをつけたりとな。じゃが、あのプラネタリウムに魂を吹き込んだのは、紛れもなく、あの二人じゃよ」
佐伯さんは、アルバムの写真を、優しい指でそっと撫でた。
私は、隣に立つ澪の横顔を盗み見る。彼女は、食い入るように佐伯さんの話に耳を傾けていた。その瞳は、潤んでいるようにも見えた。自分が知らなかった祖父の姿、そして、父親が捨て去ったはずの過去が、今、ここで、温かい物語として紡がれている。彼女は、どんな気持ちで、これを受け止めているのだろう。
「……あの、祖父は、どんな人でしたか?」
澪が、震える声で尋ねた。
「そうさなあ」と、佐伯さんは微笑んだ。
「一言で言えば、ロマンチストじゃな。自分が撮る一枚の写真で、世界を変えられると、本気で信じているような男じゃった。そして、一度惚れ込んだもの――この町の星空や、徹さんの夢や、そして、君のおばあさんのこと――を、とことん愛し抜く、情熱的な人じゃったよ」
その言葉を聞いて、私は、澪の姿と、彼女の祖父の姿を、自然と重ね合わせていた。
消えゆくものに惹かれ、その一瞬を永遠にしようとシャッターを切る、彼女の姿。
そして、私に向けてくれる、どこまでも真っ直ぐで、真剣な眼差し。
「……そっくりじゃな」
佐E伯さんが、私と澪の顔を交互に見て、嬉しそうに言った。
「情熱的なところは、総一郎さんそっくり。そして、頑固で、自分の世界を大事にするところは、徹さんそっくりじゃ。あんたたちが惹かれ合ったのも、無理ないのかもしれんのう」
その言葉に、私たちは、顔を見合わせ、同時に、顔を赤らめるしかなかった。
自分たちの出会いの裏にあった、祖父たちの物語。
その、あまりに大きな運命を前に、私たちは、ただ、戸惑うように、立ち尽くしていた。
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