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第23話『言葉にならない眼差し』

澪の、言葉にならない熱のこもった眼差しに、私の顔にもじわりと熱が集まっていく。その視線に耐えきれず、私は慌てて俯いた。試着室の、ざらついたカーテンの裾ばかりが目に入る。


「澪も、なんか言ってやんなよー! 固まっちゃってんじゃん!」


凪の茶化すような声に、澪は、はっと我に返ったように小さく瞬きをした。そして、どこかぎこちない動きで、慌ててカメラを構える。


「……ごめん。その浴衣、すごく……詩織さんだなって思ったから」


呟くように、ほとんど私にしか聞こえないような声で、彼女はそう言った。そして、照れを隠すかのように、カシャ、カシャ、と夢中でシャッターを切り始めた。

「綺麗」と言われるよりも、その「詩織さんらしい」という言葉の方が、ずっと深く、私の心の柔らかい場所に届いた。私のことを、ちゃんと見てくれている。その事実が、ただひたすらに嬉しかった。


結局、私の浴衣は、澪が選んでくれた、あの「星空みたいな」紺色のものに決まった。


次は、凪と澪の番だった。凪は、元気な彼女にぴったりの、鮮やかな黄色地に大きなひまわりが描かれた浴衣を即決した。そして、澪は、売り場をゆっくりと一周した後、一枚の浴衣を手に取った。それは、白地に淡い水色の朝顔が描かれた、涼しげで、どこか儚げな美しさのある浴衣だった。

私の紺色と、彼女の白。並んだ時に、夏の夜と、涼やかな朝が隣り合うみたいだ、とぼんやりと思った。彼女も、それを意識して選んでくれたのだろうか。その考えに至っただけで、また胸の奥が温かくなる。


三人分の浴衣を抱えて、私たちはショッピングモールを後にした。今日の出来事の余韻で、帰り道のバスの中は、いつもより少しだけ会話が弾んでいた。

「あとは下駄と髪飾りだね!」「詩織、髪どうすんの? 当日、私がやってやろっか?」

夏祭り当日の話で盛り上がる凪の声を、私はどこか遠くに聞きながら、窓の外を流れる景色を眺めていた。数週間前には、想像もできなかった未来。私の日常が、知らない色に塗り替えられていく。その変化は、怖ろしくもあり、そして、どうしようもなく心を浮き立たせた。


その夜、ベッドの上で、今日買ったばかりの浴衣をそっと広げてみる。まだ自分のものとは思えない、よそよそしい布の感触。本当に、私がこれを着るのだろうか。

そんなことを考えていると、スマートフォンが短く震えた。澪からの個人メッセージだった。


『今日の写真、送るね』


メッセージに添えられたリンクを開くと、数枚の写真が表示される。その中に、あの試着室の前で撮られた、私の浴衣姿の写真があった。凪に囃したてられ、戸惑いと照れで、自分でも見たことのない顔をしている。

その写真の下に、もう一つ、メッセージが添えられていた。


『試着の時の写真、すごくいい表情してた。夏祭りの日、詩織さんの写真、たくさん撮らせてね』


そのメッセージに、私は安堵と、ほんの少しの物足りなさが入り混じった、複雑な気持ちになった。

彼女の興味は、あくまで「被写体」としての私なのだ。そう思うと、ちくりと胸が痛む。でも、同時に、「たくさん撮らせてね」という言葉が、夏祭りの日を、彼女が私と同じくらい楽しみにしてくれている証のように思えて、嬉しかった。


私は、どんな顔で、彼女のレンズの前に立てばいいのだろう。

夏祭りまでの数日間、私はきっと、その答えの出ない問いを、ずっと抱え続けることになるのだ。

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