第18話『三人で見る夕焼け』
翌日、私は昼休みの中庭で、凪に声をかけるタイミングをずっと探っていた。凪はバレー部の仲間たちと、楽しそうにお弁当を広げている。その輪の中に、私から入っていくのは、かなりの勇気が必要だった。
「――で、何か用?」
私が声をかけるより先に、凪の方が気づいて輪から抜けてきた。
「あのさ、今度の日曜日、空いてる?」
「日曜日? 別に、練習もないけど。なんで?」
「月島さんが……一緒にどこか行かないかって」
「はあ? 三人で? なんでよ、二人で行けばいいじゃん、そういうのは」
凪は、心底面倒くさそうに顔を顰めた。その反応は、予想通りだった。
「月島さんが、凪も一緒の方が、きっと楽しいからって……」
私がそう伝えると、凪の表情が、少しだけ変わった。
「へえ、あの子が? 私のこと名指しで?」
「うん」
「ふーん……」。凪は、しばらく何かを考えるように腕を組んでいたが、やがて、仕方ないな、という顔で笑った。
「まあ、あんたがどうしてもって言うなら、付き合ってやんないこともないけど?」
そうして迎えた日曜日。私たちは、電車を乗り継いで、少しだけ遠くの、古い港町に来ていた。お洒落なカフェや、手作りのアクセサリーを売る雑貨屋が並ぶ、ガイドブックにも載っているような場所。私一人では、絶対に選ばないような場所だった。
澪と凪は、意外なほどすぐに打ち解けた。都会の流行りの話をする澪に、凪が興味津々に質問し、凪の部活の話を、澪が面白そうに聞いている。二人の間で交わされる軽快な会話のテンポに、私はうまくついていくことができなかった。ただ、二人の半歩後ろを、相槌を打ちながら歩く。疎外感、というほどではない。楽しそうな二人を見ているのは、嫌いじゃなかった。でも、二人きりの時とは違う、ほんの少しの寂しさを感じてしまうのも、また事実だった。
海が見えるカフェで、お茶を飲んでいた時だった。凪が「ちょっと電話してくる」と席を立った。テーブルの上に、私と澪、二人の沈黙が落ちる。
「ごめんね、詩織さん。退屈じゃない?」
澪が、申し訳なさそうに言った。
「ううん、そんなことない。二人とも、楽しそうだから」
「そっか。よかった」
澪はほっとしたように息をつくと、テーブルの上のシュガーポットを指でいじりながら、ぽつりと言った。
「凪ちゃんと話してると、私が知らない詩織さんのことが、たくさん分かるから」
「え?」
「中学の時の話とか、苦手な食べ物の話とか。詩織さんがどんな毎日を過ごしてきたのか、知りたくて。……だから、誘っちゃった」
その、少し照れたような、健気な告白に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。私が感じていた寂しさは、彼女が私にもっと近づくために作った、優しい距離だったのだ。
その日も、澪はカメラを持ってきていた。そして、楽しそうに雑貨屋を覗き込む凪と、それを見て少しだけ微笑む私の、二人セットの写真を撮る。
「やっぱり、詩織さんは一人でいる時より、誰かといる時の方が、いい顔してる。凪ちゃんといる時も、私といる時も」
澪は、撮った写真を確認しながら、そう言った。
その言葉に、心が大きく揺さぶられた。凪ちゃんといる時の私を肯定しながら、同時に「私といる時」という特別な時間を滑り込ませてくる。そんなふうに言われたら、私はどういう顔をして、隣にいればいいのか分からなくなる。けれど、否定できないくらい、その一言が嬉しいと思ってしまう自分も、確かにいた。
夕暮れの海岸を、三人で歩く。少し前を歩く凪が、波打ち際ではしゃいでいる。私と澪は、少しだけ遅れて、砂浜を踏みしめた。
「でも」
隣を歩く澪が、私にしか聞こえないような、小さな声で呟いた。
「一番撮りたいのは、やっぱり二人きりの時の顔だけどね」
その不意打ちの言葉に、私は息を呑んだ。隣を歩く彼女の横顔を見つめる。オレンジ色の夕日に照らされたその頬は、少しだけ、赤く染まっているように見えた。
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