自己責任
家族全員で海水浴に来た。
私と妻に娘と息子、それに同居している親父の一家5人で海に来たのだけど、何処の海水浴場も有料。
一番安い有料海水浴場でも1人10000円、大人子供の区別無く1人10000円なのだ。
海水浴場で泳ぐだけで50000円も払ってられないから無料の海水浴場を探して、海岸沿いの道を走る。
偶に誰もいない砂浜を見つけても、そういう所は遊泳禁止の看板が立っていた。
2時間程海岸沿いの道を走っていたら有料の看板も遊泳禁止の看板も無く、自己責任と書かれた看板が立つ砂浜を見つける。
砂浜と道を隔てる堤防の脇に車を停車させて砂浜を見渡す。
有料の海水浴場に比べて砂浜で日光浴してる人も泳いでいる人の姿も疎ら。
「此処で良いんじゃない?」と、妻が言う。
「そうだな、此処なら無料みたいだから丁度良いだろう」と、親父が妻の言葉に同調した。
だから堤防の向かい側の駐車場に車を止め、ビーチパラソルやビーチマットなどを持って砂浜に降りる。
準備体操をしてから親父と息子が海に入って行く。
私と妻に娘は日焼け止めオイルを塗ってビーチパラソルの下に寝転がった。
30分程経った頃、うちのビーチパラソルの傍を歩いていたライフジャケットを身に着けた4〜5人の若者たちの1人が、海を指さして大声を上げる。
「オイ! 皆んな見てみろ、あそこで泳いでいる奴ら爺とガキだけど、溺れてるんとちがうか?」
顔を上げて若者が指さしている所に目を向けたら、親父と息子がジタバタと藻掻いているのが見えた。
慌てて立ち上がり、親父と息子の方を指差しながら騒いでいる若者たちに声を掛ける。
「助けてくれ、あそこで溺れているのは私の父と息子なんだけど、私も家内も泳げないんだ」
若者たちは顔を見合わせた後、最初に声を上げた若者が返事を返して来た。
「1人十万、1人で行くとヤバいから此処にいる全員分で五十万、払ってくれるなら助けに行ってやるよ」
「人か溺れてるのに金を取るのか?」
「あんたら、あそこの自己責任の看板見て、此処で泳いでたんだろう?」
「ライフジャケットも身に着けずに泳いでいたのはあんたらの勝手、そんな身勝手な奴らをなんで俺たちがただで助けなくちゃならないんだ?」
「そうそう、溺れるってリスクを考えて有料の所で泳いでいれば、今頃ライフセーバーに助けられていた筈だぜ」
「一昔前ならともかく、今は海でも山でも自分の身の安全に金を掛ける時代なんだぞ、ただで助けるなんて事は警察や海保だってやってないだろうが」
と、若者たちは口々に言いながらその場から動こうとしない。
彼らだけで無く、若者が上げた声に気がついた他の人たちも、溺れる親父と息子を指差すだけで助けに行こうとしなかった。
妻と娘がビーチマットを持って助けに行こうとするのを押し止め、若者たちに声を掛ける。
「手持ちの金は無いから後払いになるけど、お願いです助けてください」
若者たちは周りに集まって来た人たちに向けて、「あんたら証人になってくれよな、此のオッサンが助けた後、ごねた時の為にさ」
「あぁ、チャンと聞いたから、後でごねたら証人のなってやるよ」
近くにいた壮年の男性が答えた。
「頼むぜオッチャン」
そう言ってから若者たちは海に駆け込込んで行った。